第107話 どエルフさんと軟膏

「ピェエエエッ!!」


【モンスター ギロチン鳥: ギロチン状の四角いくちばしを持った異形いぎょうの鳥。上空から突然飛来して、獲物えものの首めがけてその思いくちばしを振り下ろす危険なモンスター。そのくちばしは武器の素材としても重宝ちょうほうされている】


 上空から突如とつじょとしてギロチン鳥が男戦士をおそう。

 流石に歴戦の戦士、すぐにそれを横に飛んで交わした彼だったが、かすかにギロチン鳥のくちばし――その名の通り鋭いギロチンの刃のようになっている――が、彼の太ももをかすった。


 敵の急襲きゅうしゅうに、女エルフたちがすぐにかけつける。

 再びギロチン鳥が飛び立とうとした所に、女エルフの放った炎の球が直撃した。


「ピギャァアアッ!!」


 炎の球が当たった衝撃と、燃え移った火にギロチン鳥がけたたましい鳴き声をあげる。とどめです、と、杖を振り上げた女修道士シスター

 無慈悲むじひに振りおろされた木製の杖が、ギロチン鳥の首の骨を砕いた。


「大丈夫なんだぞ!? ティト!!」


 戦っている女エルフたちに代わって男戦士に駆け寄ったのはワンコ教授。

 あぁ、大丈夫だ、と、気丈きじょうな言葉を吐き出したが、その足にはざっくりと赤い切り傷が出来上がっていた。


 そう深い傷ではないが、放っておけば化膿かのうするだろう。


「見せてください」


 ギロチン鳥の返り血で汚れたロッドをぬぐうと、すぐに男戦士の下へとかけつけた女修道士。彼女はその傷口を確認すると、男戦士が背負っていた背嚢はいのうをあさりはじめた。


「あれ、魔法でちょいちょいと直しちゃわないの?」

「歩けない程の傷ではないですから。これなら軟膏なんこうをつけて自然に治したほうが、体に負担がかかりません。回復魔法はなんだかんだで、人間の身体に負担をかけますからね」


 回復魔法は、人間の生命力を一時的に引き上げて、無理やりに傷を治す魔法だ。

 つまるところ傷は治るが、そのそのためにそれ以外の場所に負担が行く。それは満腹状態から一気に餓鬼状態になるようなもので、回復魔法をかけた前後には、速やかな栄養補給が必要とされるのだ。


 流石に修道女シスターとしてそれなりに人に奉仕してきただけあって、彼女の判断も処置もい的確だった。

 持っていた料理酒で傷口を洗い、乾燥させた薬草を混ぜ込んだ軟膏なんこうを塗りたくって傷をめると、ゴム製のテープでそれをおおうう。さらにその上からのりを塗りたくったガーゼで止めると、よし、と彼女はひたいぬぐった。


「なかなか手際がいいな。流石はコーネリアさん」

「とはいえ応急処置おうきゅうしょちですから。依頼も終えたことですし、早く街に戻って今日は安静にしていましょう。二日もあればこれなら治ると思いますよ」


 よいせと立ち上がる男戦士。

 そんな彼に肩を貸しに女エルフが駆け寄る。


 気を利かしてか、女修道士が軟膏なんこうを持ったまま一歩下がると、彼女は男戦士の身体をよいせと持ち上げた。


 とんとん、と、ブーツのつま先を地面にたたいて感覚を確認する男戦士。


「――うむ。大丈夫そうだ」

「心配させないでよね、まったく。しかし、こんなこともあろうかと、軟膏なんこうを常備しといて正解だったわね」

「そうか、そういう用途でモーラさんは、この軟膏なんこうを用意していたのか」


 ほかにどんな用途があるっていうのよ、と、女エルフ。

 すると、男戦士がぽっと顔を赤らめて視線を横にそらした。


「いや、その、君が読んでいる本で、軟膏なんこうを使うシーンがあったから」

「またあんた勝手に人の本を読んで――使いませんから、というか、いったい誰にそんな軟膏なんこうを使うっていうのよ?」


 自分のことを心配しているのか、と、あきれた視線を男戦士に向ける女エルフ。

 なんだ違うのかと、ほっと胸を撫で下ろす男戦士の肩を、どんと彼女は叩いたのだった。

 痛い、と、叫ぶ男戦士に、仲間たちの笑い声が降りかかる。


「まぁけど、この軟膏なんこうはなかなか優れものですよ。ギトつきも少ないですし、ひっかかりもないですから、ぬるりと入ります」

「いや、何の話よコーネリア」


 言って、女エルフはぎょっと目をむいた。

 女修道した持っている野太いロッド。その先端に、軟膏を塗りたくっていたからだ。


 なんのために――。


「道具のお手入れは大切ですよね。私も、よくこの軟膏なんこうを使ってロッドの手入れをしているんですよ。最近は、もっぱら後方支援だったので、油断してたんですが、モーラさんが愛用されているみたいで助かりました」

「道具の手入れ」

「入れたり出したりしますからね」


 ロッドはそんな使い方しない。

 いったい、モンスターの何に、入れたり出したりするのだろうか。


 女修道士の行動に戦慄を覚えながら、男戦士と女エルフは仲良く並びあって肩を震わせたのだった。


「よし!! これで大丈夫!! 神の愛を注入する準備はばっちりです!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る