第655話 ど性郷さんとあの包帯

【前回のあらすじ】


「どう見たってあれは店主でしょ。見なさいよあの逞しい胸板。意味もなくバチンと襟元のボタンが弾けそうなはちきれんばかりの男らしい胸板。谷〇ニシパみたいな、逞しい胸板じゃないのよ」


「どれだけ店主の身体を見ているんだどエルフさん」


「ティトさんという人がいるというのに、男の人を物色するとは不潔ですねどエルフさん」


「……だぞぉ」


「お義姉ねえさま!! お願いだから、私ももっと見てください!! あぁん、いけず!!」


 すっとぼける男騎士をよそに、真面目に対応したのが裏目に出た。


 見事に久々のどエルフメソッドを炸裂させた女エルフ。

 しかし、ツッコまずにはいられない。それが彼女の性だった。避けられない習性だった。悲しいかな、どエルフはそういう生き物なのであった。


物の喩いつものパロディえじゃない!! なんでこういう時だけ上げ足とるかなァ!!」


 今日も元気だエルフが嘆く。

 嘆きのエルフコメディどエルフさんなのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「まぁ、包帯の謎の大陸商人コードXについての既視感は、俺の気のせいだとして。このレース、なかなか厳しいことになりそうだな」


「強豪ぞろいですね。これだけの船が揃ってのレースとなると、それはトトカルチョも盛り上がるというもの。まぁ、教会としてはあまりかけ事は推奨しかねますが」


「だぞ。それでも実際すごいレースなんだぞ。グレート・ティー・レースの名に相違ない規模なんだぞ」


「白百合女王国も、国の復興が一段落したらこの催しに参加してみますかね。なかなかいい盛り上がりにつながりそうな気がします」


 包帯の店主のことは置いておいて、そんなことを話す男騎士パーティ。

 黙っているのはただ一人。いつものどエルフ弄りをかまされて、憤懣やるかたない想いの女エルフだけだ。


 彼女だけが、GTRに参加する船が浮かぶ水面を眺めて嘆息した。


 そんな彼女に、そっと近づく影がある――。


「心中、お察し申す、モーラどん」


「あら、性郷さん」


 こそこそと隠れるような感じに出てきたのは、東の島国の総大将。

 かつては現行政府軍の首魁として陣頭を指揮し、最後には時代の変革の節目の人柱となって、表舞台から姿を消した男――大性郷であった。


 その巨体を麻のフードで隠しているつもりなのだろう。

 だが、いかんせん、あまりにも大きな体躯は隠せていない。


 かろうじて、並んでいる船団から身を隠すのと、周りから顔を隠すことくらいしかできていなかった。


 現行政府に牙を剥いた男である。

 当然、見つかればどういう災いを引き起こすか分かったものではない。海賊だが、私掠免状自体は持っている次郎長たちとは違って、性郷は見つかり次第処刑されかねない重要人物に違いなかった。


 故に、安全な外洋に出るまでは、船倉の中でおとなしくしているはずだった。

 なのだが。


「どうしました、船酔いですか? まぁ、それなら仕方ないですね。大丈夫ですよ、港からは随分と離れていますし、ちょっとくらい風にあたっても……」


 巨躯の大性郷である。

 その体は普通の人間とは違うだろう。


 かてて加えて、男騎士から言葉を濁されたが、彼は病気を患っていると聞いている。女エルフは、そんな異国の大英雄を気遣って、いつものお葬式トーンから無理くりに声色を上げて対応した。


 しかし、そんな彼女に重苦しい表情で、ずいと大性郷が迫る。

 流石に東の島国の総大将。その顔面の圧たるや凄い。ぐるんとむき出しになったつぶらな瞳で女エルフを見つめると、ひゃっと彼女の喉から変な声が出た。


 あいやすまないとすぐに謝る大性郷。

 どうやら、彼もなにか焦っているようだった。


「事の次第に動揺していて、オイとしたことが、つい荒っぽくなってしもうた。許してくれモーラどん」


「えっ、えぇっ、それは、はい。分かりましたけれど――いったい何をそんなに警戒されているんですか」


「……あの包帯の男じゃっとん」


 あれ、この男も反応するのかと女エルフが怪訝な顔をする。


 男騎士たちによって有耶無耶の内に否定された。

 だが、アレは間違いなく店主である。


 しかし、それならばどうして東の島国の人である、大性郷と知己があるのか。


 もしや自分の思い違いかと頭を捻る女エルフ。

 そんな彼女のそばに立ち、ちらりと船の縁の方を見る大性郷。

 いつもなら、闊達としているその顔が、どうして今日は精彩に欠いた。空は青く、水面も青いというのに、彼の顔は土気色をしていた。


 いったい何が彼にそんな顔をさせるのか。


「おいも驚いているでごわす。まさか、あの人が生きておられるとは」


「あの人って。アレは、私たちの知り合いで、ド変態で手の付けられようのないろくでなし店主よ。なのに、なんで貴方そんな――」


 大性郷の額からは冷や汗が噴き出ている。

 そう、まるで死人を見るような目。同時に畏敬するべき何かを見るような瞳。

 彼の瞳は決して見えない船の縁の向こうにそれを見ていた――。


 包帯の男を。


「生きていれば、生きていると言えばいい。今更、何をしにこの国へと戻ってきちょった。いや、あん人に考えがないはずがなか。きっと、きっと、今回も――」


「性郷さん? ちょっと、どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたも――あの古式泳法で海を渡る言うちょる男を、オイは知っとりもうす。そう、彼こそは真に東の島国に夜明けをもたらした男」


 名を――坂本良馬。


「包帯で顔を隠しても分かる。あの人の放つオーラは独特じゃ。間違いない。あの人を惹きつける謎のカリスマは、良馬どんの持つそれじゃ」


「坂本良馬って、そんな――あれは、私たちのよく知っている」


 はっと、そこで女エルフは思い出す。


 いつぞや、バビブの塔を攻略した時にも、こんなことがあったことを。

 そう、そういえばその時も、そうだったではないか。


 店主がいけない時には、店主に似た人物が現れる――。


「なるほど、店主のそっくりさん二号ってことね。世の中には、自分に似た人が三人いるっていうんだから、そりゃ、これくらいのことは起きてもおかしくないか」


 そっくりさん。

 男騎士たちがよくいく店の店主。そのそっくりさんということで、女エルフはこの一件について納得したようだった。

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