第95話 挽回

矢口、高林2人が狙う先…



いつでも発砲可能な軽火器を、2人は江藤の頭部に照準を合わせている。



停止している今なら…



目の前の刃物を振り回すこの勁敵(けいてき)なる感染者を…



撃ち抜ける…



この二度とあるともしれない絶好のチャンスを…



こいつを撃たないでくれ…



ハサウェイのそんな言葉で…双方にためらいが生じ引き金が引けずにいた。



高林はハサウェイと江藤を交互に目にした。



以前は仲間だったであろうこの2人…そう察しはつく



だが何故感染者へ堕ちたこいつを撃つなと言うのか…



仲間だろうと今は感染者、なにゆえ庇う理由があるのか…



そんな事を思い浮かべ高林は理解に苦しんだ



猫背な様子で身を丸め、全身を震わせる江藤



その真後ろでハサウェイはサバイバルナイフ、アンカライトナイフの双短刀を構えたままジッとしている。



背を向けている江藤に



今ならあの両刃物を弾く事も、ロープでくくって繋縛する事も可能なのに…



ハサウェイは全く動こうとしなかった。



全身切り傷や刺し傷を負ってる身



今なら自分とて傷を負う事なく、ましてや江藤の身体を傷付ける事無く生け捕りに出来るまたとない好機…



ハサウェイは無論自分でも馬鹿だと分かっているのだが…



そう思うのだが…



行動せずその場にたたずんでいた。



江藤が再び特異感染者に戻りこちらへ振り向くのを…



みすみす絶好の好機を逃し、ただただその場で待ち続けた。



高林「なんで…」



高林はそんな状況を困惑した表情で漏らすや



江藤の震えが徐々に消えていく



もうすぐまた特異感染者へと戻ってしまう



こっちには発砲を止めさせ、自分は全く動かないハサウェイに焦りの表情を浮かべた高林



高林「何で…?何ぼぉーと突っ立ってるの…? 早くこいつを…」



高林が慌てた様子で江藤へ再びベネリの銃口を向けると



ハサウェイ「撃たないでくれ どうしてもこいつは俺自らの手で対処したいんだ だから手を出さないでくれ」



高林「はぁ?」



ならさっさと抑えるなり、そのナイフを使って行動不能にするなり…早く動けよ…



高林は憤りの表情へと変わりハサウェイを目にした。



ハサウェイは目を瞑ると



そこの2人が言いたい事は重々分かってる…



そんな仕草を送り



目を開け、2人に視線を向けた。



もしかしたら江藤本人もこの2人と同じ事を思ってるかもしれないな…



何してるんですか? 早く今の内に拘束して下さい…



もしくわ殺して下さいと…



それにエレナや純やにこれが知れたら凄い剣幕でどやされるかもな



もしあの時江藤が出て来て止めてくれなければ俺は今頃喉を貫かれて死んでいた



折角江藤に助けられ命拾いしたのに、無駄にするかも知れない…



自ら再び白兵戦を望もうとするなんて



誰もが馬鹿げてると思うに違いない…



でも… どうしてもやりたい…



数段格上のこいつ相手に徒手でここまで善戦出来たんだ…



2つのナイフを有している今なら



やれる…



そう思えた。



はなからナイフ戦をやると決めた以上



ここまで来たら正面からぶつかって制圧したい



次はこいつの手からその武器を弾き、動きを封じ、完全に制圧してみせる。



この躯命を賭け、次で勝負を決める。



さぁ やろうぜ… 最終ラウンドだ



ハサウェイは炯眼(けいがん)で自ら真っ向を望み、江藤が特異感染者へ戻るのを待っていた。



すると深く俯き、自らを抑えつける江藤の力が抜け、震えが消えた。



「シュ…し…しっ…しまむら ギャアーハッハッハッハッ」



矢口「戻った…」



肩の力が抜け、ダランと垂れた腕



そして江藤が再び元江藤へと戻ってしまった。



「ゲヘッ…へっへっへっへ」



ハサウェイ「よう 不覚にもチャンスをふいにしてまで、おまえを待ってしまったんだぜ」



後方からの声掛けで元江藤が振り返るや、再びハサウェイと合いまみえた。



感染者のくせして



あの2人には全く興味を示さない…



サイレンサーばりの固執



純粋におまえも俺とやりたいんだろ?



