Destroy the Marine Base of RED

@ArAone

第一章「依頼」

【第一章「依頼」】


〈2017年12月8日 13:45 太平洋公海上〉


 本艦からヘリコプターに乗り換えて約二時間。表情を一切変えない二名の兵士の横で報告書と青空、そして海面を見るのに飽きた男は、タブレット端末でクロスワードパズルを始めていた。

 ヘリの振動に耐えながらも維持していた集中がパイロットの声で途切れる。言われる方向を見ると一隻の船が目に入った。影のような漆黒で塗られたその船は、同じく黒塗りのヘリ一機とコンテナを数個積み航行していた。あれが今回の目的地であり、依頼先の拠点なのだ。


 甲板へと降下するヘリの中で依頼相手についてもう一度思い返す。

「船を拠点とする彼らは高度な戦闘能力を持つ凄腕の戦闘部隊であり、国際安全の脅威となりうる存在の排除や重要拠点の奪取、人質救出に破壊工作など幅広く手掛け、あのウサマ・ビンラディン殺害にも関与したと言われている。これまでの功績から各国の膨大なデータベースへのアクセス権や数々の自由が付与されている完全独立の攻勢部隊なのだ。厄介なのは何社もの軍事企業と裏で手を結んでいるらしく、最新兵器や試作武器を入手している点だ。

 そこまでの存在でありながら正式名称は誰も知らない。そもそも公式には存在しないは組織なのだから当然だ。だから政府高官からは「非公式攻勢戦術部隊 (the Gray Hidden Offensive Strategy Troops)」の頭文字を取って「GHOST」や単に「the 部隊」と呼ばれている。」


 着船してローターの回転数が落ちてもなお吹き付ける強風の中、片手に鞄を持ち、もう一方でスーツを押さえながら男は甲板へと足を下ろした。





〈12月8日 13:45 太平洋公海上 甲板〉


 ウォーレン・クラークは船内で昼飯を済ませ、いつも通り音楽を掛けながら昼寝を始めた。スマートフォンとWi-Fiさえあれば世界のどこでも音楽が聴ける便利な世の中になったなどと考えながら眠りに落ちようとする。

 今年で48歳を迎えるとは思えない鍛え抜かれた身体の彼は21歳で米国海兵隊員として湾岸戦争を経験。その後第二次アフガニスタン紛争、イラク戦争に従事して退役した後にGHOSTを設立した。GHOSTが成功したのも、その明晰な頭脳と圧倒的なカリスマ性のお陰だろう。


 「おいレニー、その陰気な音楽をとっとと止めてくれねぇか?集中できねぇぞ」

そう横槍を入れたのはこのクソ暑い中で律儀に筋トレをしていたアンドレ・ミラーだ。アフリカ系のアンドレは190cmに届きそうな巨体でボクシングをやっていたらしい。

 もうさすがに限界だ。こう毎日邪魔されてはたまったもんじゃない。

「俺の唯一の休息をお前が邪魔しているって分かってるのか?ゴリゴリの筋肉を見るために椅子を出している訳じゃないんだぞ!」

「どこで筋トレをしようと俺の勝手だろ!それとも何か?俺のこの美しい肉体がお前の邪魔になると?」 

 だから何度もそう言っているじゃないか。コイツは馬鹿なのか?ウォーレンがため息混じりで反論しようとした瞬間、遠くからヘリコプターの音が聞こえてきた。――――なんで俺の休みはこうも邪魔が入るんだ?

 ウォーレンの思いなど露知らず、アンドレが嬉しそうに言う。

「新しい依頼人だ!最近はすっかり暇だったからなぁ。おいレニー、誰だと思う?俺は米国にビール一本賭けようじゃないか」

クソ…こいつは何でもかんでも賭け事にしやがる…。

「よし、アンドレ。俺が勝ったらこれ以上休息の邪魔をするな。それなら乗ってやろう」

「決まりだ、レニー!で、お前はどこだと思う?」

「どうせ、英国の富豪が誘拐された娘の救出でも懇願に来たんだろ?」

 

