第623話 ど男騎士さんと釣り

【前回のあらすじ】


 唐突な驟雨。

 この作品には珍しい濡れ透けのサービスタイムが今はじまる。


「ティトさん、うなじに流れる雨粒が最高にセクシーっす」


「ふっ、そういうお前の濡れた胸板もなかなかのワイルドっぷりだ」


「ティトさん、実は前から気になっていたんですけれど――どれくらいあるんですか(筋肉)」


「ふっ、触ってみるか」


「いっ、良いんですか!?」


「こういう時は無礼講というものじゃないか。しかし、優しくだぞ。デリケートなんだ(筋肉は)」


「は、はい、では、失礼いたします――」


「ンンッ!!」


「こっ、これが憧れた(戦士の)ティトさんの(筋肉)!! なんて逞しいんだ!!」


「おいおい、ちょっと乱暴だぞロイド――」


「って!! 何をやってるんじゃーい!! ラッコ鍋か!!」


 なんかそういう薬膳を食った訳でもないのにこの調子。

 そう、この小説はサービス皆無のすっとぼけおとぼけファンタジー。タグに偽りあるんじゃないかの、安定の下ネタ進行でお送りいたしております。これまでもこれからも、女エルフたちにそういうシーンがあるはずなどないのであった。


「水も滴る!!」


「いい男!!」


「五月蠅い!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 船の縁に台を置いて、ぶらりぶらりと波の動きに身を任せる。


 手にしているのは竹製の竿。

 腰には愛剣をぶら下げて男騎士はしばしぽけぇと水面を見つめる。

 働かざる者食うべからず。食料の確保というのは大切である。少しでも旅の費えの足しになればと彼は波間にぷらぷらと釣り糸を垂らしていた。


 女エルフたちは船倉でくつろいでいる。

 というよりも、無理に疲労せぬように休んでいた。


 元々タフではない後衛職の彼女たちである。

 女エルフはまだいくらかマシとしても、大陸の信者をあまねく束ねる法王ポープや、フィールドワークが得意にしても頭脳派のワンコ教授、果ては深窓の令嬢である新女王。

 船上でまともな活動ができるなどと間違っても期待することはできなかった。


 からくり侍はといえば、三半規管もからくりで置き換えられているのか平然としたもの。あまりに動き回れるものだから船長に直々にヘッドハンティングされて、船内を忙しく動き回っている。


 完全に船員扱い。

 なんとも両極端な扱いであった。


 さて、そんな中で残された、男騎士はといえば自分にも何かできることはないだろうかという感じに、誰に言われるでもなく竿を取り出し甲板で魚を釣り始めたのだった。


 頭は悪いが冒険には慣れている男騎士である。

 自分がやらねばならないこと、この場でどのような行動が求められているか。そういうことはわざわざ言われるまでも無く、自分から察して動くことができた。


 しかしながら――。


「なかなか釣れないな」


 待てど暮らせど太公望。

 まったく魚が食いつく気配もない。


 これに腰の魔剣。

 沖釣りで磯釣りの装備を使っていたら、そりゃ釣れんわなと思いはしたが、不器用な男騎士にあえて野暮は言わない。別に船員たちも、女王の仲間――しかもリーダー――の彼に船での仕事は期待していない。


 大きな戦のあとに政権奪還という大仕事。

 ここ最近の忙しさを考えて、魔剣は優しく口を噤んだのだった。

 今はしばし身体を休めようとばかりに。


 ふと、そんな彼の背後に影が迫る。


「釣れますかティトさん」


 青年騎士である。

 流石に中央大陸連邦騎士団で揉まれた若者である。からくり侍ほどではないにしても、船上ではそこそこ動けるようだった。


 彼もまた男騎士と同じく、自分が今何を成さなくてはいけないかをよく理解しているらしい。手には竿。しかも男騎士とは違って沖釣り用。鋼を叩いて伸ばしたよくしなる竿を手にして立っていた。


 その姿に、ふむと男騎士が声を上げる。

 彼は腰を浮かせると、なんとか二人座れるだろうかという大きさの椅子を心地あけた。失礼しますと苦笑いして、青年騎士が隣に座る。


 鎧を脱ぎ、麻でできた布を纏って男二人、晴天から差す光の下で竿を並べる。

 最初の出会いからは考えられないほどに穏やかな一幕。ちょっと照れ臭そうにする青年騎士に、男騎士は思わず自分の口角が上がるのを感じていた。


 随分と懐かれたものだ。


 思い出すのはリーナス自由騎士団に所属していた頃の事。

 あの時も、逃し屋や魔脳使いに女軍師と、弟子たちには懐かれたものである。もっとも、弟子と言うより弟分という方がしっくりくる間柄であったが。


 はたして自分をしたってこうしてやってきた青年騎士。

 彼を正しく導いてやることはできるのか。そもそも、自分たちはどんな関係性を築くことができるのか。


 今のところは、師匠と弟子という感じで落ち着いているが、はたして。


 男騎士は竿の先を眺めながら、ふとそんなことを考えた。


 竿の用意はいいけれど、釣りの腕はあまりよくないらしい。

 青年騎士が水面に浮きを垂らしてからかれこれ数刻経っていたが、当たりの反応はまるでない。もちろん、磯釣り装備の男騎士の竿にも反応はない。


 ゆらゆらと太公望。


 そんな穏やかな時間の果てに――。


「ティトさん。やっぱり冒険者って大変なんですかね」


 少し言葉に詰まる感じに、男騎士の弟子分を自称する青年騎士は不安な顔を見せた。思わず、男騎士の視線は竿の先から隣の彼に向かっていた。

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