第32話 ―最低の女神!?―

「凄い数ですぞ!」


 老執事の声に、とっさに全員が隠れた。


 大広間は、ミノタウルスだらけだった。それも他の通路から、後から後から現れ、階段を囲んでいく。


 だが、そこを通らねば、上には行かれない……


「どうするのぉ、ジェイちゃーん~!!」


 僧侶は、膨大な祈祷の準備をする覚悟を決めていた。すると、店主が言った。


「このままではサポート隊に被害が出る。一度、退却だ」


「そうですね。さすがにこれでは危険です。そして他のルートを探しましょう!!」


 店主の言葉に老執事がうなずく。だが、「他のルート」の言葉に魔法使いが言った。


「でもこれが一番の、最短のルートだわ」


 魔法使いの目が真剣だ。それは、他のルートでは時間が読めないという意味だった。 


 確かにそうだった。ダンジョンの迂回(うかい)は、また1階からのやり直しの可能性ももあるのだ。


 その時だった。


「時間がもったいない。私が行くから、みんなは絶対に出ないで」


 そう女戦士が、いつものように淡々と言うと、一歩進み出た。


 一瞬の沈黙。


 そして皆、なぜか納得したように、女戦士を止めなかった。お嬢様をのぞいて。


「リリー待て!死んでしまうのじゃ!なぜ皆は、止めぬのじゃ!?」


 お嬢様は一人慌てる。でも、みんなはこれが最善と考えたようだ。


「ジャック行ってくる」


「ああ」


 店主に挨拶した女戦士は抜刀した。


――カッ!


 その瞬間!剣が光ったかと思うと、何かが女戦士を包んだ。そして、見えない黒い霧が女戦士から溢れてくるようだった。


「ぐあぁぁぁぁ!!」


 すると女戦士の口元から、普段の話し方からでは、想像も出来ないような声が聞こえた。そこにはあきらかに、女戦士じゃない女戦士がいた。


 そのまま女戦士は、無数のミノタウルスの方へ飛び出して行く。それを待っていたかのように、一斉にミノタウルスたちが女戦士に襲いかかった!


 が、ミノタウルス達は……


――ザバン、ザバン、ザバン、ザバン、ザバン、ザバン!


 女戦士に斬り伏せられていった。


 すざまじい剣撃だった。斬って返しては斬り!斬って返しては斬り!!と、女戦士は一気に6匹のミノタウルスの首を飛ばした。


 ミノタウルスの残った体からは、今だ滾(たぎ)る血が、湯気をあげドクドクと流れていた。


「あれが魔剣だ」


 店主が、お嬢様に言った。


「えっ!リリーは、魔剣の使い手だったのか!?」


――ザバン、ザバン、ザバン、ザバン、ザバン、ザバン!


「そうリリーは、強い魔力を持つエルフだ」


 女戦士の黒髪ロングストレートが揺れると、尖った耳が見えた。そのまま女戦士は、手当たりしだいにミノタウルスたちを斬り伏せていった!


「リリー殿は当代きっての魔法戦士でござる!!だが、魔剣にはリスクがあって、誰彼なく殺してしまうでござるよ。だから、付けられたあだ名が……」


「狂戦士(バーサーカー)でしたか」


 老執事が、なんとも申し訳なさそうに言った。


「でっ、では!リリーはもう、元に戻らないのか!?」


 お嬢様は途端に、女戦士の事が心配になった。急に、今までの日々が思い出された。




『そうですね、ごめんなさい。私の名前はリリー』


『ジャックの部屋の床で』


『それは、ジャックが居てくれたから。今の私は、ただの狂戦士だから』




 ただの狂戦士とは、こういう事じゃったのか!お嬢様は女戦士の心中を察した。色んな意味でライバルの女戦士に、お嬢様はとにかく居ても立ってもいられない気持ちになった。


「でもぉ、耳元で名前を囁けばぁ、元に戻るのよぉ」

 

 僧侶は、安心してぇ!と、ばかりにお嬢様を見て言った。


「まあ、そんなの出来るのは、ジャックだけですけどね」


 魔法使いが、にこやかに微笑みながら、お嬢様に言った。


「えっ!そうなのか?元に戻るのか!?」


 元に戻ると聞いたが、お嬢様は複雑な気持ちになった。


「そういえば、狂戦士になってしまうが為に、みんなに疎(うと)んじられて。結果、ジャックと一緒での契約ばかりになったのでしたね」


 弓使いが補足した。


――ザバン、ザバン、ザバン、ザバン、ザバン、ザバン!