 二人で目を細めながら近づいてくるヘリをじっと見つめていると、かたわらに置いた無線が鳴った。一瞬機械的なノイズが流れた後、女性の声が聞こえる。

「ウォーレン、もう見えていると思うけどお客が乗船許可を求めてるわよ?」

「あぁ見えてるぞ、ハディージャ。どこのヘリだ?」

「えぇと……アメリ――――」

「ほら見ろ!」

ハディージャが言い終わる前にアンドレが歓声を挙げて手を打ち鳴らした。

「これでビールは俺のものだ!」

忌々しそうにアンドレを見ながらウォーレンは小さく「俺の休憩もな」と呟く。

そしてハディージャに着船許可を出させた。

 

 「さぁ、お客様を迎えに行くか」

そう言ってウォーレンはアンドレを連れてヘリへと歩いていく。丁度スーツ姿の男が降りてくる所だった。風に負けじとスーツを押さえながら降りた男は二人に気がつくと近寄って来た。

 ウォーレンも手を出しながら迎える。

「ようこそ、我がオルキヌス・オルカ号へ」

形式的な握手の後、男は矢継ぎ早に口を開いた。

「“シャチ号”か。ピッタリだな……おっと、新しく君達の担当になった米国国防省の者だ。前任からの引き継ぎは済んでいる。ウォーレン・クラークにアンドレ・ミラーだな?よろしく頼もうじゃないか」

「ッチ、ペンタゴンの役人かよ。どうりでいけ好かないサングラスを掛けてるわけだ。」

アンドレが吐き捨てるように言う。

 確かに前任は元軍人という事もあり、親しみやすかった。

「前任のトムはどうした?それから、あんたの事を何て呼べばいい?」

ウォーレンが尋ねる。

「あぁ、彼は亡くなったよ。心臓発作だそうだ。で、私の名だが好きに呼んでくれて構わない」

「ならエージェント・スミスだ!見ろ!ピッタリじゃねぇか!」

 アンドレめ、上手い名前をつけやがる。そんな感心を覚えながら

「ではMr.スミス、中へどうぞ。あ、ヘリは一旦戻るように指示してください」と中へ招く。





〈12月8日 13:55 オルカ号船内 会議室〉


 そこそこの広さのある部屋の真ん中に、無機質な丸い金属のテーブルが置いてあり、正面の壁には大きなモニターが三つ並んで設置されている。すでに四人が席に着いていた。


 「改めまして、ようこそMr.スミス。前任から引き継ぎは受けたということで基本的な事柄はご存知ですね?」

ウォーレンがスミスを席に着かせて喋り始める。

「あぁ、知っている」

「なら話しが早い。では、命懸けで任務に当たる隊員を軽くご紹介しましょう。私はウォーレン。レニーで結構です。そしてこっちがアンドレ。こう見えて元レンジャー部隊です。彼も私も祖国アメリカに忠誠を誓った一人です」

 そしてテーブルに着いている一人ひとりを指しながら「彼はアダム・ジョンソン。英国陸軍特殊空挺部隊SAS出身の元兵士です。こっちは元ロシア特殊任務部隊スぺツナズのイワンコフ・ポフメルキン。で、彼女が――――」

