#52 守られて

「いつまで付いてきやがる?! 離しやがれ!」

「ダメだよダディ! 親子水入らず積もる話もあるんだよなァ」

「俺に子供はいないッ!!」

 腰に白衣の少女シアラをくっ付けながら建物内を走り回るガイは道を迷っていた。途中、何度か職員に取り押さえられかけたがどうにか逃げ切り、一旦、外へ出ることになった。

 

「あっちの方から二人をは感じる。だが、何だ……オボロ?」

 ここはイデアタワーの丁度、中心に位置するテラスである。

 街を見渡せる絶景ポイントとして一般人の立ち入りも許されている場所でをガイは何とか集中して蠢く無数の人の意識をシャットダウンさせると、マコト達の居る場所を特定する。それは地下から段々と上がっているようだった。


「アソコだよ」

 シアラが斜め下を指を差した。建物の一部が変形して中からレーンが伸びると、奥から勢いよく赤い物体が射出される。目にも止まらぬスピードで空の彼方へ飛んでいった。


「サナナギさんが落ちてきたときジーオッドに乗ってたみたいだけどさァ……今もなの?」

「あぁ、ジーオッドの方に一人で乗ってる……それに、あの方角からは強い敵意を感じる」

 マコトの《ゴッドグレイツ》からの違和感は、遥か先の方から迫る別のものによってすぐに掻き消されてしまった。何か真っ直ぐと突き刺さる視線のような、強い恨みを持つ黒い感情が迫ってきている。


「コードネームは《隕石竜(メテオドラゴン)》だって。あの模造獣だってさァ、ダディこれ見て」

 シアラはガイに携帯端末機の画面を見せた。

 その名の通り、石のような見た目の竜がイデアルフロートの海岸に上陸を開始していた。


「これが模造獣……?」

「ささささ、今日はこれまで! ボクはやることがあるから先に帰ってるよダディ。サナナギさんを助けたいなら、早くジーオッドを追いかけないと色々と大変なことになるかもなァ。アハハハァー!!」

 意味深な台詞を吐いてシアラは風のような早さで何処かへ退散する。

 一人残されたガイはもちろんマコトの後を追うのだが、気になることが多すぎる。


「…………クソっ! 俺も調子が変だな、思うように読み取れねぇ」

 タワーの屋上にも《隕石竜》とは違った異様な視線を感じて見上げるも、それはフッと消え失せた、


「急がねぇとな、待ってろよマコト」



 ◇◆◇◆◇



 晴れていた天候が怪しくなりつつある。

 それはマコトの心を写しているかのようだった。


「私は何をやっているんだろう……?」

 空を滑空する《ゴッドグレイツ》の中でマコトは膝を抱えて自問自答。誰も答えてくれる者は居らず空しさに包まれるだけ。


「そこにいるんでしょ?! 父さん、オボロちゃん、ねぇ答えてよ、私はどうすればいいの?! 何と戦えばいいの?! 敵は何? 味方はどこ? 一体、誰を信じればいいの?!」

 溜まりに溜まった不満を大声で出すマコトの声がコクピット内に響くだけ。唯一、敵だけは機体のシステムが警報を鳴らして知らせてくれた。


「……くっ、岩トカゲめ」

 目映い光線が《ゴッドグレイツ》のボディを掠める。口を開けて《隕石竜》と呼称された怪獣が砂浜で待ち構えていた。その大きさは《ゴッドグレイツ》の倍以上あるだろう。

 これが今、マコトが倒さなくてはならない敵である。

 適当な陸地に着陸した《ゴッドグレイツ》は素早く《隕石竜》に向かい走り出した。


「……訳のわかんない怪獣なんかにやられるわけがない……!」

 誰に聞かれるわけでもない独り言を連発する。

 マコトは妙に気持ちをイライラさせていた。

 背部ブーストで急速に間近まで接近する《ゴッドグレイツ》が拳を思い切り振りかぶった。しかし、得意な炎の力を発揮することができず、岩石肌の表面の一部を砕くのみで《隕石竜》はびくともしない。