 なおも剣撃は続き、女戦士の後には無数の首や体が転がっていた。大広間の床が血で染まっていく。しだいに足の踏み場が無いほどの、ミノタウルスの死体が横たわっていった。


「でもまあ、最近は危険度を下げて、一人で働いていたみたいでござるよ」


 槍使いも補足する。


「とはいえ、最初は明るかった彼女も、今では感情を出さなくなりました。周りの反応を見ればそうなってしかたありませんが」


 弓使いと槍使いがそんな話をしている内に、大広間は静かになった。


「はあぁぁぁ、はあぁぁぁ」


 ミノタウルスの死体の山の上に、ただ独り。肩で、深く息をしている女戦士が居た。


『綺麗なのじゃ!』


 元々、綺麗で美しい顔立ちが、ああ、殺されてもいいかも!と、思えるぐらい文字通り、怖いほどの美しさになっていた。


『人を超えた美しさなのじゃ!!』


 その姿を見て、狂戦士というよりも、『殺戮(さつりく)の女神だ』と、お嬢様は思った。


 大広間のミノタウルスは一匹残らず切り捨てられ、生き残ったのは皆無だった。


――スタ、スタ、スタ、スタ


 その死体の山、血の海の中を、店主が歩いていく。


「ジャッック待って!」


 お嬢様はつい、声が出てしまった。店主は、その声を気にも留めず、女戦士の元へと歩いていく。


『ジャックぅ』


 お嬢様は切ない気持ちになった。


「ぐあぁぁぁぁ!!」


 女戦士の魔剣が店主を襲う!!


――ザン!ガキンッ!ザン!ザン!ガキンッ!!


 剣同士が、凄まじい勢いでこすれ合う音が響いた。


 互いに剣を、斬りつけては受けていく。しばらくそんな状況が続いた。


『笑っているのじゃ!』


 女戦士の目は、冷たく笑っていた。まるで、殺すのを楽しむように。対して、店主は真剣な表情で、チャンスをうかがっているようだった。


――ザン!ガキンッ!ザン!ザン!ガキンッ!!


 その時が来た!


―ガキンッ!!


 右によけ、両手握り剣で、女戦士の剣を受けた店主は、右手を残したまま、すぐさま左手を伸ばし女戦士の手を柄ごと握ると……


 なんと、自分の剣を手離した!


 そして、女戦士を背中から包むように抱きしめると、耳元に口をよせ……


「リリー!」


 と、囁いた。


「リリー!リリー!リリー!」


 女戦士の耳に、店主の声と吐息が染み込んでいった。


 女戦士の剣先が、ゆっくりと下がっていく。


 少しして……


「……じゃ、ジャックぅ?」


 夢から覚めたような女戦士の顔があった。続いて意識がはっきりしてくると、店主に振り向き、また会えた!という、ホッとした表情になった。


『本当に魔法がとけたのじゃ!』


 お嬢様は、御伽噺(おとぎばなし)のようだと思った。『殺戮の女神』から、誰かを『慈しむ女神』へと変わったと、思った瞬間。


 女戦士の手から、剣がするりと落ちた。


――カランカラン


 すると女戦士は、ジャックの首にしがみつくように抱きついた。


ぎゅーーーーー!


 っと。


 そして、店主もきつく、抱きしめていた!!


「なんとーーー!!」


 お嬢様は周りを気にするのも忘れ声をあげた!!


 店主に抱きつき、抱きしめられる女戦士を見て、お嬢様は思った。







 『最低の女神なのじゃ!』


 と。


☆お嬢様

・黄色のヒモパン!


★女戦士

・黒のヒモパン!!


☆魔法使い

・パンツ履いてない!けど、勝負の生成りはポケットに!!


つづく

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