江藤の中にいるおまえ…



俺とバトりたいんだろ?



ハサウェイ「さぁ 決着つけようぜ」



矢口、高林が不本意だが、黙って固唾を呑む



そんな2人が見守る中



静まり返る室内に江藤の荒い息遣いだけが聞こえる。



頃刻の対峙



ハサウェイのサバイバルナイフ、アンカライトナイフ、元江藤の家庭用和包丁、中華包丁の4つの刃が窓から差し込む日光で光沢し反射したその光が矢口の瞳へ入り込んだ時だ



固まる両者の均衡が破られ



静止する元江藤の足が動いた。



逆手からの巧みなスイッチで順手に持ち変えられた和包丁が振られる。



先制打のジャブ的 突きが2発放られ



ハサウェイはその打突を顔を反らし、斜めに下げ、次いで横へ振りながら2発をかわした。



今度は大振りな中華包丁の袈裟斬りが飛んで来る。



ハサウェイは至近距離から飛んで来る中華包丁を慧眼で見抜き、素早く外角へ体重移動させて刃筋を見切った。



そして…間も無く中華包丁が横一線で放たれるとキーンと金切り音が鳴り響きアンカライトナイフでそれを受け止めた。



刃がぶつかり停止するが



力比べでは勝てない



ハサウェイはすぐにアンカライトナイフを摩擦させながら刃先を滑らせ中華包丁の刃道を反らし跳ね退けた。



すると今度は反対側から大袈裟に振りかぶり斜め斬りで和包丁が飛び込んで来る。



ハサウェイはサバイバルナイフとアンカライトナイフの両刃でそれを受け止めた。



キーン キン



刃が接触する度に金属音が鳴り響く



そして2つのナイフで和包丁を受け止めた瞬間



ハサウェイはハッとした。



わざとらしいこの振り…



トラッピングだ



右の脇腹が完全にガラ開きとなったハサウェイ



そう思った途端、弧円を描き中華包丁が脇腹目掛け飛んできた。



こんなの食らったらぶった斬られる…



ハサウェイは急激に体を捻りながら右脚を発射した。



繰り出された蹴り



その蹴りが手首を打点し防いだ。



矢口、高林は繰り広げられる攻防に唖然としている。



ハサウェイが即座に和包丁を弾き、一旦後ろへバックするや否や



今度は素早く踏み込みハサウェイから攻撃を仕掛けた。



狙うは捌(さば)いてのディスアーム(武器を手から奪うもしくわ離す)



支間を軽挙な踏み込みで間を詰めるや



右手に握るサバイバルナイフを振り上げた。



元江藤の不気味な目がサバイバルナイフに向けられると



一瞬気をひきつけ



元江藤が囮に気を取られたほんのわずかな隙に



ハサウェイはすかさず和包丁の切っ先にアンカライトナイフを潜らせ、またその握る手首へサバイバルナイフを握る拳でハンマーパンチを放った。



手首に直撃



江藤の手からコイントスの様に和包丁が離れた。



そして回転しながら床に落下した和包丁



よし…やった 次は…



そしてハサウェイはサバイバルナイフを江藤の口元へ押しつけ、強引に噛ませた。



次いで懐に当て身で入り込み、江藤の衣服を掴むと同時に上半身を腰へと乗せた。



サバイバルナイフをくわえ噛みつきを防がれた江藤



ハサウェイは目つきを鋭くさせ



いっけぇぇぇー…



左手で右手を掴み、右手を腰に回すや、身体を捻りながら江藤を投げ飛ばした。

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