第三十一話:童貞小僧のモノローグ
「処女」とは、
英語の発音に従って、「バージン」、もしくは「ヴァージン」と呼ぶこともある──…
◆◆◆
俺たちみたいな
個人的には理解不能な傾向だけれど、現実だから仕方がない。
偉い学者さんたちが本気になって検討すれば、こいつはきっと学問のまな板に載せられるべき
にもかかわらず、そうした非モテの剛速球は、
奴らの前でそんな発言をしようものなら、そいつがよほどのイケメンでない限り、「処女厨キモイ!」の大合唱を浴びせられるのが関の山ってもんだ。
とはいえ俺も、そんなオトコどもの気持ちって奴が、全然わからないってわけじゃない。
望んだオンナに自分の子供を、そう自分の子供だけを孕ませたいってのは、オトコっていう生き物の持って生まれた本能だからだ。
モテであろうが非モテであろうが、こればっかりはどっちも同じ。
まともな性癖の野郎であれば、そいつを否定することなんてできないだろう。
もし「それは事実と違う」ってな論文が実在するのだとしたら、ぜひ一度、じっくり読んでみたいとさえ思う。
ただし、モテモテのイケてるリア充たちと違って、俺らみたいな非モテのオタクはオンナに対する磁力が足りない。
惚れたオンナの「最後のオトコ」となれるかどうかは、正直言ってかなり厳しい。
仮にパートナーをゲットできたとしても、簡単に心変わりされる確率のほうが断然高いと予想できた。
それゆえに、そうした奴らが「どうせなら」と相手の
下品な言葉でぶっちゃけていいなら、「イケメン勢が押し寄せてくる前に、やることだけは済ませておこう」ってところか。
それが証拠に、せっかく自分がモノにした相手を「これでおまえは処女でなくなった」とポイ捨てしちまう
たとえそれが、信頼できないネット世界の片隅においてでさえも、だ。
もし処女厨が女性の「
ということは、だ。
非モテのオトコが欲しがってるのは「意中のオンナの処女膜」なんかではなく、「意中のオンナのオンリーワンになること」っていうのがより正解に近いんじゃないかと俺は思う。
もちっと詳しく解説するなら、オトコを知らないオンナっていうのは奴らにとってのゴールではなく、あくまでもゴールに近付くための一里塚なのではって考える次第なのだ。
ただそのあたりの思想になると、この俺自身は、そうした連中とは明確に違う立場を自認している。
確かに、惚れたオンナの最初のオトコになれるなら、生物学上のオスとして、そいつに越したことはない。
それは認める。
認めざるを得ない。
でも同時に、その最初のオトコって立場にこだわっちまうのは、なんだか愚策のように思えてならないわけだ。
俺としては、惚れたオンナが非処女であっても、そいつはそいつで問題ない。
なぜなら、その惚れたオンナが惚れたオンナでいてくれる
俺は思う。
オンナの膜に固執するのは、城の縄張りを見ず天守閣だけ見るようなものだ。
そんな「木を見て森を見ない」視点では、攻城戦を有利に進められるわけなどない。
ピラミッドの頂点が高いのは、その下にある無数の石材あってゆえの事柄なのだ。
事実、この俺が心底惚れ込んでいる「俺の嫁」、女祓魔師・フレデリカ=ファム=ファタールは、もともと他人の女房だった。
正式な誓いを経て人妻となり、正しく息子までこしらえている。
まさに、これ以上もないくらいに完全無欠の「非処女」であった。
でも、そんなのは関係ない。
たったその程度のことぐらいで、俺の想いが尻込むことなどありえなかった。
それがたとえ他人に作られた設定上のそれであっても、俺が心惹かれたのはあくまで彼女の
とまあ、こんなカッコいいことを吠えてはいるが、いざ現実が目の前に鎮座しちまった時、同じことを言えるかどうかは正直あんまり自信がない。
なんだかんだいって俺のほうも、オトコを知らないオンナって奴を嫌いなわけじゃあないからだ。
自分の惚れたオンナは、やっぱり自分だけのオンナであって欲しい。
もちろん、この自由恋愛華やかりしいま、無茶言ってるのは承知している。
が同時に、そういう本音が俺の中に居座っているというのも、これまた否定することのできない厳然たる事実であった。
そして俺はいま、そんな世界の片隅で、自分の中の葛藤と対峙していた。
◆◆◆
それは、週末に開かれたジムカーナ練習会のあとでのこと。
そのイベントに薫子とともに参加した俺は、もはや恒例となっていた、奴と一緒のディナータイムに臨んでいた。
時刻は六時三十分で、
少しだけ時間が早いせいか、客足のほうはまだそれほどでもない。
俺たちは女性店員の案内に従い、窓際にある禁煙席で腰を下ろした。
おもむろにメニューを開き、間を置くことなく選択を果たす。
今回の薫子の注文は、見るからにカロリーの高そうな特製大盛りデミオムライスって奴で、俺のは、いつもどおりのハンバーグカレーとドリンクバーのセットだった。
前回食べた高級イタリアンとは異なり、めっちゃ庶民的な取り合わせである。
軽く反省会を開きながら、料理の到着を待つ俺たち。
どういうわけだか、薫子の機嫌がすこぶるいい。
クルマの運転をしないで済むなら、そのまま
自分の成績はともかく、俺の成績がそれほどお気に入りだったんだろうか?
