第147話 どエルフさんとギルドマスター

 クエスト明けの休暇も長くなり、さて、そろそろ次の冒険へと出かけようかと、男戦士パーティーが意識し始めた頃。

 南の国から大規模なキャラバンが街へとやってきた。


「だぞぉ。すごいんだぞ。ちょっとした村くらいの人数が動いてるんだぞ」


「大商隊だな。このくらいの規模になると、ちょっと普段はお目にかかれないな」


「すごいわねぇ。どういう素性の一団なのかしら」


「――けど、南の国は確か、今、内乱の真っただ中ではなかったでしたっけ」


 不安な顔をする女修道士。

 その不安は、思わぬ形で的中することになる。


「ちょっと!! なによあれ!!」


 ボロ布を着せられ、鉄の鎖で引き連れられてくるのは、幼いエルフの娘たち。

 前を行くのは醜く肥え太った頭と思わしき人間族の男。そしてそんな彼を取り巻いて、武装した獣人の傭兵たちが、エルフの娘たちの鎖を引いている。


 いわゆる奴隷商人という奴等である。

 しかも年端もいかない少女エルフ――凶作に見舞われ、口減らしにエルフの里を出された娘たち――を扱う、人倫にもとる商人である。


 これには流石に同属の女エルフはもちろんのこと、男戦士を含めたパーティーメンバーの全員が険しい顔をした。


 と、すぐに、この街を取り仕切っている役人が慌ててやって来る。


「困りますよ!! この街は奴隷商売は禁止されてるんです!!」


「安心しなさい、商売はしないよ。ちょっと通過させてもらうだけだ」


「それでも街の風紀が悪くなりますから!!」


「あぁん!! なんだてめぇ!! 俺達に文句があるっていうのか!!」


 すぐに商人の脇に立っていた傭兵が役人にすごむ。

 前に出た拍子、手にしていた鎖が引かれて、幼いエルフの手が引かれる。

 バランスを崩した少女エルフたち。先頭に立っていた一番身長が高い娘が、その場に膝をついて倒れるのを見て、女エルフの額に血管が浮かび上がった。


 役人と言っても、彼らはただ監督権を持っただけのしがない市民である。

 彼らのすべてが剣術の心得を持っている訳ではないし、武術の心得を持っているわけでもない。


 すごまれれた役人はすぐさま言葉を詰まらせると、その場に呆然と立ち尽くした。


 ちょっと待ちなさいよ、と、エルフが叫ぼうとしたその時だ。

 男戦士が彼女の手を止めた。


「止めないでよ、ティト!! 私がこういうの嫌いなの、アンタもよく知ってるでしょ!!」


「あぁ、よく知っているし君の気持もよく分かる」


「だったら」


「この街のもめ事はこの街のもの、冒険者の俺たちが手を出すことではない。郷に入れば郷に従え、この街で表立って商売をするのならば、彼らはすべからく


 そのルールが曲げられそうになっているから、私が出て行こうとしているんじゃない、と、女エルフが叫んだその時だ。


 一陣の風が突然吹いたかと思うと、少女エルフたちを繋いでいる鎖が、一瞬にして砕け散った。


 これはいったい何事かと、鎖から解き放たれた少女エルフ、そして、砕かれた傭兵たちがうろたえる。その中でも、ひときわ驚いた表情をし、脂汗を顔いっぱいににじませた奴隷商人が、ブタのような声をあげた。


「何が起こったんですか」


「この街の商人ギルド、それを取り仕切るギルドマスターがやって来たのさ」


!?」


【キーワード ギルドマスター: この世界では各都市や地方に応じて、多種多様な同業者組合ギルドが存在する。そんなギルドの顔役として、同業者たちの問題に対して積極的に介入し、街や地方での商売についてルールを守らせる、また、政治の場において代表して意見を具申するだけの実力者を指す尊称である。なお、多くの場合ギルドは合議制により運営されるため、典型的なワンマン運営者であるギルドマスターが現れるのはまれだ。やもすると、民主主義の否定ともとられかねない存在だが、現実の多くの物事がカリスマ性あふれる個人の主張によって振り回され、奇跡的によきバランスを保つように、ギルドマスターが差配するギルドの多くはえてして大いに繁栄する】


「そんなのがこの街に居たの!?」


「長いことこの街を冒険の本拠地にしてきましたが、はじめて知りました」


「だぞ、いったいどんな奴なんだぞ――」


 ふっ、と、何やら訳知り顔で男戦士が笑う。

 その表情に、いやな雰囲気を感じ取ったのは――さんざ、彼とそのに振り回されてきた、女エルフであった。


「それは君たちがよく知っている男さ」


「よく知っている男!?」


「いったい、いったい誰なんだぞ!!」


「――誰よりもエルフを愛し、またエルフに愛された男。この世のすべてのエルフのために店を開き、西に困ったエルフが居ると聞けば、さり気なくサポートの人材を送り、東におめでたのエルフが居ると聞けば、頼まれていないのに祝電を送る」


「そ、そんなが、ティトさんのほかにこの街に!?」


「エルフに対する真摯なまでの愛!! すごいんだぞ!! まさしく、エルフの救世主なんだぞ!!」


 違う。

 そんなたいそうなものでは断じてない。


 女エルフの全細胞が、全力でその事実を否定する中、ひぃ、と、また、醜く顔を歪ませた奴隷商人が悲鳴をあげた。

 彼の首筋にはそう――エルフ族の者がよく使う、精霊石を削って作られたナイフがぴとりと添えられている。


「俺が取り仕切る街で、奴隷商売なんて臭え仕事はさせねえぜ」


 その男、エルフの耳を模した帽子をかぶり、ぶかぶかの青いオーバーオールを着る者なり。

 誰よりも深くエルフを愛し、また、真のどエルフを追及する、男――。


「あっ、あんたは――!!」


「俺がこの街の商人ギルドを取り仕切っているギルドマスターだ。そうだな、俺のことをよく知る奴は、皆、きまってこう呼ぶぜ――道具屋の店主、ってな」


 いつになくシリアスな展開で現れたが、そいつは間違いない。


 いつも男戦士と一緒になって女エルフをからかう――もとい、エルフに対してよく分からない幻想を抱いている男。


 道具屋の店主であった。


「悪夢か。あんなのが、この街のギルドマスターとか」


「ふっ、俺もはじめて知った時は驚いたよ。しかしやはりというべきかな、エルフ好きに悪人はいない――」


「嘘つけ、頭の悪い奴しかおらんじゃろうが!! お前もアイツも!!」

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