第287話 どエルフさんと幸運の神の願い

【前回のあらすじ】


 幸運の神から知らされる、暗黒大陸の脅威。

 彼らは、男戦士たちの知らない間に、中央大陸に属している各国に不和の種を蒔き、既にその侵略を開始していたのだ。


 例の紅い外套の騎士しかり。

 暗黒騎士の相棒であるダークエルフしかり。


 そして――男戦士のソウルメイト、暗黒騎士もおそらく。


◇ ◇ ◇ ◇


「貴方たちにその事実を話したのは他でもありません。暗黒大陸の脅威から――いえ、魔神シリコーンの脅威からこの世界を守って欲しいからです」


 あえて、暗黒大陸から攻め寄せてくる軍団については詳しく触れずに、ただ目的だけを幸運の神は男戦士たちに告げた。

 その言葉に、複雑に男戦士が顔を歪める。


 つまり、と、呟き、少しだけ間を置いて、彼は幸運の神に確認した。


「俺たちに第二のスコティになれ、と、言っているのか、アリスト・Ⓐ・テレス」


「えぇ。貴方たちは、資質も、そして、実力も申し分ない。なにより数奇な運命に導かれてここへとやって来た」


「数奇な運命?」


 女エルフの養母についてのことだろうか。


 確かに、それは数奇と言っても問題ない、運命の悪戯のように思えた。

 しかし、どうして、幸運の神の視線は――男戦士の腰にぶら下がっている魔剣へと注がれていた。


 なんだかそれが鬱陶しいという感じに、魔剣が、チッと舌打ちをする。

 もちろん舌など剣にはないのだが――。


 視線を再び男戦士に戻した幸運の神。

 彼はまた、神性を感じさせる鋭い目つきで、男戦士を見つめた。


「貴方たちこそ、暗黒大陸の陰謀を打ち砕く勇者たちである。そう、私は確信しました。だからこそ、神の権能である千里眼より得た知識を貴方たちに授けたのです」


 その言葉に、苦い顔をしたのは男戦士だ。

 らしくない。いつもならば、飄々としている彼の困惑した表情に、女エルフはもちろん、女修道士シスターたちも、揃って不安げに表情を強張らせた。


「……そんなものを授けられても困る。俺たちはただの冒険者だ」


「いいえ、ティト氏、貴方たちがやるのです。これは運命です」


「数奇というにはあまりに縁が薄い。立ち向かう必要性を感じない」


「ティト氏は反逆の善鬼アンガユイヌをその身に宿し、モーラ氏は養母にペペロペとの因縁深きセレヴィを持っている。そしてコーネリア氏は、クリネスが組織する教会の女修道士シスターです。まぁ、ケティ氏はおまけとして」


「だぞ!? おまけってなんだぞ!! 失礼なんだぞ!!」


「――すみません。とにかく、貴方たちはそういう、暗黒大陸の陰謀と戦うべき宿命を背負っているのです」


「……それも千里眼で見通したことなのか?」


 いかにも、と、頷く幸運の神。

 神にそこまで言われてしまっては、男戦士も返す言葉が見つからない。


 苦悶に満ちていた顔が、ふっ、と、緩んだ。


「分かった。その役目、お受けしよう」


「……そう言ってくれると思っていましたよ、ティト氏。流石はドエルフスキーとエロスが見込んだけの男です」


「おいおい、なんでそこで俺が引き合いに出て来るんだ!! 勘弁しろよ!!」


 魔剣が気心の知れた感じで幸運の神に食ってかかる。

 おや、これはすみません、と、これまた幸運の神も軽口でそれに返した。


 その両者の間に存在する妙な親密さに、そこはかとない違和感を感じながらも、女エルフは黙っていた。その時、彼女の心を支配していたのは、他ならない――魔女ペペロペの器とされてしまった、養母についてのことだったからだ。


「……ありがとう、ティト」


 そんな言葉がいきなり、男戦士の背中に浴びせかけられた。

 驚いて、男戦士が振り返る。すると、その胸に女エルフが飛び込んできた。


 暗黒大陸の脅威と事を構えるということ。

 それは、すなわち、彼女の過去と対峙すること。


 彼女の養母である、セレヴィとの対峙を意味していた。


「いなくなった養母おかあさんを助けたい。魔女ペペロペの呪いから救いたい。ずっと、そう私は思っていたの」


「モーラさん」


「だから、貴方が暗黒大陸と戦う矢面に立ってくれると言ってくれたことが、私は嬉しい。養母おかあさんと戦う――うぅん、救う機会を私に与えてくれたことがとても嬉しいの」


「……一緒に、救い出そうじゃないか。大魔女セレヴィを。君の養母おかあさんを」


「……やっぱり、貴方は、私の最高のパートナーよ、ティト」


 ぐしぐし、と、男戦士の胸に顔を擦りつける女エルフ。

 少し荒っぽく涙を拭った彼女は、顔を上げると、男戦士に向かってにっと笑顔を向けたのだった。


 そんな彼女の背中に迫って、自分たちも忘れて貰っては困る、と、女修道士シスター、そして、ワンコ教授が迫っていた。


「魔神シリコーン。滅すべしです。教会の力も借りましょう。大陸一丸となって、暗黒大陸と魔神に対抗するのです」


「だぞ!! 僕も、魔神について知りうる限りの資料を集めてみるんだぞ!! 大学の叡智を結集させれば――きっと暗黒大陸になんて負けないんだぞ!!」


 いや、叡智ということであれば、すぐそこに居る、幸運の神に授けて貰えばいいのではないだろうか、と、男戦士が神の方へと向き直る。

 すると、彼はふるりふるり、と、首を横へと振ってみせた。


「先ほども言ったように、神々は基本的に人間の営みに干渉するのを由としません。ティト氏、その視線に応えることができなくて申し訳ないのですが、私が教えることができるのはここまでです。暗黒大陸との具体的な戦いについて、貴方たちは、自らの力で挑むのです」


「……ほんと、融通が利かないわね」


「神とはそういうものなのですよ」


 そう言って、笑う、幸運の神。

 しかし。


「見えますよ。貴方たちが、暗黒大陸の兵たちに打ち勝ち、この世界に平和をもたらすその瞬間が。少なくとも、私の千里眼には――」


 希望ある言葉を、彼は最後に男戦士たちに向かって放ったのだった。

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