第816話 どワンコ教授と遠野物語

【前回のあらすじ】


 ペニ○・サイズは存在しない。


 それは戦争の中で人の手により作り出された伝説であり虚構。

 しかしながら、長い年月を経て受肉し、確かに存在したという偶像としてこの世界に結実した。


「実態のないものに、人々が実態を与えてしまう。多くの人々が願った結果、本来するものが存在することになってしまう。あるいは複数の逸話が重なり合って、一つの人物像に収束する。時に、それを、僕たち考古学者は、偶像英雄と呼んでいるんだぞ」


 ワンコ教授の説明に息をのむ男騎士達。

 殺人ピエロの正体見たり、人の恐怖が生んだ化け物。

 はたして、そんな存在に、男騎士達は勝つことができるのだろうか。


◇ ◇ ◇ ◇


「まぁ、ペの字がそういう存在だってことはよしとしよう。じゃぁ、この館はいったいなんなの? どういうことなの? 彼の能力じゃないわよね?」


「一介の道化師に、こんな大がかりな幻想魔法を作り出すことはできないと思うのだが、偶像英雄ともなればそれも可能なのだろうか? ケティさん?」


「どうなんだケティさん?」


 殺人ピエロの正体については分かった。

 けれども、それが今現状、男騎士達がいる館とどう関係しているのか。

 それが今ひとつはっきりしない。


 これは偶像英雄が持つ固有の力なのか。

 それともまた、別の要因で作られたものなのか。


 はたして、と、男騎士達の視線は、この手の考察に長じている、ワンコ教授へと収斂するのだった。


 これに、ワンコ教授。それは違うと思うと首を横に振る。


「だぞ、これはおそらく、ペニ○・ワイズの能力とは、関係なく発揮されたものだと思われるんだぞ。むしろ、ペニ○・ワイズに取り憑いた妖怪の仕業」


「妖怪の仕業」


「……洋館を作り出す妖怪? そんなものが存在するのか?」


「だぞ!! そこなんだぞ!! おそらく、取り憑いた相手――実態の存在しない偶像英雄である、ペニ○・サイズとの相性が良すぎたんだぞ!! おそらく、妖怪が持っている本来の力に、ペニ○・サイズの概念が流入することで、このような形になってしまったんだぞ!!」


「ケティさん、この現象を引き起こす妖怪に心当たりがあるというのか?」


 あるんだぞ、そう言ったとき、突然洋館が揺れた。


 地震ではない。

 まるで館それそのものが生命のように不気味な鼓動を放つ。

 壁にしつらえられた蝋燭の炎が揺れ、閉まっていた部屋の扉が一斉に開く。


 げたげたと聞こえてくるのは、耳障りな笑い声。

 それとともに、羊の仮面をかぶった男が、銀の皿を持ってどこからともなく姿を現わす。何者、もしや、殺人ピエロかと身構える男騎士と壁の魔法騎士。


 しかし、羊頭の男は、まるで糸の切れた人形のように、がたりがたりと不気味にその体を動かすのだった。


「だぞ!! 東の島国は遠野という地にマヨイガという物語があるんだぞ!! その伝承によれば、山奥に分け入った人間が、突然この世のモノとは思えない豪華絢爛幻想的な屋敷へと迷い込み、そこで一夜を過ごすという!!」


「過ごしていったいどうなるの!?」


「どうもならないんだぞ!! 一説によれば、出てくると数月過ぎていただとか、誰も居ないのに驚くような歓待をされただとか、家のモノを持ち帰ると裕福になるだとか、そういう話もあるけれど、基本的には妙な場所にたどり着いてしまったという、それだけの話なんだぞ!!」


「……するとまさか、この館というのは!!」


「だぞ、そのマヨイガ!! そこにペニ○・サイズが融合することにより、恐怖の館として再構築されたものなんだぞ!!」


「「「恐怖の館ですってぇっ!!」」」


 驚く男騎士達。

 その絶叫と共に、再び館の庭に雷光が落ちる。


 羊面の男がいなくなったかと思えば、景色さえもすっかり変わっている。

 通路を歩いていたはずの男騎士達は、気がつくとだだっ広いダンスホールの中にたたずんでいた。


 なんだこれは。

 どうなっている。


 戸惑いが終わるより早く、まるで男騎士たちを無理矢理踊らせるように、床が回転動作を始める。


 羅紗の絨毯に境目ができたかと思えば、カタリカタリと機械音を立ててそこが隆起し、回転し、跳ね回る。その館の胎動に、男騎士達はろくに落ち着く暇も判断する暇も無く、翻弄されるように踊ることとなったのだった。


 道化の操り人形。

 いや、これは、マヨイガという妖怪を取り込んだ殺人ピエロが織りなす人形劇。

 男騎士達はそんな、作り話の中へと突然放り込まれたのだ。


 くそっ、どうすればと舌打ちする男騎士たち。


 そんな彼らに、ワンコ教授が叫ぶ。


「だぞ!! ペニ○・サイズは恐怖の権化!! 彼の存在意義は、あまねく人類を恐怖させることにあるんだぞ!! この館の恐怖に打ち勝てば、おそらく僕たちはこの幻術から解放されるんだぞ!!」


「恐怖に打ち勝つ!?」


「だぞ!! 僕は水が嫌いだから水責めの恐怖を見せられた!! モーラ達もそれぞれ、怖いモノを見せつけられたんじゃないか!! それを思い出すんだぞ!!」


 怖い思い。


 とっさに女エルフが思い出したのは、男騎士達と再会した時のこと。

 確かに男騎士と壁の魔法騎士は、女エルフが想像する最大限おぞましい格好をして、彼女の前に登場していた。


 確かにあの瞬間、女エルフは心の底から恐怖していた。


「つまり、ティト子とゼク子を受け入れればいいってこと!! 難易度高い!!」


「だぞ!! けれど、恐れていては、ペニ○・ワイズの思うつぼなんだぞ!!」


「けれど――」


 そう言って、視線を向けたのは男騎士の方。

 なぜか、歴戦の戦士は――黒いハイグレに網タイツ、頭にウサギのかぶり物をして、首にピンクのリボンがついたチョーカを巻いていた。

 そう。


 男バニーである。


「くっ、女装怖い!!」


 その横では、白シャツにギンガムチェックのスカート、腰にセーターを巻いた、一昔前のギャルファッションに身を包んだ壁の魔法騎士。

 彼もまた、苦悶の表情をして、一言。


「……女装怖い!!」


「お前ら怖い怖い言ってる割には絶対楽しんでるだろそれぇっ!!」


 エルフィンガー・ティト子とゼク子が百変化。

 恐怖の女装早変わりをして、女エルフを苦しめる。

 しかし、当の本人達は、怖い怖いといいつつ、そして苦悶の表情を浮かべつつ、割とすんなり着替えるのだった。


「「女装怖い!!」」


「だったら着替えるなや!!」

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