一章④ 飴と燃料と銃

 なんとなく手持無沙汰で、やることの無い手はコートのポケットを探り、いつものように飴玉を取り出してしまう。別に棒が付いていることにこだわっているわけではないが、フロストが持ち歩いているのはいつも決まってロリポップキャンディである。

 包み紙を破って、くわえながらふと、スノーモービルの燃料メーターを見やる。また薄く積もった雪を撫でるように払い、矢印が示す値に不覚にも驚いた。思っていた以上に、燃料が減っている。これから家に帰る分には全く問題は無いが、余裕があるとは言えない。

 そういえば。右の太腿に吊った銃をホルスターから抜き、弾倉を確認する。それから背中に吊った銃も同じく弾倉を抜く。両方とも、残弾数がゼロに近い。フロストが思っていた以上に消耗していたらしい。


「最悪……」


 暫くは銃の出番は無いとしても、このままにしておくわけはいかない。家にある予備の弾倉はいくつある? スノーモービルの燃料は倉庫にあっただろうか。否、無い。


「あーっ、くそ! 行くしかねえか」

「お待たせー……どうしたの?」


 もこもことしたファーが袖口とフードについたピンクのコートを羽織り、手には毛糸のミトンをはめたミカが、きょとんとしてフロストを見やる。


「ミカ……ちょっと寄るところが出来たんだが、いいか?」

「へ? どこ?」

「アンナの所。スノーモービルの燃料とか、色々買わねぇと」


 本当は出来るだけ行きたくない。だが、フロストのスノーモービルの燃料や銃の弾は近所の商店では売っていない。よって、どんなに嫌でも行くしかない。


「うん、いいよ。時間あるし、そういえばアンナさんに雑誌の今月号頼んでたの、丁度いいね!」


 そう言って、そのままフロストの後ろに乗り込むミカ。当然のように腰に回されてしがみ付く腕が少々くすぐったい。

 エンジンをかけ、ハンドルを握ろうとしたその時、眼下で小さな手がわきわきと動く。


「ねぇねぇ、あたしにもアメちょうだい? 小腹すいちゃった」

「…………」


 溜め息。片手でコートのポケットを探り、数本のロリポップキャンディを取り出す。フロストが持ち歩く飴は決まってこれだが、その中でも必ずある味が一つだけある。

 ピンク色の、可愛らしい苺のイラストが描かれた包みの飴玉は、まとめて買うにあたっては必ず入っている定番の味だが、フロストはあまり食べない。これだけは、後ろで足をぶらつかせる馬鹿専用になっている。


「あ、いちごミルクだ! やったあ!」


 差し出された手に掴ませてやれば、すぐに上がる喜びの声。お互いに嫌いなものも知っていれば、当然のように好きなものも知っている。

 なんだかんだ言って、甘やかしてしまうのは悪い癖だな。


「涎、つけんなよ?」

「つけないもん!」

「おら、さっさと行くぞ」


 額に上げたゴーグルはそのままに緩んだマフラーを払い、緩やかな走りで村長宅を後にする。ミカを乗せていることと、村の中だということもあり、いつも以上の安全運転だ。

 彼女の家は村を一望出来る小高い場所にあり、フロストの家がある村の中心までは若干の距離がある。とは言っても、歩いて二十分程のものだが。

 どこにどんな木があって、いつ曲がり道があるか、目を瞑っていても分かる。


「うひゃあ、やっぱりスノーモービルだと速いねえ?」

「まあ、歩くよりはな」


 感嘆の声を上げるミカ。それから少し走れば、徐々に賑わいが近づいて来る。降り積もった雪を慣れた手つきで削り、屋根から落とす男達。それを道の端や使っていない空き地に運ぶ女や子供達。皆、顔見知りだ。


