第553話 ど男騎士さんとシャルル
【前回のあらすじ】
女エルフに対して辛辣な態度を貫く第二王女。
彼女もまた母のカミーラと同じく、強烈なアンチエルフ主義者だったのだ。
しかし、その思いはいささか複雑――。
「いや、単にエルフに母親と姉の関心を取られて、拗ねてるだけでしょ」
というほどでもなかった。
まぁ、この手の感情というのは、御しがたいから仕方がない。
なんにしても、思いのほかこじれるかなと思った第二王女の説得には、一つの道筋が見えそうなのであった。
とまぁ、そんなどエルフさんたちと第二王女はさておいて。
そろそろ男騎士の方に視点は戻ります。
◇ ◇ ◇ ◇
「パン・モロとは俺が冒険者をしていた頃の偽名だ。本当の名――というよりも、白百合女王国の王として即位してからの名は違う。シャルル。そう、シャルル・ユリシーズ。それが、一般的に世の中で知られている俺の名前さ」
「――白百合女王国の先王シャルル!?」
「女傑カミーラの伴侶にして、女王国の統治に尽力した賢君シャルル。塔から解放されて久しい身だが聞いているぜ。エモアの奴からしつこくな」
参ったなと照れくさそうに声を上げるモノリス男。
黒塗りのその身体から気恥ずかしさの仕草を感じ取るのは難しい。
だが、声色から、それは十分伝わった。
かつて白百合女王国の危機を救った際に、その存在については触れていた。
女傑カミーラ。
あの苛烈な女帝を心の底から愛し、生涯にわたって支え続けた男。
そして、悲しい勘違いから、死後に彼女から恨まれ続けてきた男。
賢君シャルル。
黒い壁に宿ったその魂の正体は、白百合女王国の王であった。
しかし、疑問は残る。
「だとして、何故そのような姿に!?」
もはや見るも無残な黒い壁。
モノリスボディになり果てた彼を、王と認識するのはどうやっても難しい。
どうしてそんな姿に代わり果ててしまったのか。
男戦士でなくても疑問に思ったことだろう。
誰もこの黒い、修正モザイクのような存在が、一国の王だとは信じない。
いや、信じられなかった。
しかし、これに対して、答えは既にもう出ていた。
提示された条件とこれまでの状況から、何故彼がこのような状態になっているのかはまともな知力を持っている者であれば察することができた。
故に、男騎士の問いに答えたのはシャルルではない。
その正体を言い当てた魔剣の方であった。
「つまるところだ、このカタコンベの呪いってのは、魔神の血を引いているものだけ集める訳じゃないってことさ。白百合女王国の直系血族。それに関わっちまった者すべての魂を集積して封じ込める。そういう儀式魔法になっているってことだ」
「ご明察。流石は大英雄。頭も切れるんだな」
「そんな……。いったいなんのために」
「決まってるだろ。一つは魔神に対して余計な力を与えないために。そして、魔神の血を広げさせないためという大義名分。その名の下に奪われた多くの命を供養するためにだ。生贄だよ、生贄」
男騎士の目が見開かれる。
魔剣の言葉を信じられないというその表情。
すぐさま視線はモノリス男へと向けられる。
本当なのかと無言で問う彼に向かってモノリス男は――あぁと、抑揚のない声で答えるのだった。
やはり壁の身である彼の表情や仕草から、その感情を汲み取ることは難しい。
しかしながら、その淡々とした声色は自分の身を呪って放たれたものではない。それは間違いのないものだった。
覚悟がその声の芯にはあった。
モノリス男ことシャルルは、この魂の牢獄と、それを構築しなければいけないという理由を知っていた。
知っていて、今ここに存在しているのは間違いなかった。
それは裏を返せば、その覚悟を持って、白百合女王国の王族に名を連ねたということでもある。
「シャルルどの、貴方は」
「自分の一生を賭ける相手に出会えたってのは、男にとって幸せなもんだ。しかしねぇ、死後の魂まで賭けたくなるようなそんな女に出会えるなんて、そりゃなかなかないもんだよティトくん。カミーラは俺にそれを覚悟させるだけの、紛れもないい女だったのさ」
「けっ、やめろややめろや、そういうノロケは。耳が腐るぜ」
