第948話 男騎士と性の熱帯夜

【前回のあらすじ】


 男騎士対邪神大決着。

 流石の男騎士。得意技のバイスラッシュで一刀両断、デビちゃんの身体の中から邪神を追い出すことに成功した。


 神を凌駕する黄金鎧の力。

 それは、人類が神という抗うことが出来ない存在に対抗するべく、編み出した希望の力に間違いなかった。


 しかし、相手も腐っても邪神。


 最後の最後、男騎士に放った最後っ屁の怪光線。これが男騎士にとっての命取りであった。彼の眼前ではじけたそれは罠。光線に擬態した精神毒であった。


 たちまちその場に膝を折る男騎士。どうやら邪神が放った最後の一撃は、男騎士の命を捉えたらしかった。身体を持たない男騎士の命を蝕んで染み入る毒の一撃。

 はたして男騎士はその魂を溶かす毒に対抗することができるのか――。


 海底都市○チンポス編、ついにクライマックス。

 彼らの運命やいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


 男騎士の身体が邪神と同じようにその末端から光に消えていく。

 その動きは邪神のそれよりも進みが遅い。だが、確実にその魂は削られている。砂糖菓子のようにほどけていくその姿を前に女エルフがたまらず金切り声を上げた。


「ティト!! ちょっとやだ!! しっかりして!!」


「やめろモーラちゃん!! 不用意に触るんじゃない!! ティトの身体の精神毒がモーラちゃんに感染しちまう!!」


「けど!! けど、こんなのって!!」


「大丈夫だ、ティトの生命力が毒に打ち勝てばいい。魂を浸食するタイプは回復魔法が効かないが――その分、人間の本能的な力がモノを言う。こいつの生き汚さとタフさはモーラちゃんが一番良く知っているだろう」


 だから信じろ。


 魔剣エロス。数々の冒険をこなしてきた彼は、狼狽える女エルフにそう言って優しく諭す。しかしながら流石の彼の声色も、今回ばかりは少しだけ震えていた。


 確かに魔剣が言った通り、精神毒の浸食を跳ね返すにはそれに蝕まれている人間の生命力が肝になってくる。知力は低く精神抵抗判定には失敗する男騎士だが、生命力については充分ある。これまでの冒険を経て、彼の中には生に対する渇望もまたしっかりと宿っていた。みすみすと、邪神の精神毒にやられる訳がない。


 訳がないと信じたいが――。


「見てエロス!! ティトの身体が!!」


「くっ、流石は神が今際に放った毒だけはある!! 想定以上に厄介な毒のようだな!! これは、ティトの生命力が持つか――!!」


 男騎士の身体は見る見ると毒によって溶けていく。

 今や、その両方の手首はすっかりと失われている。


 生き汚いというか、気がつけば生き残っている男騎士。その胸中に生きることに対する複雑な気持ちがあったのは間違いないが、それは既に精算してきた。


 女エルフと共に、再びこの世界を生きていくと心に誓った。

 世界を救うと皆に誓った。


 そんな彼の中で、生きることに対する渇望がないはずがない。


 なのにどうして、その身体が毒に負けていく。

 たまらずその腕を握りしめようとする女エルフを魔剣エロスが叱責して止める。どうすることもできないのか、そんな無力感が二人の間に漂った。


 本当に、どうすることもできないのか――。


「一つだけ、方法がある」


「……本当!? 本当なのエロス!! ティトを助けることができるの!?」


「あぁ、あくまで一時しのぎだが、ティトの身体に毒が進行するのを止めることができる。ただ、これにはモーラちゃんの協力が必要だ」


 その言葉に女エルフはなんでも言ってと溜めもなく即答した。

 男騎士のパートナーにして、誰よりも彼のことを深く愛している女エルフに、戸惑いなどなかった。男騎士のために自分に出来ることがあるならばなんだってやる。そんな気概が彼女の身体には漲っていた。


 口を開けばどエルフだのなんだのと言い争ってばかりの二人だが、やはり心の奥には深い信頼があるのだ。男騎士の危機にたまらずその身体を触れようとしたのもその一端。女エルフには男騎士の危機に身を捧げる確かな覚悟があった。


 その覚悟をしっかりと見据えて、魔剣が沈黙で持って応える。

 いいかよく聞けと前置きして、彼は男騎士を救うことができる方法を、女エルフに語り出した。


「さっきも言ったように、精神毒に抵抗するには生命力が大切だ。ようは、ティトの生きたいって気持ちを、一時的にでも高めてやればいいんだ」


「ティトの生きたい気持ち?」


「そうだ。そうすれば、ティトの身体に生気が漲って、身体に毒が回るのを抑えることができる。いや、相当巧くいけば、ティトの魂が膨張して、身体のかけた部分も再生できるかもしれない」


「理屈は理解できたけれど、そんなのいったいどうやってやればいいのよ」


 簡単な話だとエロスは言う。

 それなら察しがつきそうなものだけれどと女エルフが眉を顰める。

 ただ、悠長にそれについて考えている時間ももったいない。


 もったい付けずに教えなさいよと言うと、魔剣はすぐにその答えを返した。

 非常に分かりやすい、そしてシンプルな、生きる気力を沸かせる方法を。


「ずばり簡単だ、それは誰でもできること」


「誰でもできるの? いや、というか、そんな簡単なら私も知ってそうなものだけれども? てんで心当たりがないんだけれど?」


「まぁ、あの潔癖症のセレヴィなら、娘のお前には伏せるだろうな。つまりまぁ、娘に教えるには抵抗のあるというか。俺も普通にちょっと戸惑うんだが」


「だからもったいつけないでよ!! なんだってやるから、早く言って!! ティトが消えちゃってからじゃ遅いのよ――」


 いや、ずばりな、と、まだ口ごもる魔剣エロス。

 彼がここまで躊躇するとは一体何なのか。


 そんなに危険な術なのかと女エルフが身構えたそのとき。


「つまり男を元気にしてやればいいんだよ。ほれ、元気にする方法なんていくらでもあるだろう?」


「元気にする方法って? いや、そんなの知ってたら、とっくにやってるわよ!!」


「だから、そうじゃなくてな……つまりだ!!」


 エッチな格好するとか、ポーズを取るとか、そういうことをして、魂を元気にしてやればいいんだよ。


 セクハラ魔剣が、彼にしては珍しく小さいトーンで言う。


 はぁ、と、思わず聞き返した女エルフ。

 すぐさま意味を理解して、彼女の顔が紅潮する。

 その前で、また魔剣が五月蠅く声を荒げた。


「生きる気力っていうのはつまりそういうことだよ!! 死ぬ間際、男はなんとか子孫を残そうとして元気になるけれど、それと同じ理屈!! 死ねないって思うために興奮させてやるの!!」


「いや、いやいやいや、命の危機なのよ!! なにふざけたこと言ってんのよ!!」


「ふざけてねえよ、真面目な話だよ!!」


「いや、そんな――まるで男のそれみたいなことある訳ないじゃない。男の魂って、海綿体で出来てるの? 違うわよね?」


「海綿体でできてるようなもんなの!! そういうものなの!! だぁもう、だから言いたくなかったんだよ、こんなの!!」


 男の魂海綿体と魂はだいたい同じであった。

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