説明を手で遮ってスミスが続ける。

「彼女はハディージャ・ダヴィード。イスラエル情報特務庁モサドの元工作員として米国のリストに載ってる。で最後が――――」

「韓国国家情報院(NIS)のリー・フェイです」

会話の主導権を握り返したレニーが続ける。

「海兵隊、レンジャー、SASにモサド、スペツナズ、NIS……よくもまぁ犬猿の仲同士を集めたものだな。こちらとしては依頼を遂行してもらえれば一向に構わないのだが」

そう言葉を切って本題に入り始めた。





〈12月8日 14:00 オルカ号船内 会議室〉


 5分後、全員にタブレット端末が配られ、三台のモニターには何やら地図とその他情報が映し出された。この準備はすべてGHOSTの情報部門のハディージャとリーの担当だ。


 「さてそれでは本題に入ろう」スミスは依頼内容を話すべく前に立ち、モニターを指差した。「これがなんだかわかるか?」

「島だな」と低い声でイワンコフが答える。

「俺にもそう見えるぞ」とアンドレが続く。二人は笑みを浮かべながら軽く拳を合わせた。

「これがただの島なら問題はないんだがな。滑走路が見えるか?」

と高解像度の衛星写真を拡大する。

「数日前に国家安全保障局(NSA)が撮影した最新のものだ」

しばらくしてリーが気がついた。

「西沙諸島ね。中国が実効支配している。これは……永興島かしら?」

「その通りだ。もともと南シナ海のこの地域は周辺国の領土問題が存在していたが、近年の中国は軍事力を背景に実効支配を始めている。この地域支配の既成事実化が目的だろう」

「で?まだ話の核が見えないぞ?俺らに何をして欲しい?」

アダムが冷静に問う。

「まぁ待て。話の順序ってものがあるだろう。これは信頼できる情報筋からなんだが、中国は南シナ海における活動に関するデータをこの基地に保管しているらしい。」

腕組みをして聞いていたウォーレンが呟いた。

「なるほど、話しが見えてきたぞ。」

「そこで、君たちには二つのことを頼みたい。一つはデータの奪取、もう一つは基地の破壊だ。」

「そんなのおたくの無人機で爆撃すりゃ済む話だろ。データはハッキングかなんかで入手して。」

イワンコフが面倒臭そうに口を開く。

「中国はここに地対空ミサイルを配備している。だから空からの襲撃は不可能だ。さらに米国の関与が表に出てはマズいのだ。それにデータは物理的に保管されているから人間が盗む以外に方法がない。」一旦言葉を切り間をおいてから付け足す。

「もちろん“極秘裏に”だ。米国の関与という事実は存在しない。さらに言えば私は君達と話を一切していない。どうだ?頼めるか?もちろん報酬はそちらの言い分で結構だ」

ウォーレンは五人を順に見る。各々が小さく首を立てに振った……アンドレだけは満面の笑みだったが。

「よし、いいだろう。交渉成立だ」


 「ではMr.スミス、申し訳ないが船室で待っていて頂けますか?こちらはこれから作戦会議に移りますので。部屋はアンドレに案内させます。」

嬉しそうにアンドレが立ち上がった。

「さぁスミスさん、お部屋へご案内しましょう!ところであんたは『メン・イン・ブラック』を観たことがあるか?あれも黒スーツにサングラスだよn――――……」

アンドレの馬鹿でかい声が小さくなる。可哀想に、しばらくスミスは爆音地獄から抜け出せないぞとウォーレンは笑った。


 「では諸君、15:30にもう一度集合してくれ。一旦解散しよう」ウォーレンの合図で四人はそれぞれ動き出した。





〈12月8日 15:14 オルカ号船内 会議室〉


 「悪い悪い、ついスミスさんと喋りすぎちまった。さぁ作戦会議を始めようぜ!」遅刻をものともせずにアンドレが入ってきた。

「よし、全員揃ったな。では始めよう。リー、ハディージャ頼んだぞ」

今回も前に立って進行するのは、もちろんこの二人だ。


 リーが喋り始める。

「この短時間で軽くかき集めた情報よ。まずは永興島の概要ね。手元の端末にデータを送ってあるわ。面積は2.1km²でこの海域最大。環礁を形成していて北東の小島とは道路が繋がっていて、埋め立て済み。中国によれば人口は1,000人以上で軍・政府関係者がほとんどだけど、漁民も住んでるらしいわね。3,000m級の滑走路、地対空ミサイル、戦闘機などが既に配備済みのようよ。」

ハディージャが引き継ぐ。

「ここを管理しているのは中国人民解放軍と人民武装警察の辺境部隊。2012年にこの海域一体を『海域動態監視観測管理システム』に組み込んでいるわ。アメリカが中国の暴挙を見かねて『航行の自由作戦』を実行したけど全くの無意味だったようね。ちなみにこの作戦は―――」

