第595話 ど聖剣さんと囮作戦

【前回のあらすじ】


 どうして魔剣エロスと意気投合したのか?


 古の大英雄だから。

 同じドスケベ野郎だから。

 心のちんち〇仲間だから。


 いろんな可能性について今の今まで考えてきた男騎士だが、ついにここにその答えに思い至った。そう、それは――。


「ティトくんはアンタと違うわよ!! 私の養娘むすめが選んだ男よ!! もっと紳士なの!! 紳士!!」


「はーん、何が紳士だ!! 臍で茶が湧くってえの!! お前とそう変わらない、見るとこどこにもなんにもない、三百歳エルフに惚れてる時点でお察しだろ!!」


 女の趣味が似ている。

 男騎士は今更あきらかになった、自分と魔剣の共通項に愕然とするのだった。

 そして、同時に――。


「間違いなく、セレヴィさんはモーラさんのお養母さんだなぁ」


 パートナーの男の趣味についても同じだと知り、愕然とするのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 痴話げんかはともかくとして。


「なるほど、納得いたしました。セレヴィ様のご知啓には感服するばかりです」


 魔法の効果で確かな知性を獲得した男騎士。

 彼は女エルフの養母の深謀遠慮を見破り、そして、それを認めた。


 考えれば今の男騎士には分かることだ。

 先程の暗黒大陸との大戦により、彼らの名声は大陸広しと響き渡った。それに伴う行動の制限はしかたのないことだろう。彼らのことを噂で聞いた輩たちが、何かにつけてちょっかいをかけてくるという展開はこれからも起きるに違いない。


 少なくとも、男騎士たちは今後、自分たちの素性を秘匿して行動した方がよっぽど楽にことを成すことができるだろう。英雄ということをひた隠し、目的のためにお忍びの旅を行う。それもまた冒険のロマンの形ではあるが、いささか肩身の狭い道のりには間違いなかった。


 そんな時に、自分たちこそ本物の英雄だと喧伝する、それらしい偽物が出回ってくれればどうだろう。


 他人の威どころか功績まで借りて好き勝手する輩たちである。

 頼まなくても、彼らは本物よりも本物らしい行動をしてくれるだろう。もちろん、そこに実力が伴わなくても、そこは巧く誤魔化してそれっぽく振舞ってくれるに違いない。


 そんな彼らに民の眼は行くことだろう。

 厄介ごとの視線も向くことだろう。


 本来ならば、男騎士たちが立ち向かわなければならなかった困難の幾つかを、彼らは男騎士に変わって引き受けてくれるに違いない。


 人身御供。

 言葉を選ばなければ囮やいけにえなんてものになる訳だが――。


 彼らもまた、そんなリスクを承知で男騎士達の名を借りている。

 だとすればそこは気にすることはない。

 むしろ、すすんで利用するべきだろう。


「以前の俺では思いつかなかった作戦だ。いや、今の俺でも思いつくかどうか」


「思いついたとしても実行できねえだろ。そういうお人よしだよお前は」


「そうねぇ。今回の謀略の事にしたって、やっとのことでいやいややった感じだしね。けど、そういうおくゆかしい所、お義母かあさん的にはポイント高いですよ」


「……うぅむ」


 むず痒そうに鼻を掻く男騎士。

 マスクで覆われた顔が手の動きにつられて揺れる。


 思いがけず、パートナーの養母に褒められた男騎士。

 さらに、唐突のお義母かあさん発言は、大きく彼の調子を狂わせるのだった。


 そこにケーっとちゃちゃを入れるのは魔剣エロス。


「なぁーにがお義母さん的にはポイント高いだか。すっかりその気になっちまってまぁ、ほんと親馬鹿なことで大変でございますねぇ」


「ちょっと!! すっかりその気ってどういう意味よ!!」


「勝手に養子取って、勝手に育てて、勝手にペペロペに乗っ取られて。ほんと勘弁して欲しいもんだぜ。いいかティト、悪女ってのはな、こういう奴のことを言うんだぜ。気を付けろよ」


「なによアンタ!! ティトくんに変なこと吹き込んでるんじゃないわよ!! せっかくのお婿さんを怯えさせてどうするのよ!!」


「なにがお婿さんだよ!! 結婚もせずにぶらぶらしているような女の所に、俺様の大切な相棒を嫁がせるつもりはありませんですだよ!!」


 大魔導士が義母ならば、大英雄は義父という所か。

 魔剣エロスの言葉に、また男騎士は悶絶する。


 なんにしても――。


「やはり大英雄。その智謀は計り知れない。流石ですセレヴィ様、さすがです」


「ふふっ、もっと褒めてくれていいのよ。頼ってくれてもいいのよ。なんと言ってもティトくんはモーラの大切な人なんだから。他人行儀なんてよしなさいな」


 その行動から女エルフの養母の思惑を推察したのは彼だ。

 だが、あらためて彼は彼女が賢者であるということを、今彼は再確認した。


 ただし。


「ほんとお前は、そうやって一度胸の内をさらすとすぐに調子に乗り出すな。そういう所に付け込まれるんだぞ。このアホエルフ」


「あによう」


「ティト。言っておくがな、こいちの人の見る眼がないせいで、俺たちはどれだけさんざ苦労したことか。実際、魔女ペペロペに人質に取られて、あんな大戦争まで引き起こされたことから察しろ。ろくなもんじゃねえ。ほんと、こいつ」


「それは言いっこなしでしょうよ。もー、なんでそういうこと言うかな、アンタってば」


 やはり魔剣に惚れてしまったり、男騎士を高く評価する辺り、見る眼がないのは間違いなさそうだ。

 そして、そんな所もまた、パートナーにそっくりだ。


 いやはや、水は血よりも濃いとはこのことか。

 女エルフの養母。


 一度砕ければとことんずぶずぶ。

 どこまでもフレンドリーなその姿に、自分と同じ、そして、パートナーと同じ、お人よしの気を感じずにはいられない男騎士なのだった。


 そして、女エルフと同じく、ダメンズ好きの一面も。


「俺が言うのもなんだが、心配な人だなぁ……」


「……分かってくれるか、ティト」


 心の中で会話する男騎士と魔剣。

 そんな二人に向かって、うふふうふふとお人よしに微笑む女エルフの養母。

 もはやそこに、先ほどまでの切った張ったの緊張感は微塵もない。


 気の抜けたエルフ(今は侍女)が一人いるだけであった。

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