できる!独学魔導入門
イズクラジエイ
プロローグ 『少女は時空を超えて』
状況は極めて危機的であった。
暗雲立ち込める切立った山の中、悪魔は竜の姿を形取り、敵対する我々の攻撃を全て軽くいなして、依然としてこちらを睨んでいた。
この悪魔の名は【ニーズヘッグ】この世界でも最も凶暴で破壊と死の象徴たる邪竜、我々はこの悪魔ともう後のない決戦に挑んでいる。
すでに、今まで何度も沢山の戦士や魔導士がこの悪魔に挑んだが、尽く返り討ちになりその遺体の所在確認も出来ない悲惨な戦いが続いた。
今回集まった者たちも過去の戦士たち同様、各国の手練で高名な魔導士達であったが、悪魔の圧倒的強さの前にその勝算は未知数。
このチームで勝てないようなら、もう他に成す術は無い。
そんな状況なのだ。
この場にいるニーズヘッグ討伐メンバーは全て魔導士だった。
何故なら悪魔ニーズヘッグは近づくだけであらゆる生物の生命力を吸うのだ。
接近戦など挑もうものなら、殆ど攻撃を当てることもなく、すぐに生命力を奪われ力尽きるのがおちである。
大地の加護、不動の錬金術師『ギリー』
時と氷の魔術師『ラトナ』
封印術のエキスパート『ディンブラ』
転送魔法アポーツの使い手『カロ』
最強の悪魔【ニーズヘッグ】に挑む4人の魔導士、彼らの肩にこの世界の命運が掛かっていた。
この悪魔に対し小手調べなんて物は無意味だった。
複数の巨大な岩の塊が凄まじい勢いで一直線に飛翔しニーズヘッグを襲う。
「……ダメだ! 物理攻撃ではすぐに再生してしまう! 足止めにしかならない」
巨大な石ツブテによるギリーの先制攻撃が続いていた。
「足止めで十分よ。それで勝てるなら苦労はしないでしょうが。作戦通り、短期決戦でいくわよ」
このチームでは、最年少である少女カロが作戦の指揮を取っていた。
アポーツ使いの知能は桁違い、それは魔導士なら誰もが知る常識であり、彼女の能力の高さを皆が認めるには十分な理由だった。
「行くわよ。ラトナお願い!」
「任せて」
周囲に冷気を纏ったラトナから目に見える青い魔力が空間を広げ、傷の再生で動きの止まったニーズヘッグの周りへ移ってゆく。
「通常の魔法はニーズヘッグには殆ど通じないわ。……だから空間ごと包み込んで封印する」
そういって取り出したのは黒くて重そうな一冊の魔導書だった。
「ただの本だけど、この日のために本に魔力をためておいて良かったわ」
「その本の魔力、全部使って良いんだな?」
無口な封印術師ディンブラが問う。
「ここでケチって失敗したら元も子もないでしょうが。今出来ることは全部やらないと後悔するわよ」
熱くなるカロとは対象的にクールな返事をするディンブラ。
「了解だ」
喋りながらカロは両手をニーズヘッグに向け魔力を送り込んでいた。
「……捕まえた!」
塵芥を弾き飛ばしながらカロの魔力は球状の透明な空間でニーズヘッグを取り囲む。
「詠唱……間に合ったわ」
「ジェ・スエテー・ク・ル・タン・サレート!」
ラトナの詠唱した魔法はカロがニーズヘッグを取り囲んだ空間をさらに氷の塊で包み込んでゆく。
「よし、今よ!」
「このタイミングなら、しくじる要素はない」
そう言ってディンブラはカロがニーズヘッグ目掛けて投げた本へ手をかざす。
事前に打ち合わせた作戦どおり、カロの作り出す異空間に捉えたニーズヘッグを、さらに時を凍らすラトナの奥義で完全に拘束していた。
そこへディンブラが行う封印術で用意した本へ吸い込まれてゆくニーズヘッグ。
「完璧よ……この段取りでダメなら絶望的ね」
不安を口にするラトナ。
月明かりのみの暗闇の中、悪魔の放つ瘴気を巻き込みながら地面に落ちる魔導書。
「まだよ!」
カロは魔力で紫のオーラを広げ、さらに地に落ちた魔導書に念を送り込む。
「このまま、私のすべての魔力を使って異空間に魔導書を飛ばすわ。この機は逃せない。念には念をいれるのよ」
魔導書を包む紫のオーラは中に黒い異空間を展開し、そのあとすぐカロは開いた両手を閉じて、それに合わせるようにゆっくりとその暗黒の空間を閉じてゆく。
それは一瞬の出来事だった。
魔導書に吸い込まれてゆく悪魔の魔力は最後の足掻きなのか、一気にカロの閉じた手まで伸び一緒に異空間に引き込んでゆく。
「しまった! さっきのでもう魔力が」
黒い球体に吸い込まれてゆくカロに走り寄り手を伸ばすラトナ。
「掴んで!」
「だめよ! あなたまで巻き込ま――」
最後まで言葉を発する前に異空間に消えてゆくカロ。
「……カロォォォォォォォォォォ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
こうして、優秀な魔導士達の活躍と一人の少女の未来を犠牲に、彼らの世界には平和が訪れた。
悪魔ニーズヘッグと、不運にも一緒に本へ取り込まれた少女は、みずからの魔法により時空の彼方へと飛ばされたのだった。
そして、悠久の時が流れた――
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