第93話 どエルフさんと賊たちの真意

「ふっ、これでは暗黒騎士というより、暗黒歌手という感じだな」

「モーラさん、こんな高度なパーマ技術どこで。やはりエルフ族は炎使って毛を処理するというのは――」

「だから、それは誤解だって言ってんでしょうよ、まったく!! 話の腰折るようなことしないでよね!! アンタらのおバカでどれだけ話が長くなってるか!!」


 はい、すみません、と、正座して謝る男戦士と暗黒騎士。

 暗黒騎士も、もはやすっかりとモーラに頭が上がらない様子である。

 そんなこんなで話の腰は折れこそしたが。


「ララ!! 無事でよかった!!」

「アレックス!! ありがとう、来てくれるって、私、信じてたよ!!」


 ひしりと抱き合う少年勇者と少女エルフ。

 はたして、二人はめでたく再会を果たすことができ、ここに事件は解決した。


「しかしドエルフスキーよ、力づくでエルフを嫁にしようなどと、愚かなことを考えたものだな」

「そうよ、まるでエルフをモノか何かのように、許せないわ」

「人道的観点からもあなたの罪は重いですよ。ドエルフスキーさん」

「えっと、えっと――そうなんだぞ!!」


 事件解決と共に、そう言ってすぐドエルフスキーをいさめた男戦士パーティ。

 悔し涙を流すドエルフスキーは、何も語ることはなかった。


 と、そんなパーティの前に立ちふさがる影がある。


「あの、その人、そんなに悪い人じゃないんだと思うんです」


 それは無理やりにさらわれた少女エルフであった。

 なにを言い出すんだ、と、驚く少年勇者や男戦士の前で、彼女はえっと、と、少し考えるような顔をする。


 それから、説明するのは難しいので、ちょっとこっちへ来てください、と、先ほどまで彼女が居た岩陰の方を指さした。

 はたしてそこに何があるのか、と、見張りに暗黒騎士の従者を残して、全員が歩き始める。遠く、岩陰に見えなかったそこには、人が入れるくらいの大きさの岩穴が開いていた。


 中を見てください、と、エルフが言う。

 促されるまま、男戦士たちがその中に入ると、そこは実に綺麗に片付いた部屋になっていた。


 ふかふかのベッドに、手入れされた観賞用の植物。

 ヒカリゴケがいい塩梅に育てられた天井。

 ベッドの上に転がるぬいぐるみ。熊を模したそれは、多くの人の手に触れられてきたのか、実にくたびれていた。


「これは?」

「私が閉じ込められていた――というより、かくまわれていた部屋ですね」

「かくまわれていた?」


 はい、と、彼女はうなづいてそれから、ベッドの横にあったテーブルへと向かう。

 そこには使い古した地図が置かれていて、それは赤インクで何箇所かがまるで囲まれているものだった。


 特筆すべきは、その丸が、どれもかしこも地図上の森にあるということ。


「ここ、丸で囲われている場所は、エルフの隠れ里だそうです」

「隠れ里?」

「はい。やむを得ない事情で、街に出てきたエルフたちが、再び森に戻って作った集落なんだそうです」

「どうしてそんなものが?」

「――変な話なんですけど。お嫁さんになるのを嫌がった女の子を、そこへ逃がしてあげるんですって」


 行きがけに、子分が言っていた言葉が、男戦士たちの脳裏をよぎる。

 街で働いているエルフたちは、なにも望んで働いている子たちばかりではない。


「私も、お嫁さんになるのを嫌だって断ったら、すぐに、じゃぁ、どこに行きたいって聞かれました。住んでいた故郷に近いところがいいだろうって、いろいろと丁寧に教えてくれて」


 あっ、もちろん、少年勇者のところに戻りたい、って、言ったんですけど、と、ちょっと照れた調子で少女エルフが言う。

 ほほえましいやりとりと裏腹、その奥にあるドワーフの真意に、女エルフはもちろん、男戦士ももしやと顔をしかめた。


 その時だ。


「残念ながら、俺様たちは別に慈善事業でこんなことやってる訳じゃねえ」

「理想のお嫁さんエルフを探してるだけなんだにぃ」

「んがぁっ!! けど、オラたち紳士だから、嫌がるエルフさんは逃がしてあげるんだァっ!!」


 部屋の扉から声がする。

 急いで彼らは部屋から飛び出すと、そこには、ドワーフの肩を支えて立っている、ハーフオークとダークエルフ。そして、きぃきぃと鳴く、ゴブリンたちの姿があった。


 おのれ、まだやる気、と、杖を向けようとした女エルフを浅黒い手が止める。

 それは黒いローブをまとった、彼らを見張っていたはずの暗黒騎士の相棒だった。


「アリエス」

「――申し訳ございません。多勢に無勢だったもので」

「倒れたふりをしてたのかあいつ等」

「けど、なんで止めるのよ!! 今からでも魔法でふっ飛ばして――」


 その必要はないわ、と、少し感情的な声がローブの中から飛び出す。

 あわてて見返した女エルフ、その瞳に、ローブの奥に煌く、紫色をした魔法使いの目が飛び込んできた。


 静かな力を感じるその瞳に、押し切られて女エルフが黙る。

 そんな中、おい、ティト、と、ドワーフが声を荒げた。


「今日は俺様の負けってことにしておいてやる!! だがなぁ、次に会うときには覚悟しておけ!! 俺様が、エルフに対する想いでも、戦士としても力量でも、お前に優っているということを、思い知らせてくれる!!」

「――望むところだ!!」

「それとそっちのエルフちゃん!! お前さんの主人――いや恋人は、どうにも男気のある奴みたいだな!! 大切にしてもらえよ!!」


 ぼっ、と、少女エルフが顔を真っ赤にする。

 なにを言ってるんですか、と、消え入るような声を出して、その場にへたりこんだ少女エルフは、頬を抑えてうぅと泣いた。


 じゃあな、あばよ、と、ドワーフ。

 隣に立っていたダークエルフが、懐から取り出した包みを投げつけると、それは、もふりと白い煙を噴き出して、辺りに充満したのだった。


 夜風が、白い煙を徐々に徐々にかき消していく。

 すっかりとそれが晴れた時には、エルフさらいの一味の姿はもうそこになかった。

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