第903話 壁の魔法騎士と雪女

【前回のあらすじ】


 話せる相手が○金闘士として出て来た。

 これまでにも話せば分かる相手は何人か出て来たが、自分たちの仲間が出てくるとはこれ幸い。まぁ、出て来た悲しい経緯については目を瞑るとして、壁の魔法騎士はさっそく冬将軍に対して、決闘の回避と事態の説明をしようとした。


 しようとしたが――。


「……なんじゃゼクスタント。お前そういう冗談言うようなキャラではないじゃろ」


 信じて貰えぬこの歯がゆさよ。

 それはそうだろう。面と向かって弟子から、生死の境を彷徨っているなどと言われて、なるほどと納得できるはずがない。なまじ、そんな明晰な頭脳が残っているのなら死にかけてもいない。


 どう説明したものかなと悩みあぐねる壁の魔法騎士。

 そんな彼の瞳が、その時、ふと不可解なモノを捉えた。


「バカな!! なぜ君がここにいるんだユリィ!!」


「……へ? ユリィじゃと?」


 冬将軍。その背中に揺らめいている女性の姿。

 それはまさしく、失った自らの伴侶。

 かつての仲間にして、男騎士の姉――その姿そっくりの何かであった。


 老化によって魔力が落ちたはずの冬将軍。

 彼が宝瓶宮で全盛期と変わらない魔法を使っているのも気になるが、はたして彼女の正体は何者なのか。どうして、愛する者と同じ姿をしているのか――。


◇ ◇ ◇ ◇


 すぐさま、魔法を行使したのは壁の魔法騎士。

 彼はこれまでのフロアでもそうしてきたように、塔を形成する床や壁をその魔法によりコントロールすると、師の背中にまとわりついている謎の影を、その魔力で編んだ檻の中へと封じ込めた。


 かに、思えた――。


「無駄です。私は影。吹雪の中に現れた幻。貴方たち男が愛した儚き女の陽炎」


「……なっ、俺の拘束魔法をすり抜けただと!!」


「……どうなっとるんじゃ!!」


「そしてこの宝瓶宮を、いまひとつ頼りない○金闘士に代わって、守る宿命にある妖怪――そう人呼んで、雪女のメッテル!!」


「「雪女のメッテル!!」」


 氷の女はそう呟くと、その銀色の髪を吹雪の中に揺らして妖しく微笑んだ。


 呑まれる。

 途端に目を逸らした壁の魔法騎士と冬将軍。

 両名、魔力操作に長けた高度な魔法使いである。目の前の雪女が発する毒気を察して、すかさず物理的な回避行動と共に精神抵抗を試みた。


 その読みは的確だったのだろう、ほう、と雪女がどこか感心した、そして呆れたような声音を壁の魔法騎士達に向けた。


「我が魅惑の魔法を察して回避するとはなかなできているではないか挑戦者」


「やはり、魅惑魔法か」


「雪女――こちらで言うところのセイレーンやルサールのようなものか。男をその容姿や歌声で魅了して狂わせる妖精」


 えぇ、そういう性質のものよ、と、雪女が笑う。

 その身体の芯まで冷えそうな静かでかつサディスティックな笑い声に、思わず壁の魔法騎士と冬将軍が身震いをする。そんな男達の様子さえも楽しんで、雪女はその澄んだ瞳を彼らに向けた。


 さきほど彼女の放った幻惑魔法に精神抵抗に成功している壁の魔法騎士たち。

 一度でも精神抵抗に成功すれば、その魔法に対しては耐性がつく。日を置いてもう一度かけられるか、あるいはよほどの悪条件が二度目に重ならない限りは、その術中にはまることはまずないだろう。

 

