第316話 ど男戦士さんとキャンプ

 街道沿いに北の首都へと進んでいる男戦士たち。


 首都と交易都市を結ぶ主幹道路である。

 その途中にはもちろん、定期的に宿場町があり、彼らのような冒険者や交易を生業とする商人たちを相手にいい商売をしている。


 もちろん、そういう宿場町に泊まれればいいのだが。


「時間と金が惜しい。日も出ていることだし、野宿前提で先を急ごう」


 という男戦士の提案により、宿場町での宿泊はキャンセル。

 日が暮れる頃を見計らい街道沿いにある開けた丘の上で夜営をすることになった。


 少し離れた所にある森の中から枯れ木を集めて来た男戦士は、慣れた調子で焚火の用意をする。同じく、女エルフと女修道士シスターも、さも当然というように、男戦士の背嚢の中からテントを取り出すと、それを設営してみせた。


 指を咥えて見ているのは、青年騎士とワンコ教授だ。

 どちらも、野宿をするくらいならば宿屋に泊まる社会的なステータスを持った二人である。こういう時に、体が自然に動くようにはできていない。


 一方、からくり侍はといえば――。


「Zzz……。むにゃぁ、もう、食べられないでござるよ」


 石を枕、草を布団にして早々に寝こけている始末。

 こちらはこちらで旅慣れし過ぎていて、使い物にならなかった。

 まぁ、こればっかりは仕方なかろう、と、女エルフたちも苦笑いで見過ごした。


 さて――。

 食事も済ませて男戦士たち。


 昼間のなんやかんやが疲れたのか、女エルフと女修道士シスター、そしてワンコ教授は、早々にテントの中へと引っ込んだ。


 夜営の見張りもかねて、焚火を囲む男戦士と青年騎士。

 満点の星空と、下弦の月が見守る中、男戦士は黙々と枯れ枝を紅色に燃える炎の渦の中へと放り込むのだった。


 沈黙。

 だが、気まずさはない。

 少なくとも男戦士には。


 元来、戦闘に関しては気の回る男戦士だが、それ以外には知能1なので基本気が回らない。青年騎士との無言の時間も、さぞ、当然のものだと受け止めていた。


 一方、青年騎士はと言えば。


「――おい。なんか言いたいことがあるなら、言ったらどうなんだ」


「ひぇっ?」


 魔剣エロスに指摘されて、手に持っていたマグカップを揺らす青年騎士。

 彼は先ほどから、焚火が放つ淡い紅色の光に照らし出された男戦士の顔を、じっとその眼で凝視していたのだ。


 その瞳には、はっきりと憧憬が現れている。

 そして、何かを訪ねたげにもじもじと、マグカップを握りしめる手の指は、忙しく動いていた。それを、目もないのに魔剣は見事に見咎めたのだった。


 なにかとこの手の事にはよく気が付く魔剣である。

 すぐにその指摘に、男戦士も焚火から視線を青年騎士の方へと向けた。


 その顔が正面からぶつかる。

 はっ、と、その顔が赤くなったのは、焚火が一瞬強く燃えたせいだけではない。


「すまない見られていたとは気がつかなかった。すっかりと油断していたな」


「いえ、そこまで気を許していただいているのなら、こちらとしても光栄です」


「って、違うだろお前よう。何かこう、聞きたいことがあります、って感じの顔してただろうがよ。アドバイス欲しい若人って感じのよう」


 なぜ、目もついていないのに、そんなことがこの魔剣には分かるのか。

 そして人の心を読むことができるのか。


 まったく図星だったのだろう。

 青年騎士が激しく動揺してマグカップを落とした。

 

 おいおい大丈夫か、と、すぐに男戦士が気遣いの言葉をかける。それを制して、大丈夫です、と、少し上ずった声で青年騎士が応えた。


 盛大にぶちまけたコーヒー。

 ズボンにかかったそれを、背嚢から取り出したボロ布で拭い去ると、青年騎士は焚火の中にそれを放り込んだ。


 湿り気を帯びたそれは、なかなか燃えない。

 だが、そんなことは今、彼らにとってどうでもいいことだった。


「聞きたいこととは?」


「……単純な話です。ティト殿は、どうやって、そこまでの戦士技能を身に着けられたのですか?」


 同じく、剣の道を志す者として、それは当然に抱く疑問であった。

 男戦士にしてみても、その言葉を投げられてなんの困惑も感じないほどに、それは自然な問いだった。


 ただ、その問いに対して、答えがあるかは別である。


「なよなよした奴だな。連邦騎士団の騎士ってのは。んなもん、ぶち殺して、ぶち殺して、ぶち殺しまくってりゃ、そのうち勝手に強くなるもんだろうがよ」


「こらこらエロス。そんなまるで人を戦闘マシーンみたいに」


「いや、お前自覚ないかもだけれど、結構そういうところあるぜ」


「……え?」


 男戦士が魔剣の思いがけない言葉に絶句する。

 当人としても、自分がどうして強くなったのか、はっきり自覚していないのだ。

 それだけに、思わず素っ頓狂な声が漏れた、という所である。


 黙っている男戦士をよそに、純粋な青年騎士が納得と手を叩く。


「ぶち殺して、ぶち殺せば、自ずと強くなれる。やはり実戦が大切なのか」


 なんとも、物騒な物言いだ。

 流石にこれはどうかと思って、あわてて、まぁ待て、と、男戦士が止めた。


「エロスが言ったことは誇張表現だ。人には人なりの強くなり方――というか、強くあらねればならない理由がある。それをおざなりにして、一概にどうこうと言う事はできないだろう」


「強くあらねばならない理由ですか?」


「そうだ」


「では、ティト殿はいったい、どのような理由をお持ちなのですか?」


 うぐ、と、首根っこを締め上げられたような声が男戦士の口から漏れる。

 天然故にいつもなら柳に風、自由な口ぶりをする彼ではあるが、どうもこの真面目な青年騎士を相手にするといつもの調子ではいられないようだ。


 ついつい、先輩戦士として、そして、元騎士として、真面目にしなくてはと気構えてしまう。


「……俺が強くあらねばならなかった理由は。まぁ、そのなんだ」


「理由は?」


「……後ろにいる仲間を、守らなくてはならなかった、からかな」


 うちは女所帯。

 どうしても、後衛が多いから、と、男戦士は言う。

 しかし、それはどうも、歯切れの悪い台詞であった。とはいえ、付き合いの短い青年騎士には、そんなことは判らないのだったが。


「なるほど、守るべき仲間が、ティト殿を強くしたんですね!!」


「……まぁ、そういうことだ」


 本当は違うくせに、と、野暮ったいことは、魔剣も流石に言わない。

 そっと、男戦士の視線が女エルフたちが眠るテントに向く。

 起きていないだろうか、聞かれていないだろうか、なんて思ってしまうのは――彼も男だ、仕方のないことだった。

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