というか、俺のオツムでは、それ以外の理由がさっぱり思い付かなかった。
今回のジムカーナ練習会は、地元の
そのせいか、JAF公認のものと比べると、随分とハードルが低いイベントに思えた。
レギュレーションなんてのは、あってないようなもの。
公認競技はおろかG6でもまず走らないようなクルマまでもが、堂々と胸を張ってエントリーしていた。
最新のGT-Rとぼろい軽トラとが真っ向から走行タイムを競い合うだなんて、俺にとってはまさに異次元の光景だ。
そんなぬるま湯の走行会で、俺と「パルサー」とのコンビは上位五傑に滑り込んだ。
二位の薫子とは三秒以上の差を付けられたが、それでもリザルトのタイムはれっきとした五位。
三十台近くが参加したイベントでのそれは、俺にとっての快挙と言える。
「お~、スゴイスゴイ! やったじゃない!」
そう言いながらあいつが俺に抱き着いてきたのは、すべての走行が終了し、暫定順位が確定されて間もなくのことであった。
A4用紙に印刷された順位表は、事務局テント近くの掲示板に張り出される。
暫定という文字がくっついてはいるものの、参加者からの抗議がなければ、これがそのまま成績となる。
したがってそれは、限りなく正式結果に近い数字だ。
その出来すぎた結果をニマニマしながら眺めていた俺の背中に、突然豊かな胸が押し付けられた。
奇襲というにはあまりあるほどのサプライズだ。
背後から仕掛けられた予期せぬハグに、「うわッ」と間抜けな声が出る。
身体をひねって抵抗しつつ、俺は後ろに目を向けた。
顔を真っ赤にして喚き叫ぶ。
「人前でくっつくな、テメー! 恥ずかしいじゃねえか!」
「あ~らら。そんなこと言っていいのかなァ?」
鼻を鳴らして薫子が笑った。
「本音じゃ、めちゃめちゃ嬉しいくせに。このムッツリスケベ」
「誰がムッツリスケベだ!」
「ふ~ん。自覚ないんだ。自分がムッツリだっていう自覚が」
耳元で嫌らしく囁き、薫子はそのナイスバディを俺から離した。
右側面から回り込み、並んで掲示板へと目を移す。
「もう少しラインを洗練できてたら、あと一秒は縮められてたわね」
声色を変えてあいつは言った。
「そうしたら、三位入賞も夢じゃなかったかもね」
「おまえのおかげだ」
俺は率直にそう応じた。
「おまえのレッスンがなかったら、ここまでの結果は出せなかった」
「殊勝な心掛けは極めて結構」
わざとらしく腕組みをして、絶世の美女が深く頷く。
「でもまあ、G6クラスのイベントなら、これだけの順位はまだまだ無理ね。それでもたいしたものだけど、勝負に勝ってあたしを抱くなんて百年早いレベルかな」
「あ、あのよォ」
そんな薫子に向け、俺は真面目に疑問を投げた。
「一応聞いてみるんだけどさ。このまま俺が上手くなってって、おまえとの勝負に勝てるだけの腕前になったとしたら、おまえ、俺にレクチャーしたことを後悔しないのか?」
「なんで?」
「な、なんでって、そりゃそうだろう」
キョトンとした顔付きを見せる薫子に、俺は思わず声を荒げた。
「だってよォ。そうなっちまったら、おまえ、自分の貞操の危機って奴を自分の手で育てちまったってことになるんだぜ。そんなの、敵に塩を送るなんてレベルじゃねえだろ? そういうの、おまえ、本当に納得できてんのかって思ったんだよ。どうなんだ?」
「そうねえ」
まるで他人事みたいな口振りで薫子が応えた。
「ま、そうなったらそうなったで、その時になってから考えることにするわ」
「随分と刹那的なんだな」
「ありもしない可能性を心配する暇なんて、あたしにはないの」
気まずそうな顔付きをする俺に、きっぱり奴は言い切った。
「いまとこれからを充実させるのだけで、正直あたしは精一杯。残念だけど、それ以上のことを考えてる余裕がないの。だから、君の言った『刹那的』って表現は、あながち間違ってないかもね。ぶっちゃけ言うと、いまをエンジョイすることしか、あたしの頭の中にはないわけ。君を育てるって決めたのも、いわばその一環かしら。勝敗の見えてる賭け事を楽しむのは、あたしの主義に反するのよ」
「つまり、この俺がある程度自分への脅威になってくれないと、おまえとしては面白くないってことか?」
「ま~ね」
「わかった」
ひと言答えて、俺は再び掲示板へと注意を向けた。
三秒を超えるタイム差という圧倒的な現実を突き付けられ、俺はそいつを飲み込むしかなかった。
だがそれでも、俺という駆け出しのスラローマーが薫子を含む上位陣の尻尾を掴みかけてるってのだけは、この時、はっきりと実感することができた。
このまま技術を磨いていけば必ずそこに手が届く、と思える位置に到達した感触を握りしめることには成功した。
だとすれば、奴との勝負に俺が勝つ可能性だってゼロではない。
そんな確かな認識を、俺自身は強く抱いていた。
そう。
今回の走行会における五位入賞という実績は、俺にとって、それだけの価値を有していたのである。
そしてそれだからこそ、その後の俺は思い悩まずにいられなかった。
何をって?
そりゃあもちろん、
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