「スコティさまもそうだったのでしょう。剣になられたとは、こうして会うまで知りませんでしたが、魔女ペペロペの呪いに冒された恋人を助けるために、海を渡ったとドエルフスキーから聞きました」
「……あんのおしゃべりドワーフ。ほんと、空気が読めねえなぁ」
「お互い、惚れた弱みという奴ですな。ですからでしょうね、話をした瞬間にピーンと来ましたよ。貴方がドエルフスキーが言っていた、絶対に敵わない大英雄だと。私と同じく、世界と女を天秤にかけて、女を取った大馬鹿野郎だと」
違うわいと声を荒げる魔剣エロス。
とはいえ、その言葉が嘘なことは、先の戦争で証明されている。
いじらしく不幸な恋人のために、二百年という永き刻を、人の身でありながら生き永らえた大英雄。
そして、彼女の魂と身体を解放するべく、再びこの世に顕現して剣を振るったその行為が、その言葉が虚勢であることを証明していた。
素直ではない魔剣である。
エロスなんていう直球な呼び名に反して、その心はいささかツンデレだった。
ふんと息を荒げて、嘆息する魔剣。
あとは本人に説明して貰えと、投げやりに言い放つと彼はまた突然沈黙した。
代わって話を受け継いだ壁男は――なにやらうねうねと突然動き出すと、その身体をただの壁から人型の像へと変えた。
威厳ある王の石像。
そんな姿に変わったかと思うと、おもむろに彼は男騎士に対して頭を下げる。
「今を生きる英雄ティト。この大陸に起きている災禍の一部始終は、私も把握しているつもりだ。まずは、よくぞエリィを助けてくれた」
「そんな!!」
「そして、よく私たちの息子――シュラトの凶行を止めてくれた。恩人として、そして、息子の大切な友として、心から礼を言わせてもらう」
王の言葉に濁りはない。
人の親として、国の王として、そしてなにより人として。
礼を尽くした言葉に、男騎士の心は打たれた。
なんと偉大な王なのだろう。
あの苛烈な女傑の伴侶はまた、ここまでの人格者であったのか。
得も言われぬ感動が心に押し寄せてくる。
それに飲まれて息を詰まらせている内に、王は続きの言葉を紡いだ。
「スコティ殿が説明された通りだ。白百合女王国の直系の血族の魂は、魔神へ力を与えるのを防ぐために、皆、この白百合女王国地下にあるカタコンベへと吸収・封印される。女王も、また、その下に婿として入った者も等しくだ」
「それほどの覚悟を持たれていたのですね、王よ」
「そう何度ものろけさせないでくれ。スコティどのと同じで私も恥ずかしい」
「しかし、それならそれでどうして身分を隠して。それに他の王や女王の魂は。このカタコンベにはどうにも――少年たちの霊しかいないように見えるのだけれど」
質問は一度に一つずつと言っただろうと王が笑う。
はっきりと人の形をした王の姿からは、その表情もうかがえる。
寂しさが滲み出る笑顔だった。
その表情に、さしもの知力1の男戦士も心を痛める。
痛みに胸が疼く中、そうだねと、王はその理由について――。
「けれども一言で説明するならばこういうしかないだろう」
「一言で、説明できるのですか?」
「あぁ――私が愛した生涯ただ一人の女。女傑カミーラ。彼女はまだ生きている。暗黒大陸の猛攻を受け、最後まで我が不肖の息子シュラトの攻撃を受けながら、それでもその命を繋いでみせた。だからこそ、私は君たちをこのカタコンベからなんとか脱出させようとしたのさ」
頼む、と、また頭を下げる王。
まるで自分がそうすることに、少しの価値もないみたいに、ただの冒険者に対して頭を下げるその姿はいささか痛ましい。けれども、真に家族のことを思う、人間としてのあり様は、男騎士をしてまた胸を詰まらせた。
妻を、娘を、息子を、家族を。
死して尚思い続ける王シャルル。
「エリザベートを救い、シュラトを止めてもらっておいて、こんなことを頼むのはいささか虫がいいとも思う。だが、あえて頼む。ティト君、我が愛する妻、カミーラを助けてやってくれないか。そのために、私は君たちの前に姿を現した」
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