第205話 どエルフさんと淫乱ピンクの熊伝説

【前回のあらすじ】


 狗族の戦士の案内により、彼らの集落へとたどり着いた男戦士たち。

 そこで出会った族長とは――神聖生物、かつて、魔狼フェンリルを虜にし、北の大地に平穏をもたらした女狼グレイプニルであった。


 ところで。


 何気ないそのエロワードが、人を傷つけていませんか。

 思い込みや偏見で人のことを勝手にドスケベ野郎だとおもっていませんか。


 それ、「モーラハラスメント」です。

 やめよう人をエロだと決めつける「モーラハラスメント」。

 略して「モラハラ」。


「だから、それはセクハラだと言うとろうが!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 顔を真っ赤にして恥ずかしがる魔狼の元嫁。

 そんな彼女の反応にすっかりと毒気を抜かれた男戦士の一行は、彼女の前に座り込んでことの次第を話し込んでいた。


「なるほど、すると貴方たちは、北の大エルフどのに会いに来られたのですね」


「どのって。貴方――グレイプニルさまのほうがよっぽどすごいじゃないですか」


「――私は、父がフェンリルを殺したその時からその役目を失い、神聖を失った者ですから。今の私に、どれほどの力もありませんよ」


 いやに謙虚な大狼グレイプニル。

 恥ずかしい話をされたからなのか、それとも、元からそういう性格なのだろうか。

 我、なんて一人称はすっかりとなりをひそめて、その姿に似合わない、かいらしい声で彼女は男戦士たちと語らっていた。


 そんな族長を見るのはおそらく初めてなのだろう。

 後ろに下がり控えている狗族の戦士二人は、少し間の抜けた表情をしていた。


「しかし、親が決めた相手との気に入らない結婚とか、そういうの、いやじゃなかったですか?」


「あぁ、いえ、そういうのは。私、別にこだわりとかありませんでしたし。それに、魔狼だなんだと言われてましたけど、彼、結構やさしかったですから」


「はい、のろけ、いただきました」


「ちなみにどのようなところが?」


「――その。私の体に負担がかからないように、優しく気遣ってくれるところとか。甘い声で囁いてくれたりとか。あと、顔も正直好みでした」


「それで子供まで造ったのに、あっさり殺されちゃうなんて。怒ったでしょ」


「まぁ、お父様はそういうところのある方でしたし、私も半ば覚悟してたんです。けど、やっぱりショックで。産後というのもありましたけど、しばらくつらい時期が続きましたね」


「辛いわー、それ、とっても辛いわー。結婚したことないけど」


「ご苦労なさってるんですね」


 盛り上がる、神話女子トーク。メスが三人寄ればなんとやらである。

 だぞ、と、そんな所に割り込んだのは、空気の読めない、そして、その手の話がまだよくわからない、ピュアピュアワンコであった。


「そんなことより、【淫乱ピンク熊】というのはどういうことなんだぞ!!」


 言葉の意味を知らないから、思い切りのいい発音をする。

 こんな小さい子供がそんなこと言っちゃいけません、とばかり、また顔を赤くするグレイプニル狼。


 しかし、それを聞かないことには、確かに話が進まなかった。


「そうそう、なんだかありがたがられてここまで連れて来られたけれど、いったいなんなの? どういうことなの?」


「ピンクの熊はわかるとして、どうして淫乱なのか、そのあたりを詳しく」


「シコりん、ちょっと黙ってて」


 前のめり気味に興味津々という感じの、女修道士シスターにワンコ教授。

 当事者であるはずのモーラの方がどこか一歩引いたような感じになっている。


 そんな彼女たちにおほんと咳ばらいをして、大狼はその話について語り始めた。


「この集落が、北の大エルフどのの助言により、出来上がったものだというのは、皆さんはもうご存知ですか」


「一応」


「ここに来る道すがら聞いたけれども」


「彼は、この北の大陸を放浪していた私の前に現れて、ここに集落を造るようにと言ったのです。彼は言いましたが、それが、であると」


 父とは、人造神オッサムのことに違いないだろう。

 しかし妙なのは、どうしてそれを北の大エルフが媒介して彼女に伝えるのか。


 直接言えばいいことだろう、親子なのだから、と、思うが、そこは事情があるのだろう。そして、グレイプニルがどうして、北の大エルフにどのという敬称をつけるのか、その意図が少しだけではあるが、女エルフにはそのやり取りからわかった気がした。


 まぁ、それはともかく、大狼の話は続く。


「彼は言いました。そう遠くない未来に、この地に【淫乱ピンクの熊】が訪れることだろう。その熊は北限の谷を目指し、そして私との会見を求めてくるだろう、と」


「私たちが訪れることを予言していたというの?」


「はい。私と、私の子孫であるこの大陸に住まう狗族の者たちは、その者を助け、北限の谷へと向かわねばならない。それが我が父にして人造神オッサムがさだめし宿命だと、彼は私たちに言ったのです」


 それが淫乱ピンクの熊伝説。

 タイトルと裏腹、あんまりにもまともな伝承に、ちょっと女エルフたちの間に微妙な空気が流れた。

 

 しかし、宿命とは、また奇妙な。

 しかも人造神オッサム――女修道士たちが崇めている、人を造りし天上の最高神――がそれを言ったというのがまた気になる。


 いったいこれはどういうことなのだろうか。

 自分たちは導かれた、いや、神の掌の上で踊らされているというのか。だとしたら、なんとも居心地の悪い話である。


 思わず毒づきそうになる女エルフ。しかし、そんな彼女を制するように、男戦士が言葉を発した。


「予言されていたとして、ここへの訪問が予定調和だとして、やらなければならないことは変わらない。俺たちは、北の大エルフに、エルフ喫茶についての助言を求めに行く」


「――ティト!!」


「神が決めたさだめだろうと関係はない。むしろ、このために百年も前から俺たちのために準備をしてくれていたというのなら、ありがたいことこの上ない話じゃないか」


 ものはいいよう、そして考えよう。

 男戦士のポジティブな言葉に、そうね、そうよね、と、女エルフが同調する。


 隣の女修道士、ワンコ教授に目配せする。彼女たちも、女エルフと同じく、男戦士の言葉に腹を括ったようだった。掌で踊らされる、それもまたよいではないか、と。


「そしてなにより、的確な予言をもたらしたというところに、俺は運命を感じる」


「的確な予言?」


「ただのピンクな熊ではなく、淫乱ピンクの熊と、中に入っているモーラさんの本質を見抜いたその予言。まさしくこれは、百年先のこの時のことを、正確に見通していないとできないことだ!!」


「だから、セクハラだって、言ってんだろうが!! このアホ戦士!!」


 暴力はいけません。

 が、女エルフは持っている杖で、男戦士の頭をしこたまどついた。


 するのもされるのも、ノー・モーラハラスメント。


「あぁん!?」


 これ以上すると第四の壁が破れそうなので、ここ、あぁ、ちょっ、なにをす、やめ、くぁwせdrftgyふじこlp……。

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