第612話 ど第一王女さんと女王即位
【前回のあらすじ】
おむつを替えた次の瞬間におもらしをされる。
こんな理不尽なことがあってたまるだろうか。
「ふざけるなッ!! 馬鹿野郎ッ!!」
介護の理不尽さ、残酷さに慟哭する男騎士。
彼がオババの世話から全力で逃げ出したい。そう感じるのは、もはや仕方のないことだった。
そう、適性のない人間に介護職は過酷。
適性があったとしても、場合によっては過酷。
介護業界のさらなる労働環境の改善こそ、今の人類にとって最も重要な懸念事項なのです。
でなければ、人はこの悲しみの連鎖から抜け出すことができないのだから。
第二の男騎士を生まないために。
人々の幸せな終わりのために。
今一度、介護の在り方について考えていただけると幸いです。
「……そういう小説じゃないよね!! これ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
もはやこれ以上男騎士が言葉を尽くす必要はなかった。
手を汚す必要もなかった。比喩でもなんでもなく、男騎士にそれ以上のお仕事をさせてはいけなかった。
「モルガナ!! ミレディ!! クラーラ!! すぐにお母さまのお世話に必要な準備をお願いします!!」
「「「分かりましたお姉さま!!」」」
「ローラはそのまま!! 私は――ティトさんに代わってお母さまのお世話に入ります!!」
「……エリィ!!」
身内の世話は身内で済ます。
第一王女は国を継ぐ継がないの前に、まず大切なことを決断した。
そう、認知症の世話を赤の他人に簡単に任せてはいけない。
まして善意の第三者に頼ってはいけない。
親の世話は自分たちでしっかりと行う必要があるのだということに。
すぐさま彼女は死んだ顔をしている男騎士に近づく。そして、その母の色々で汚れた手を握り締めて、どうもありがとうございますと涙をこぼしたのだった。
「ティトさん、今までお姉さまをたぶらかす憎らしい寝取りおじさんだと心の中で勝手に思っていたことをお詫びいたします。貴方は間違いなく、この世界の英雄。いいえ、私たち家族にとっての
「あう、あうあう、あわぁー」
「今はゆっくりと精神を休めてください。大丈夫、もう心配ありません。お母さまの世話は、子供である私たちが責任を持ってみますから」
丁重に男騎士の手を握り締める第一王女。
膝からその場に崩れ落ち、涙でくれた男騎士はそのまま地面に突っ伏して動かなくなってしまった。そんな彼から離れて第一王女は母の元へと急ぐ。
もう一度、今度こそたまったものを全部吐き出して体調をばっちりと戻した女王は、血の繋がった娘に向かって無邪気な笑顔を向けた。
「あらあらエリィ。なんだか暫く見ない間に、立派になったわねぇ」
「……お母さま」
「シュラトも立派になっていたし。もう、アタシが頑張る必要なんて、ないのかもしれないね。老人はただ消えるのみ。そろそろアタシも歴史の表舞台から身を引くべきなのかもしれない。いいえ、いっそもう潔く」
「悲しいことをおっしゃらないでくださいお母さま。お母さまは、これまでもこれからも私たちの大切なお母さまに変わりありません」
どんなにボケようと。
どんなに曖昧だろうと。
前に居る血を分けた娘と、後ろに居るかつての妹の判別がつかなくとも。
それでも、女王は確かに第一王女の家族に違いなかった。決して切り捨てることのできない、かけがえのない存在に違いなかった。
老いは身体よりも先に心を蝕む。
人間としての社会的な機能を果たせないことが、どれだけ人の心を摩耗させるだろうか。それはなってみてからしか分からないものである。
しかしながら、如実に態度として現れる。
周りに浅くない傷をつける。
不協和音を響かせる。
そんな弱った心に寄り添って、共に歩んでいけるのは家族だけだ。
血の繋がった家族。
長い年月を共にした家族。
決して裏切ることのない家族の絆だけが、その日増しに強くなる人間の抱える本質的な弱さに立ち向かう寄る辺となる。
その為に、第一王女はまたしても立ち上がった。
国のために。
民のために。
そして母のために。
白百合女王国の第一王女として。
戦禍にむせび泣く国民たちの御旗として。
長い時を国のために気を張って君臨し続けた女傑のただ一人の肉親として。
真に第一王女は女王となる決意をここに固めた。
たどたどしい手で母が汚した布おむつを腰から取り外す。濡れた布でしっかりと身体を拭いて、それから、一等綺麗な布おむつを巻いて、再びズボンを穿かせる。
それから彼女は両腕を広げると、優しく母の身体を抱きしめた。
涙がその頬を伝っていた。
「……エリィ」
「お母さま。今日まで、本当にありがとうございました。至らない私たちのために、こんなになるまで苦労を重ねられて。もう安心してください。私があとは貴方の後を継ぎます。ですから、お母さまはもうなにも心配せず、ゆっくりとお休みになってください」
「……エリィ。本当に、立派になったわね」
「まぁまぁ、エリィったら。まだまだ甘えんぼねぇ。そんなことで、本当になれるのかしら、白百合女王国の女王なんかに」
第二王女の言葉と、女傑の言葉には大きな隔たりがあった。
けれども、しかし、第一王女はなるだろう。
立派な女王になるだろう。
その細腕の中に抱く、自分たちのために国の全ての災厄を一身に引き受けてくれた偉大なる母に報いるために。
彼女はきっとなる。
なってみせるだろう――。
彼女が安心して治世を任せられる女王に。
「なります。お母さまのように立派に務めあげられるかはわかりませんが。必ず私が白百合女王国を導く女王になってみせます」
「……そう。なら、やってみなさい。まだ、もうちょっとだけ、私は見ていてあげられるだろうから」
「……はい」
大粒の涙が女王の瞳から流れる。
第二王女をはじめとした、彼女の妹たちの双眸からも一条の粒が流れた。
ただ一人、彼女に抱きしめられた元女王だけがからりと笑う。
その笑顔を取り囲んで、女王は誓った。
白百合女王国の女傑。
その娘として相応しい女王になるのだと。
青い空の下、アンモニア臭の立ち昇る山の頂で空に誓ったのだった。
「……アンモニアェ」
「ウ〇チャヌプコロみたいな感じで自然に使ってきましたね、地の文」
「だぞ。感動のシーンなのに台無しなんだぞ」
事実を書くのが地の文の仕事。
仕方なかった。
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