第490話 ど男戦士さんと消せない過去

【前回のあらすじ】


 ついに中央大陸連邦共和国の戦いにドエルフスキー参戦。

 そしてまた、彼が伝説に歌われる勇者スコティのパーティ――ドワーフの戦士エモアであった過去が語られた。


 満を持して対峙するかつての大英雄の仲間たち。

 暗黒大陸の巫女の傀儡と化した大魔女セレヴィ。

 彼女を止めるべく、エモアはその大戦斧を振り上げるのであった。


「……というか、バレバレの展開よね」


 さて、こっから先はひたすら熱い本編です。

 ついにクライマックスに向けてまっしぐら。

 どエルフさん、今週も盛り上がって――。


 と、その前に。


 いよいよついに、男戦士。

 彼の過去に触れて行こうと思います。


「……最近ギャグ要素が少ないような」


 だから言ったじゃないですか、そろそろ真面目なのも書けるようにならないといけないなって。どエルフさんもいよいよそんな感じという訳ですよ。


◇ ◇ ◇ ◇


 針葉樹林が生い茂る山肌。

 獣道さえないそこを三人の騎士が歩いている。

 一人は黒い外套に身を包んだ男。騎士というより魔法使い。一行の先頭を行く彼は、目深くフードを被って慎重に辺りの様子を窺っていた。


 そんな彼に続いて真ん中を歩くのは手負いの女騎士。

 白銀の甲冑を纏い、銀色の髪を揺らす。

 美しい彼女は、甲冑で覆われていない腹に大きな傷を受けていた。


 迸る血は黒い。

 既に彼女の身の中に残るそれが少ないことを意味している。


 手にしているハルバートが息と共に静かに揺れていた。

 その足取りは危うく、荒い岩が剥き出ている山肌に、今にも足を取られて倒れそうな、そんなことを見る者に感じさせる。何度も何度も、気遣うように、彼女の前を行く外套の男は振り返っては、慎重に道を進んでいた。


 最後。

 そんな彼女を先頭を行く男と同じように気遣って、背中を守って歩く騎士。

 しかしながらその表情には――あきらかに彼らとは違う心が揺れている。


「……やはり、ここなのか」


「……ティト?」


 振り返る銀髪の女騎士。

 彼女の騎士を見る眼には、疲れと共に親愛があった。

 そんな彼女に騎士――もとい、男戦士は首を横に振った。


 体が出来上がった今と違い、まだ成長の途中である男戦士。筋肉の量も今より三割ほど落ちている。顔つきも若々しければ、まさに青年騎士という容貌だ。


 となれば、彼らを気遣うように振り返っては様子を見るのは、男戦士の盟友である壁の魔法騎士である。彼もまた、今のむくつけき風貌を少しばかりマイルドにした顔つきで、若々しさを感じさせる顔をしていた。今のような、どこか得体のしれない気味の悪さはすっかりとなりを潜めている。


 年齢にすると二十を少し行ったところだろうか。

 若々しい騎士たちは、しかしその若々しさをすっかりと色あせさせて、むしろ暗澹とした老いを感じさせながら斜面を登っていった。


 男戦士の瞳に光はない。


 それはこの後に、自分たちの身に起こる出来事について、彼が知っているからに他ならない。彼はまた、その運命に打ち勝つために、ここにこうしてやって来たのだから、それは仕方のないことであった。


 しかしながら、それだけではない――。


「……ユリィ」


 呟いたその名は彼の前を歩く女騎士の名前であった。男戦士の前を、貫かれた脾腹を抑えながら歩く彼女は、この後――彼が生きる時代には既に世を去っている。

 リーナス自由騎士団のエンブレムが女騎士の鎧には刻まれている。

 であれば、中央大陸連邦共和国の危機に、首都リンカーンに集まったその一団の中に、彼女の姿がないのはおかしいだろう。いや、もちろん、騎士団を引退しということも考えられる。


 だが――。


「ティト、そんなに気に病まないで頂戴。これは、もう、運命よ」


「……しかし」


「諦めるな、ティト、ユリィ!! 活路はある!! 冬将軍たちと合流することができれば必ず助かる!! だから最後まで希望を捨てるな!!」


「……ゼクスタント」


「……あなた」


 後のリーナス自由騎士団の団長となる男。

 その熱い言葉に男戦士の目が泳ぐ。

 彼は知らない。この後、彼らを襲う過酷な運命に。そして、その運命に抗うことができずに、目の前の彼女――彼の伴侶が命を落としてしまうことに。


 何故ならこれは幻影だから。

 彼が見ている、越えるべき過去、その光景に過ぎないから。


 男戦士が黙り込む。すると、今はすっかりと枯れ果てて、言葉少なくなった壁の魔法騎士が、彼の胸倉を掴んできた。血気に逸る若者という感じの彼は、男戦士の逃げる様なその表情に、厳しい視線を向けるのだった。


「何をめそめそとしている!! そのように悲嘆にくれる暇があるなら、生きる算段を考えろ!! ティト!! お前はリーナス自由騎士団の騎士だろう!! 次期騎士団長候補だろう!! なのに、何をしているんだ!!」


「……すまない、ゼクスタント」


「謝るな!! 今はここを我ら三人で生き延びることを考えるのだ!! いいか、ティトそれだけだ!! それだけに専念しろ!!」


 分かっていると男戦士が頷く。

 しかし、それでも、その顔から憂いの表情は消えない。


 決して避けることのできない、運命の瞬間が、今にも彼らの後ろから忍び寄っている。それを男戦士は知っていた。既に経験していたから知っていた。


 彼にとってそれは決して忘れることのできない過去。

 何度忘れようとしても、夢に見て、うなされて、そして、ひた隠しにしてきた、消すことのできない罪の時。そして、リーナス自由騎士団から逃げるように去り、冒険者として生きることを選んだ、その切っ掛け。


 ひゅん、と、空気を裂く音がした。

 男戦士たちの足元に弓矢が刺さる。弓なりに、狙って撃たれた訳ではないその矢であったが、追われる彼らにとっては体を震えさせるほどの恐怖であった。


 くっ、と、喉を鳴らす壁の魔法騎士。

 あぁと諦観するように瞼を閉じる男戦士。


 しかし――そんな中で一人。

 女騎士が、ハルバートを携えて矢が飛んできた方向に向かって駆けだしていた。


「もう鬼殺し持ちは居ないわね!! だったら私の敵じゃないわ!! さぁ、我が身に宿る姫鬼よ――その力を解き放ちなさい!!」


 おぉん、と、森に雄たけびが響く。

 それと同時に女騎士は紫の肌をした鬼へと変貌していた。


 そう。

 男戦士が今はその身に宿している、紫の鬼――アンガユイヌに。

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