第213話 どエルフさんと伝説の人物

【前回のあらすじ】


 逆さに立つ塔にたどり着いた男戦士一行。

 しかし、その瞬間、男戦士の股間が、まるで見せてはいけないもののように光はじめたではないか。


「人間三十年、化天のうちを比ぶれば、股間たまに光るものなり」


「光らん光らん」


「私の乳首は、人前で出そうとすると光りますけれど」


「出そうとせんでいい!!」


 まぁ、そんなやりとりはともかくとして。

 光り輝いていたのは、かつて、ドワーフ男ことドエルフスキーから受け取った割符であった。


 光り輝くその木の板。

 まるでそれに呼応するように、塔が反転するや否や。


「ンマー!!」


 なんとも小説やらなにやらで表現するのに躊躇するような、独特の台詞があたりに響いたのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「なんと、まさか塔を攻略せずにひっくり返してしまうとは。これは計算外ですね。いやはや、せっかく百年ほどかけて、ダンジョンを構築したというのに無駄になってしまいました」


 塔の元最上階、そこにふと扉が現れたかと思うと、中から人影が出てきた。


 金色の髪は短く襟元で切りそろえ、立派なもみあげを左右にたくわえたその男。

 もはや言い訳のきかないくらいにその耳は尖がっている。

 ゆったりとした緑色の外套を着て、偏光眼鏡をかけた彼は、そこはかとなくダンディな空気を漂わせながら、そこから男戦士たちの方に近づいてきた。


「うぅん、見事にピンクの熊だ。オッサム様の啓示の通りだな」


「ピンクの熊――って、ことは貴方がまさか」


「ティト氏、モーラ氏、コーネリア氏、そしてケティ氏。ようこそ、僕こそ君たちが来るのをここで待っていたもの。俗に北の大エルフと呼ばれている者です」


 緑の外套のエルフはそういうと、丁寧に、そして大賢者にあるまじき丁寧な物腰で、男戦士たちに挨拶をした。


 なにからなにまで、想定の斜め上を行っていて、流石に女エルフもツッコミがおいつかない。

 そんな彼女にやさしく微笑んで、北の大エルフはさぁこちらへとばかりに、手を塔の方へと向けた。


「北の大陸の旅は寒かったでしょう。まずは、塔の中にお入りなさい。大丈夫、私の居住区は安全・快適なつくりになっていますから」


「は、はぁ――」


 男戦士も、女エルフも、ここはおとなしく従うしかなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


「君たちがこの塔に挑むのを見越して、僕もいろいろと準備を進めていたんです。ワーウルフにヴァンピール、ただのゾンビだと味気がないから、改造した強化ゾンビとか」


「おぉ、なんか凄いんだぞ」


「ゴーストも用意してね、アルファベットの識別番号をつけたりして」


「なんだかそこまで準備万端してもらったのに、申し訳ないです」


「いやいやいいのさ。ただねぇ、やっぱり、ラスボスとして用意した、超野性児とは一度戦っておいてほしかったね」


「なんだろう、さっきから、いやな悪寒が止まらない」


「モーラさんもかい、実は俺もなんだ」


 別になんてことはない、世間話をしているだけだというのに、どうしてだろう、こうも不安に感じてしまうのは。


 正体不明の不気味さとは裏腹に、招かれた北の大エルフの私室は、実にゆったりとした、それでいて落ち着いた雰囲気のある、大人な感じの部屋であった。

 書斎、いや、仕事部屋――深く考えるのは一旦よそう。


 ソファーに座る男戦士たち。そんな彼らの前に、粗茶でござると、青い服装を来た死んだ魚の目をした男が、ティーカップを置いていく。

 茶柱がしっかりと立っているそれだったが、どうしてだろう、少しも男戦士と女エルフは落ち着けなかった。


 それは、死んだ魚の目をした男が、いきなり現れて、いきなり消えたからに他ならない。


 なんというか、実に摩訶不思議な空間に、一行は戸惑っていた。


「こういう不可思議さに慣れてもらうためにも、ちゃんと登ってきてほしかったんですけどね。なんで交通手形の割符を渡してしまいますかねぇ、ドエルフスキー氏は」


「ちょっと待って、ドエルフスキーのことも知ってるの、貴方?」


「えぇもちろん。この世のことで知らないことと言えば、モーラ氏のような、うらわかいお嬢さんの心くらいですよ」


 それすらも、どこか冗談めいて聞こえる。本気で言っているようには思えない、その北の大エルフの底の知れなさに、思わず女エルフは唸った。

 ピンクの熊の着ぐるみを脱いで、すっかりいつもの格好に戻った彼女。


 気温が温かくなったせいか、その頬を遠慮なしに汗が滴り落ちる。

 さて、と、前おいて、北の大エルフは目の前に出されたお茶に口をつけた。


「ンマーイ。やはり、お茶はトクホに限るね」


「はぁ」


「さて、ティト氏がここに来た理由、つまり僕に会見しに来た目的を、僕はもはや聞くまでもなく知っている」


「どうして?」


「我が主にして師である、人造神オッサム様からの啓示さ。まぁ、そのまま伝えると、なんだか味気がないので、ピンクの熊の伝承として、狗族の者たちには伝えたけれどもね。これくらいはお茶目だと思ってくれていい」


 淫乱、の文字をその時につけたのかどうか。そこのところ気になったが、あえて、女エルフは話の腰が折れないようにと、ぐっとそれを問うのを我慢した。

 そんな女エルフの気遣いをよそに、男戦士がぐいと顔を北の大エルフによせる。


「目的を知っているということは、その答えも知っている、ということですね」


「あぁ、もちろんだとも」


「ではさっそく、問わせていただこう。教えてほしい――」


 一同が男戦士に視線を注いで黙り込む。

 笑顔を崩さない北の大エルフに向かって、彼は、一度深呼吸をして、心を落ち着けると、その質問を投げかけた。


「今日のモーラさんのパンツの色は?」


「――淫乱ピンクの熊に合わせて、桃色の紐パンだよ。ただ、着ぐるみのせいで蒸れてぐちょぐちょ、ちょっと穿いたのを後悔している」


 男戦士と北の大エルフ、彼らを除く、その場にいた全員がずっこけた。

 恥ずかしさを感じるよりも、ツッコミを入れるよりも、ただただ、なんとも彼の問いがしょうもなさ過ぎて――。


「淫乱ピンクの熊をあれだけ嫌がりながらも、ちゃんと下着のカラーを合わせてくるなんて。なんというプロ根性。伊達にどエルフを名乗っちゃいない」


「だね」


「納得しないでください!! あと、もっと他に聞くことあるでしょうが!!」


「そして紐パン。まさかの紐パン。淫乱ピンクに紐パンを選ぶとは、もうこれは狙っているとしか思えない。流石だなどエルフさん、さすがだ」


「何を狙っとるというんじゃい!!」

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