 となれば、次に魅惑系の魔法を仕掛けるとすれば、より高度で、そして、大がかりなものになるだろう。

 はたして破れるか、と、壁の魔法騎士たちに緊張が走る。

 そんな緊張感を保ちつつ、壁の魔法騎士は気になっていることを切り出した。


「貴様、どうして私の妻の格好をしている!! まさか妻の魂に何かしたのか!!」


「そうじゃ!! そうじゃそうじゃ!! なんでお前さん、ユリィの格好をしとるんじゃ!! 返答次第によっては、ワシとゼクスタントが容赦はせんぞ!!」


 そう、彼女の姿は間違いなく、在りし日の壁の魔法騎士の妻そのものだった。

 いや、細かい所のディティールは違っている。というよりも、雰囲気は別物だ。

 彼女――壁の魔法騎士の妻は、目の前の雪女のような薄暗い妖艶さとは無縁。逆に、太陽のような明るさを持った、まったく逆方向の女性だった。


 ただ、姿形が似ているだけ。


 だがしかし、それでも、この世で最も愛した女の姿形を真似られるというのは、壁の魔法騎士にとって耐えがたい屈辱であった。

 怒りにその血肉が沸き、魔力がその身体の隅々を駆け巡る。


 腰に佩いて抜くことのなかった剣に手をかける壁の魔法騎士。

 今彼は、その刀身に魔力を漲らせると、壁魔法と連携した技を放った。床へとその刀身が沈んだかと思えば、無数の刃先が雪原を斬り裂いて大地から隆起する。


 それは、全ての攻撃を防ぐ壁魔法――受け身が基本となったそれ――からは、少し外れた技。攻撃的な魔法であった。


 明確な殺意を伴って繰り出されるその攻撃。

 しかし、それを雪女はまたしても涼しげに躱す。

 いや、躱すというよりも、もとよりその身体には物理的な攻撃が届かぬようだ。


「言ったでしょう、この身は貴方たちが愛した女の陽炎だと」


「くっ、そんな!!」


「実態を持たぬ、心霊の類いだというのか!!」


「愛する女の影に殺されるのならば、それも本望というものでしょう。そして、この宝瓶宮の守護者として呼び出された魂よ。貴方もまた、愛する女に命じられれば、自らが育てた弟子を傷つけるのもやむなしというもの」


 全てお見通しかと壁の魔法騎士が舌を打つ。


 どうやら、このフロアを守るのは○金闘士ではなくそれに取り憑いた妖怪らしい。

 冬将軍に取り憑いた雪女。彼女は狡猾にも壁の魔法騎士と冬将軍の絆を、男女の情愛で引き裂こうと画策してきたのだ。


 だが――。


「舐めるな妖怪風情が!! 我らリーナスの騎士!! 女と世界を天秤にかけて、怯むような者達ではないわ!! 今はこの大陸の命運を分かつ大事な時!! たとえ、お前が愛した女――ユリィの姿をしていようとそんなものはどうでもいい!!」


「そうじゃそうじゃ!! よくもまぁ、そんな厭らしい魔法を使いおって!! その程度で、我らリーナス自由騎士団の結束が緩むと思ってか!!」


「……なっ、なんだと!!」


「姿形が似ているからなんだというのだ!! ユリィはなお前のような冷血な女ではないわ!!」


「そうじゃ!! ワシが手塩にかけて育てたプリチーエンジェルユリィはのう、お前さんのような反抗期&中二病真っ盛りみたいな、そんな感じは一度もなかった!! まさしく天使のような娘じゃったんじゃよ!! 笑わせてくれるわ!!」


 まさか、自分の術が通じないのかと、たじろぐ雪女。

 これがリーナス自由騎士団だとばかりに、肩を揃えて歩く壁の魔法騎士と冬将軍。


 二人の男は、今、自らの愛する女の姿を操る目の前の魔性に怒りを向けていた。

 深い深い、憎悪の念を向けていた。


 しかし――。


「ん、ちょっと待って? 冬将軍? なんで、貴方にもユリィの姿が?」


「……うん?」


 それは思いがけない言葉と共に、不意に収まることになるのだった。

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