イワンコフが遮る。

「そんな情報はWikipediaを見りゃ分かるだろ。もつとこう…役に立ちそうな情報はないのか?」

「わかってるわよ。ロシアの冬を“冬将軍”って呼ぶらしいけど、ロシア人って心まで冷たいのかしら?」

ハディージャは皮肉を言いながらもスライドを切り替える。

「モサドの友人に確認したんだけど、中国がこの島に各種のデータを保管している事は間違いないわ。詳しくはわからないけど戦艦からミサイル、核に関するものもある可能性が高いわ」

画面が切り替わり、3DCGで作られた島の全景が現れる。レーザーポインターを使いながらリーが説明を継ぐ。

「これを見て。韓国の同僚から入手した情報を元に作成したものよ。これによると島の地下に巨大な空間がある事が分かるわ。恐らく、中国はここで軍事開発の一端を行っていると思われるわ」

口に水を含んでからさらに続ける。

「国連の発表によれば最近、この海域周辺の島々に海洋生物の死骸が漂着するようになったそうよ。それもかなりの数が」

アダムが考えを口にする。

「つまり中国はこの基地で軍事的実験、もしかしたら化学兵器とか生物実験を行っている可能性があると?」

「その通りよ。Mr.スミスは言わなかったけど『基地の破壊』の目的の一つがコレだと思うの」

「楽しくなってきたなぁ!データ奪取に基地破壊。しかも裏には中国の秘密実験が絡んでるんだぜ?まさに俺らGHOSTの出番じゃねぇか!」

アンドレが目を輝かせながら叫ぶ。


 「よし、今回の件の概要と大体の目的はわかったな?それじゃこの後どうするかを決めよう」

「友達から聞いたんだけど中国人なら島に観光に行けるらしいぞ?」

アダムが提案した。

「ええ、そうよ。軍事的イメージとは裏腹に本土からの観光客数は以外に多いそうよ。ヤシの木やビーチと言った南国のリゾートとして人気が高まっているらしいの。関連施設も充実しているらしいわ。だから最初は私が中国人になりすまして潜入しようと思うの。どうかしら?」

隊長であるウォーレンの顔を見る。

「ふん、良いかもしれないな。韓国人のお前なら怪しまれないだろうし、中の様子を知れるのはデカイ。なんせ今の時代は情報が勝敗を左右するからな」

「リー、頑張ってこいよ!」

煙草のヤニで汚くなった歯を覗かせながらイワンコフが鼓舞した。

「この続きはリーの潜入の段取りや各々の役割がある程度決まってからにしよう。では、本日は一旦解散だ」

 部屋を出ようとしたところで思い出す。

「あぁそうだアンドレ、悪いがMr.スミスを呼んできてくれないか?」

「クソッなんでいつも俺だけそんなにしなきゃならないんだよ!」

ブツブツ文句を言いながら荒々しく扉を開けて呼びに行った。


 数分後、二人が戻って来た。正確には先にアンドレの声が響いてきたのだが。

「………――――ェームズ・ボンドは観たか?ほらダニエル・クレイグが演じている直近四作。あれもスーツが格好良かったよなぁ!後は『キングスマン』なんかも――」

ウォーレンの姿を見つけるとスミスが泣きそうな顔で近づいてきた。

「おい、なんだってコイツはこんなにもよく喋るんだ?騒がしくてしょうがない!」

「やぁ、Mr.スミスさん。お待たせしました。彼と一緒だと飽きないでしょ?それより依頼についてですがお受けいたしましょう。報酬については後ほどこちらから連絡します」

「分かった。そしたら連絡は私の携帯に直接頼む。自動的に暗号化されるから外部に漏れる心配がないのでね」

「承知しました。それでは、迎えのヘリが到着し次第ご帰還をお願いします。帰りも空の旅を楽しんでくださいね」

依頼主とは言え、居るだけで邪魔な存在は早くに消えてもらうのが一番だ。少しでも早く作戦を進めるためにな。


 スミスを送るため甲板に出たウォーレンは、日が落ち始めて昼と夜の境にある水平線を眺めていた。短くなったタバコを海に捨てて甲板を去りながら呟く。

「中国との全面戦争か。こりゃ楽しくなるぞ……」

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