第492話 ど男戦士さんと呪い

【前回のあらすじ】


 女騎士が鬼に変身したことにより、なんとか窮地を脱した男戦士たち。

 しかしながら、それが一時的な安息であることを男戦士は知っていた。


 彼女が戦ったのは別動隊。再び、猛攻撃を仕掛けてくる敵兵たち。

 それに向かって駆ける男戦士――。


 そして、運命の時は刻々と彼に近づいてきているのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 弓兵たちの首を跳ね飛ばし、護衛についていた歩兵の槍を斬り捨て、なで斬りにしていく。鬼ではないが悪鬼羅刹の如く、剣を振るって彼は進む。

 その太刀筋に迷いはない。それは、決定された過去から来るものでもなければ、今の男戦士が持っている技量からくるものでもなかった。


 ただ昔からそうなのだ。


「……やはり強いなティト」


 戦いに挑んで迷いなし。男戦士の剣筋はいかなる時でも冴えていた。

 常人ならば剣の冴えすら鈍らせるような過去。それがこの先待ち受けているとしても、それでも男戦士は剣を振り続けた。剣を振るのは彼にとって、もはや呼吸と同じであり、彼は戦うために産まれてきたような男であった。


 だからこそリーナス自由騎士団に籍を置いた。

 だからこそ次期騎士団長を拝命することに抵抗しなかった。

 そしてこの場に挑んでなお、剣を振ることを躊躇せず、生きることを微塵として諦めなかった。

 リーナス騎士団を去ってなお、また剣を振るう仕事を選んだ。


 戦うことこそが彼にとっての存在意義。

 それは今も、昔も、これからも変わらない。

 疲れる在り方だとは彼も自覚している。

 しかし、それしか生き方を知らなかった。


※ ここで、だって知力が1だからとか言ったら、笑いが取れるなとか思いましたけど、シリアス回なのでやめておくことにします。(ぉぃ)


 二度、三度と押し寄せる包囲の手。

 やがてどんどんと、男戦士たちは一つの所に追い詰められていく。

 壁の魔法騎士が荒い息を吐く。

 鬼と化した女騎士が、うめき声ともとれる雄たけびを上げる。

 そして男戦士が、ただ無心に剣により敵を切り伏せる。


 もはや山肌は血が流れる海と化した。流れるではなくただようその血の水面の中を、ただ、生を求めるように、あがくようにして三人は進む。


 しかし――。


「ユリィ!!」


 ようやくその時は訪れた。

 ついに力を使い果たし、鬼の姿に変じることもできなくなった女騎士が、その場に倒れこんだのだ。白銀の鎧を血で染めて、女は血の海に沈む。


 畳みかけようとした兵達に向かって、壁の魔法騎士の渾身の魔法が炸裂する。土塊の壁により跳ね返された兵たちに、今度は壁から礫の雨霰が飛んだ。


 その反対側で、女騎士は息を荒げて目を瞑っていた。

 まだ、死んではいない。だが、もはや流れる血の勢いも弱まったその腹では――その最後の一呼吸が放たれるのはそう遠くないだろう。


 急いで男戦士と壁の魔法騎士が駆け寄る。

 二人を見るために、身を貫く痛みに耐えながらも、女騎士は瞼を上げた。そして、二人を安心させるために、精いっぱいの笑顔を作った。

 それがやせ我慢であり、強がりであることはもはや男戦士たちには語るまでもなく分かっていた。


「どうやら、私はここまでみたい」


「何を!! 何を馬鹿なことを!! ユリィ!! お前が死んだらゲドはどうなる……!!」


 今にも泣き崩れそうな壁の魔法騎士。

 鉄面皮の彼が感情をむき出しにして、今、一人の女の死へと挑んでいる。


 なりふりも構わず、そして、言葉も選ばずだ。

 それは間違いなく彼女に向けられた愛であった。

 そして、男戦士が招いてしまった、不幸な結末であった。

 これから彼とリーナス自由騎士団を別つことになる、決定的な傷であった。


 そんな男の頬に手を添えて、女騎士はその美しい銀髪を揺らして微笑む。

 子供に向ける様な――それもまた慈愛に満ちた顔だった。


「お願いね、私の可愛い人。彼を、一人前の男に育ててあげて。アレは私の中にある呪いまで一緒に受け継いでしまったから。だから、とても心配なの」


「だから、そんなことを言うな!! ユリィ!! 俺とゲドを置いていくな!!」


「しかたないのよ、これが私の運命だった――」


「運命だと!! そんなもの!! そんなものあってたまるか!!」


 悲しいことを言わないで、貴方を愛したのも運命なのだから。

 そう呟けば、壁の魔法騎士は男泣きに泣く。もはや弁解の余地もなくしゃくりあげる様な泣き声をあげだした彼は、何かを悟ったように彼女に背中を向けると、その瞳を歪ませて涙を払い、再び敵兵に向かって魔法を行使し始めた。


 土の壁が木をなぎ倒し、兵をなぎ倒し、死体を跳ね上げる。

 地の底から響く様な地鳴りの飛び交う中で彼は、最後の最後まであがくことを決意した。妻の身を守るために、信じて最後まで力を使うことを選択した。


 その真っすぐな――愚かなまでの一途さ。

 それを見送って、女騎士は男戦士に声をかける。

 それは夫に向けるのとはまた別の、信頼の籠った声だった。


「ティト、貴方に、一つだけお願いがあるの」


「……なんでも。君のためなら、俺はなんだってしよう」


「ありがとう。持つべきものは、やはり、同じ釜の飯を食べた仲間ね」


 その手を握り締める男戦士。

 そんな彼に、女騎士は心底申し訳なさそうに、顔を歪める。

 そして――。


「私の中の鬼を――アンガユイヌを譲り受けて頂戴」


 これから一生、彼が背負い続けることになる罪と後悔を呼ぶ言葉を、苦しい息と共に発したのだった。

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