第495話 ど男戦士さんとおめでとう

【前回のあらすじ】


 男戦士がリーナス自由騎士団を抜けた理由。

 それは、現団長である壁の魔法騎士の妻――ユリィを手にかけたからだった。


 その負い目故に、彼は騎士団を抜けて冒険者へと身をやつした。

 しかしながら、彼は再び彼女の死を前にして、その決意を述べた。

 その過去を清算した。


「任せてくれ。絶対に、君の死を無駄にはしない。君の死から逃げたりしない。俺は――リーナス自由騎士団の騎士、ティトだ!!」


 彼は確かに逃げた。

 リーナス自由騎士団から逃げ出した。

 けれども、今からでもそれに立ち向かうと。

 決して目を逸らさないと。


 彼女に対して約束してみせた。


 それが、彼の乗り越えるべき過去であった。


◇ ◇ ◇ ◇


 世界が白く霞んでいく。

 木々が、兵が、空が、矢が、剣が、血に濡れた大地が、まるで薄氷が割れるようにして壊れていく。迫りくる兵たちと戦っていた彼の盟友である壁の魔法騎士も、その崩れた光景の中へと消え去って、白い世界に今、彼と女騎士だけが残された。


 女騎士の脾腹に開いた穴がふさがる。

 気が付けば、彼女と男戦士は立って向かい合い、視線を交わらせていた。

 男戦士は今の姿――リーナス自由騎士団を抜けて、冒険者として身をやつした――に戻っている。

 そんな彼の姿を糾弾するでもなく女騎士は優しく笑っていた。


「……ごめんなさいね、ティト。貴方にいろんなものを背負わせてしまって」


「そんなことはない。辛くなかったといえば嘘になるが、それでも、結局俺がいけなかったんだ。最後の最後まで、自分の運命から目を背け続けた」


「……貴方の運命って?」


 聞かせて、と、女騎士がまっすぐに男戦士の目を覗き込む。

 その視線に臆することなく、彼は拳を握り締めて答えた。


 彼はこの時、この瞬間まで迷っていた。彼が口にした通り、自分の運命から目を背け続けてきた。耳を塞ぎ、口を噤み、考えるのを止め、そして、流されるままに冒険者稼業に身をひさいできた。


 しかし、そんな冒険者稼業の果てに――辿り着いたのは同じ結論だった。

 暗黒大陸の魔手が迫っていると聞いて、彼はようやく自分の運命を自覚した。それを受け入れた。それと戦うこと、立ち向かうこと、受け入れつつも逆らうこと。


 逃げてはいけない。

 そう、覚悟した。


「リーナス自由騎士団の騎士であること。この大陸を守る剣であり盾、ありとあらゆる苦難から人々を守ること。それが俺の運命だ」


「……一人でいろいろなものを抱え込み過ぎじゃない?」


「そんなことはない。俺には支えてくれる仲間がいる。頼りになる友が居る」


 その言葉と共に、彼の隣に現れたのは女エルフだ。

 幻の彼女の手を握り締めて、男戦士は女騎士の目を見つめる。

 彼の背中に次々に現れる仲間たち。女修道士シスター。ワンコ教授。第一王女。店主。隊長。ヨシヲ。大剣使い。金髪少女。青年騎士。からくり侍。

 そして――。


 壁の魔法騎士、逃し屋、女軍師、魔脳使い――リーナス自由騎士団の面々。

 彼と関わり、彼と共に戦う者たちが、ずらりとそこには並んでいる。

 その気配を感じながら、男戦士は女騎士に向かって力強く頷いた。


「君から鬼族の呪いを受け継いだ時、俺にはあまりに力がなかった。リーナス自由騎士団という、閉じられた世界の中で生きていた俺には、狭い世界しか見えていなかった。そして、だからこそ、それを受け止めることができずに、俺はゼクスタントたちから逃げ出すという選択肢を選んだ」


「……そう」


「けれどもそれが間違いだったとは思わない。俺は、冒険者としてこの世界を旅して、色々な人たちと交わっていくことで、リーナス自由騎士団だけではない外の世界を知ることができた。そして、新しい視点で物事を見ることができるようになった。あのまま、リーナス自由騎士団に留まり続けていたとしたら、俺は遠からず、鬼族の呪いと騎士団団長の重圧に食い殺されて、無残な死を遂げていたことだろう」


 その寄り道は彼にとって必要な事だった。

 彼が真に、中御大陸の剣にして盾となるべく、必要なものだった。

 隣に立つ女エルフの存在も。背中を守ってくれる、多くの仲間たちの存在も。


 その存在があるからこそ、彼は再びリーナス自由騎士としての誇りと在り方を取り戻すことができた。再び騎士として、立ち上がることができた。

 女エルフの手を握り締める彼の手に力が籠る。幻の女エルフが彼を見る眼に、優しく微笑んで応えると、彼は再び女騎士に相対した。


 毅然として立つ女騎士に、これまた毅然として立って相対する男戦士。

 いや――男騎士は誇りを胸に答えた。


「俺は中央大陸の自由騎士ティト。ユリィ、もうそのことを忘れることはない。もうその在り方から逃げることはない。俺はもう大丈夫だ。信念と運命を胸に、この中央大陸の安寧のために剣を振るい続けるだろう」


「そう。もう、迷いはないのね」


「あるものか。俺は結局、そうあることしか出来ないのだ。望むと望まざると、逃げようと逃げまいと、結局はそこに辿り着くのだ」


 その運命を受け入れる。

 そう力強く、これまでの人生も、今の自分も肯定して、男騎士は言い切った。


 女騎士が静かに手を合わせる。

 ぱちりぱちりと、彼女は手を叩いて男戦士を言祝いだ。

 長年に渡り彼を縛り続け、彼を苦しませ続け、そして、今、こうして姿を現したその人生を縛る呪いは――運命として受け入れられた。


 そして、その運命は彼を祝福した。


「おめでとう」


「ありがとう。ユリィ。いや――義姉ねえさん」


 銀色の髪の乙女が静かに笑う。義弟の独り立ちを心の底から祝福して、彼女は白い景色の中へと溶け込んでいく。

 あとに残された男騎士。その前に残されたのは――精神的な時の部屋の出口へと続く、明るい道だけであった。


 まるで彼の行く道を祝福するように、その光の道は続いている。


「……行こう!! モーラさん!! 皆!!」


 掛け声をかければ、彼に従って幻の仲間たちが頷く。


 彼はとっくの昔に克服していた。

 自らの身の内に救っている呪いから。

 ただひとつ、それに立ち向かうその時だけが、足りなかった。


 もはや、彼に迷いはない。

 今、男戦士は間違いなく、騎士としての誇りを取り戻し男騎士へと戻ったのだ。

 この世界の平和を守る自由騎士へと――。

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