第279話 どエルフさんとコウメイの野望

 簀巻きにされ、地に足を着く、大宰相コウメイ。

 それを取り囲む、女エルフと男戦士たち。


 果たして、強大なくろがねの巨人との戦いは、コウイチの決死の行動により、決着がついた。


 真っ二つに切断された鉄の巨人は、その後、男戦士の手により、粉々に切り刻まれ、もはや再建不可能という状況まで徹底的に破壊された。


 そう、戦いは終わったのだ。


 そうして最後に残ったのは――。


「無念。無念である。まさか、最後の最後に、因子の血族ファクターについて見誤るとは。このコウメイ一生の不覚である」


「命があるだけましじゃないのよ!! 貴方があんなことをしたおかげで、コウイチくんは、コウイチくんは!!」


「よすんだモーラさん」


 ただ一人。

 この塔を建造し、ショーク国の再興を夢に抱き、孤独に戦い続けてきた男。


 大宰相コウメイであった。


 簀巻きにされて身動きを封じられた彼に対して、拳を振り上げて殴りかかろうとする女エルフ。しかし、そんな彼女を、男戦士は後ろから押さえて止めた。


 なぜ止めるの、と、女エルフが激高する。

 しかし、彼女に向けられた真剣な瞳を覗いて、女エルフは――うぅっ、と、その怒りを嗚咽へと変えて、その場に泣き崩れるのであった。


 今更、コウメイにあれやこれやと言っても、魔性少年が帰って来るわけではない。

 そんなことは女エルフも分かっていた。


 彼は一族の執念と覚悟を持って、くろがねの巨人を破壊してみせたのだ。

 もし、あの時、他の方法を模索していれば、コウメイが電脳の中にとりついた、疑似人格――コウイチと呼ばれた魔法――を除去していたかもしれない。


 そうなれば、いよいよ、この戦いに勝利することはできなかっただろう。

 因子の血族ファクターの悲願は果たされなかっただろう。


 彼の意志と、その決断は、間違ったものではなかった。

 その苛烈なる決断に、彼らはただただ敬意を表するしかなかった。


 男戦士たちパーティの全員が全員、モノを言わなくなった生身の魔性少年と、真っ二つとなった自律人形オートマタの魔性少年に向かって視線を注ぐ。

 二つ並べられたその顔は――なぜか、穏やかに笑っているように見えた。


 そっと、彼らに向かって手を合わせたのは大剣使い。


「……故郷に伝わる、死んだ者に手向ける祈りだ」


 最も魔性少年と付き合いの長い彼である。

 大の男であり、涙の似合わぬ屈強な容姿をしている歴戦の兵。

 だが、啜ったその鼻音と共に、大粒の涙が、角ばったその頬を流れるのが見えた。


 同じく、彼の隣に立った金髪少女も、彼と同じように手を合わせると、小粒な涙をつつとその桃色の頬に流した。

 彼女のはったりが、男戦士たちを救ったのは事実。

 だが、そのはったりを救ったのが、魔性少年なのもまた事実であった。


 魔性少年の死を悼むように、静寂が場に広がっていく。


「ふん!! 因子の血族ファクターごときに感情的になりおって!!」


 それを切り裂いたのはこの塔の主、大宰相コウメイであった。

 なんですって、と、また、女エルフが激昂する。


 それに臆することなく、大宰相は食ってかかって向かってみせた。


「高祖が受けた屈辱と比べれば、因子の血族ファクターの覚悟などなんというもの。幾たびの敗戦、流浪、そして、雌伏を経て、辛酸を舐めてこの地まで流れ着かれた。ゲントゥクさまが積んだ苦労を知らぬのか?」


「それを言ったら、貴方だって、コウイチの苦悩を知らないじゃないの!!」


「だからなんだというのだ!! くろがねの巨人の力があれば、まさしく、ゲントゥクさまが受けた屈辱を苦難を、全て返すことができたのだ――」


 なのに、なのに、と、悔しがって涙を溢すコウメイ。


 彼にも彼の正義があった。

 彼もまたコウイチと同じように、自らの信念と正義を信じて、最後の最後まで戦った男に違いなかった。


 それが分かるからこそ、男戦士も何も言う事はできない。

 女エルフも、ただただ、黙り込むのであった。


 しかし。


「大宰相コウメイ。このまま、ショーク国の復讐を胸に抱いて、この後も生きていくというのなら――」


 男戦士が魔剣を手にしてコウメイを睨んだ。

 冷徹に、そして、息をするように自然に、戦場において命のやり取りをする者の、背筋を凍らせるような視線に、コウメイが静かに息を潜めた。


「俺はお前を生かしておくことはできない」


「で、あろうな」


「悔い改め、今後その知啓を、世のため――ショーク国だけでなく、万民のために使うというのであれば、俺も手荒なことはしない。どうする、コウメイよ」


 自らの命を惜しむか。

 それとも、ゲントゥクたちの意志に殉じるか。


 果たしてその男戦士の問いに対するコウメイの答えは――。


「決まって居る!! 殺すがよい!! 情けなど敗戦の将には無用!! 先に冥府へと下られた、ゲントゥクさま、カンウ、チョヒ、チョウーンと共に、あちらで暴れてみせようぞ!!」


 その意気や、よし。

 そう言って、男戦士が上段に魔剣を構えた――。


 と、その時。


「ととと、チョっと待ったぁっ!! 殺す前に少し聞いておきたいことがあるんだ!! ティト、少し待ってくれやしないだろうか!!」


 突然、男戦士が握っている魔剣――エロスが声を上げた。

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