第813話 ど男騎士さんと反英雄

【前回のあらすじ】


「どうしてペニ〇・サイズ」


「なぜなのペニ〇・サイズ」


「ルルル、ペニ〇・サイズ」


「ペニ〇・サイズ」


「「ペニ〇・サァアアアアアイズ!!」」


「うっさぁい!! やめろ、セクハラやぞ!!」


 男騎士たちを襲った第三の刺客。

 冥府の神ゲルシーが選んだ〇金闘士は殺人道化ペニ〇・サイズであった。


 かつて、大陸全土を恐怖のどん底に落とし込んだマーダーピエロ。

 しかしながらその前に――。


「シンプルに名前が酷い!!」


 シンプルに口に出せない名前をしているのだった。


 うぅん。

 どうして、ペニ〇・サイズ?


「お前が付けたんやろうがい!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「どうして英雄じゃない大罪人が〇金闘士として出てくるんだ? ゲルシーが庇護するのはどうしてなんだ? わからん、冥府神は人類の味方ではなかったのか?」


「うーん、この辺りについてはやっぱり考古学に詳しいケティに聞かないとわかんないわねぇ」


「……なんにしても、ペニ」


 だからそれはもう口にするなと女騎士の睨みが飛ぶ。

 両手を挙げて降参のポーズをとった壁の魔法騎士。こんがりと体を焼かれた彼は、女エルフが怒らせると怖いことを身をもって思い知った。

 そして、自分が連呼した言葉に、セクハラの気があったこと猛省した。


「これからは奴のことをペの字と呼ぶ」


「よろしい」


「なんにしても、ペの字の奴がトリックスターであることは間違いない。私たちが不意打ちを喰らったことやこの屋敷の幻想も含めて、なかなか大掛かりな試練を仕掛けてくる。序盤の敵と侮らず、警戒していった方がいいだろう」


「そうね。そのためにも、まず――」


 仲間たちと合流しなければならない。

 奇しくも、男騎士たちと合流することはできたが、まだ、法王ポープ、ワンコ教授、新女王、魔性少年の居場所がさっぱりと分からないのだ。


 この広大な屋敷の中で、果たして彼らに出会うことができるか。

 男騎士たちと合流した時と言い、なにやらこの館にはよからぬ気配を感じる。

 おそらくそう簡単には話が運ぶことはないだろう。


 ちょっと自信がないという感じに眉を顰める女エルフ。そんな横に、ほぼ全裸、ふんどしを締めて魔剣をぶら下げた男騎士が、すっと並び立つ。


「大丈夫だモーラさん。この程度の試練、今まで俺たちは何度も乗り越えてきたじゃないか」


「……ティト」


「それに、合流せずともペの字を倒してしまえば、この魔法も解けるだろう。なに、なんとでもなる。俺をどんと信じてくれ」


 そうねとなにやらいい感じに男騎士の横で頬を赤らめる女エルフ。

 精神強化魔法をかけたばかりだというのに、その感覚はどうやらバグっているらしかった。半裸の丸焦げ男の言葉を信じている時点で、どうかしている。


 これが惚れた弱みという奴か。

 男騎士と違い、自らの過ちを自覚して我に返った壁の魔法騎士は、自分の目の前で繰り広げられるトンチキなやり取りに、ふっと生温かいため息を吐いた。


 さて――。


「それはそれとして、いったいペの字にはなんの妖怪が憑りついているのだろう」


「こんな大掛かりな屋敷を作り出すなんて、とんでもない力を持った妖怪だってことは間違いないわ。ほんと、よくもまぁ、大陸に名の知れた大悪党に、過分な力を与えたものだわね」


「それについては何か理由がありそうだが――見れば見るほど見事な洋館だ」


 確かに、と、誰しもがそれは納得する。

 剝れも染みも一つも見つからない漆喰の壁。

 掃き清められた羅紗敷の床。

 窓のガラスにも曇りはない。


 横の扉を開いてみれば、綺麗な個室になっており、中には滅多に寝れないベッドや、書きごと用の机、それによく分からない大きな桶が置かれた部屋まである。

 もしここが魔法で作られた世界でなかったら、敵が作った世界でなかったら、ゆっくり一泊していきたいような見事な丁度だ。


「できれば、こんなことで来たくないような場所だったな」


「……あぁ」


「見て、ティト、ゼクスタント。突き当りの左手、何か大きな扉があるわ――」


 T字路。

 突き当たった、左手を望んで女エルフが言う。


 先は袋小路。これまでの通路と同じように、ずらりと扉が並んだその先に、あきらかに大きさの違う扉があった。両開き。漆喰と同じ白色をしたその妙な扉に、男騎士たちの意識が吸い込まれる。


 あれはなんなのか。

 門か。だが、それにしては閂が見当たらない。

 引き戸も見当たらない。


 その頭上には、なにやら時計のような装飾が施されている。それがどういう意味を持つものか、女エルフはもちろん、男騎士にも分からなかった。

 謎、である。


 どうすると男騎士たちの間に妙な空気が流れたその瞬間。


「チーン!!」


「なんだ!?」


「なんの音!?」


「……見ろ、ティト、モーラさん!!」


 鐘を打つ音がしたかと思えば前方の扉が開く。

 そこから飛び出してきたのは、なんと水の奔流。


 すべてを飲み込むような鉄砲水であった。


 こんな狭い通路になぜ。


 身構える暇もなく、男騎士たちに向かって迫りくる流水。

 すぐさま、男騎士が女エルフをかばうように立ち、壁の魔法騎士が前に出た。


 無詠唱、極めた魔法をここで発揮する壁の魔法騎士。


「障壁!!」


 迫りくる水をせき止めるように、通路に壁を作り出して壁の魔法騎士。鉄砲水により仲間が流されるのを救ってみせる。鮮やかな手際。

 だが――。


「……妙だ」


「なに?」


「手ごたえがない。水をせき止めた感覚がない。これは……幻?」


 どうもおかしいと彼が魔法を解除すれば、なぜか、彼らに襲い掛かった水の奔流はどこかに跡形もなく消え去っていた。

 男騎士と女エルフが目をしばたたかせる。


 いったい、これは、どういう理屈か――。


「だぞー、水、怖いんだぞー!! 来ないでなんだぞー!!」


 その時だ、彼らの耳に聞きなれた、そして、この場を解決することができる、頼りになる仲間の声が聞こえたのは。

 その声は、年の割には何とも幼い、かわいらしい声だった。


「ケティ!!」


「ケティさん!!」


「……だぞ!? モーラに、ティト!! それに、ゼクスタントなんだぞ!!」


 ワンコ教授。

 彼女はなぜか、まるで鉄砲水に押し流されてきたように、壁の魔法騎士が展開した障壁にひっかかって、ごろりごろりともんどりを打っていた。

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