「やっほー。皆、お疲れ様!」


 ミカが片手を離して、屋根の上の中年男に手を振った。微かにバランスが崩れるが、もちろんそのまま滑って転ぶなんてことはしない。


「よう、ミカ! こらー、フロスト。今コケそうになっただろう? ちゃんと見てるぞー」

「うっせえな! テメェらがちゃんと雪掻きしねえからだろが」

「この野郎、文句言うなら手伝いやがれ若造が! デートはその後でいいだろ」

「ぬあっ!?」


 馬っ鹿じゃねえの!? 逃げるようにそこを走り抜け、やがて村の中心部まで出た。

 都会のような煌びやかさは無いが、暖かな雰囲気が此処にはあるのだ。




「うーん、肌がカピカピになりそう」


 店の前でスノーモービルを止めるなり、そんなことを呟いて飛び降りるミカ。化粧もしていない癖に、美容には気を使っていたのか。胸中で意外だと思いながら、フロストもスノーモービルから降りる。

 その店は、一見すればただの小屋だ。屋根を覆う分厚い雪に、槍先のような鋭い氷柱。見える窓のカーテンは全て締め切られ、少々不気味な雰囲気を醸し出している。


「うわ、とと……お邪魔しまーす」


 ひょこひょこと飛び跳ねるように階段を昇り、なんの躊躇もなく扉を開けるミカ。湖の水面のように凍った階段を見るに、店主がどのような性格の持ち主なのかが容易に伺える。

 この店の主は、恐らくフロストが思う中で一番の変態であり変人だ。


「ミカ、アンナは居たか?」


 遅れて扉を開ける。薄暗い店内の壁や天井、普通は宝石などを飾るのではないかと思われる硝子のショーケース。その全てには、フロストも名前しか知らないような武器が、所狭しと並べられていた。

 フロストの愛銃達と似たような形のもの。小型で、真ん中に蓮根型の弾倉が嵌め込まれたリヴォルヴァー。狩りに使われる長い銃身のライフル。射程範囲は狭いが、豪雨のように敵に弾丸を浴びせることが出来るマシンガン。

 更には持ち歩く拳銃ではなく、固定式の機関銃。錆び付いた手榴弾が転がっていると思いきや、埃一つなく磨き上げられたロケットランチャーが立てかけてあったりと。上げればキリがない程に、様々な火器の類がびっしりと並べられている。


「うーん……留守なのかな?」

「まさか、どうせ寝てるんだろ」


 カウンターから身を乗り出して、店の奥を覗き込むミカ。店の主は商売をする気が無いのか四六時中酒を飲んでは寝ているのが常で、大人しくカウンターに座っていることなど滅多に無い。

 フロストもミカの後ろから、奥の様子を伺う。


「……仕方ねえな。叩き起こして来るか」

「だ、ダメだよ!」


 慌てて振り返り、大きく首を横に振るミカ。意味が分からない。


「ダメって、何が――」

「フロストはダメだよ! 眠っている女の人に近付くなんて、フケツぅ!!」


 ぎゃあぎゃあと、一人でミカが喚く。その際に、危うく飴玉の棒を落としてしまいそうになったが、なんとか自力で堪えた。

 そして、彼女が訴えることは理解したが、はっきり言って何を今更である。


「……俺は、多分この村で一番あの女を起こしてきたと思うけどな」

「とにかくダメ! あたしが呼んで来るから、フロストは大人しく待ってなさい!」


 何故か命令口調でミカが言って、カウンターをよじ登り店の奥へと潜り込んだ。プライバシー保護と言う自己防衛意識が最近頻繁に謳われているが、村でその意識はかなり薄い。因みにこの店に至っては、そんな意識はほぼ皆無だ。

 くすんだ蛍光灯は頼りないが、辺りに何があるのかを判別出来る程度には明るい。フロストは何となく店内を見渡しながら、新しい飴玉を取り出す。

 すると、視界に一丁の拳銃が飛び込んで来た。


「……あれは」


 どくん、と心臓が跳ねたかと思えば、身体は無意識にその銃に歩み寄っていた。金色の銃身を持った、年代物のリヴォルヴァー。僅かな明かりの中でも、暗闇の中では十分な存在感を示している。

 でも、違う。


「……んなわけ、ねぇよな」

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