 そして今度はこっちの番だと言わんばかりに《隕石竜》の長い尻尾が《ゴッドグレイツ》に襲いかかる。すんでのところでガードするものの、吹き飛んぶ《ゴッドグレイツ》は民家の庭に突っ込んだ。


「……また、またなの? いい加減にしてよ、そういうの鬱陶しいんだからさぁ力を貸しなさいよ……!」

 前に比べれば操作感覚に重たさは感じられない。言わば普通のSVに乗っているのと同じ感覚しかないのだ。

 口元が発光する《隕石竜》を確認して瓦礫から飛び出す。先程まで倒れていた民家が《隕石竜》からの光線で燃えているのを見る暇もなく《ゴッドグレイツ》は駆けた。


「……また逃げだ。私は逃げたくない、攻めなきゃ……!」

 光線の照射が断続的な光弾の発射に切り替わり、逃げ回る《ゴッドグレイツ》を追跡するように放たれた。一発、一発のダメージは小さくとも繰り返し当てられれば当てられるほど蓄積していく。

 機体の安定感を制御するバランサーが狂い《ゴッドグレイツ》は盛大に転げ回った。上手く立てない《ゴッドグレイツ》の後ろから《隕石竜》がのそのそと近付く。口が裂けるほどに大口を開き、エネルギーを十分に貯めて《ゴッドグレイツ》に狙いを定める。


「や……やられ」

 発射の瞬間、《隕石竜》の後頭部を高速で突進する何かに押されて地面に突っ伏す。止められない光線の発射は砂浜に大きなクレーターを作った。


『間一髪ってところね? アレを助けるのはココロ的にシャクに触るんだけど……いっそのこと』

『止めてくださいよウサミさん。敵は隕石竜です、倒さなければ島に大きな被害が出る』

 マコトはレーダーからSVの反応がある方を見た。

 騎士のような青いSVが高台の上に立っている。その周りをピンク色の小型飛行メカが旋回し、青いSVの両肩に装備されたシールドに合体した。


『FREESを辞めさせられたのに、そんなことする意味あるのかなゼナスちゃん? ココロなんて死亡扱いにされてるし、火葬されて骨だけだし、ドンダケーって感じなんだけど?』

 前後に分かれたコクピットの後方シート、体の半身を機械の中に埋め、不満げな声を上げるウサ耳の帽子を被った女性、ウサミ・ココロは言った。


『だとしても守ります。この《オンディーナ》で絶対に死者は出すわけにはいきません!』

 前方シートのゼナス・ドラグストは《隕石竜》を睨む。コンソールの画面をタッチして《隕石竜》の弱点であろう胸部の露出した結晶体に照準を合わせる。


『死者……ねぇ? ちょっとココロの身体を見てみなさいよ、コレ?』

『ウサミさん、もう一度さっきの飛ばしてください。撹乱させて一気に近付きます』

『…………さあ行っちゃって、ドールフェアリー達ぃっ!!』

 ヤケクソ気味に叫ぶウサミの目が光る。

 再び両肩部シールドから分離する飛行メカは《隕石竜》へ向かって飛翔した。不規則な軌道を描いて《隕石竜》を翻弄する飛行メカを囮にして《オンディーナ》が動く。


『人形使いはキッズ達相手で慣れてるのよ。ほらほら、こっちこっち!』

 腕を広げて遊ぶように振る回すウサミの手の動きが飛行メカに反映される。玩具を取られた子供のように《隕石竜》は追い回した。


『知能は低い。これなら』

 気を取られて隙を見せるタイミングを見計らい《オンディーナ》は姿勢を低くして正面に潜り込む。

 電撃を帯びた刀剣で突きの構えを取った瞬間、コアが激しく閃光を放つ。拡散する細かな光弾は《オンディーナ》に降り注いだ。

 ゼナスは《オンディーナ》の刀剣を持つ手を高速回転させることで光弾を弾き、後ろへステップ移動しながら《隕石竜》と距離を取る。


『頭いいじゃないアイツ!?』

『見られた感じがした……目でもあるのか? 見ているからどうだって言うんだ!?』

 再度、接近戦を試みるも中々、懐に攻めいることが出来ない。繰り返せば繰り返すほど《隕石竜》はゼナスの戦い方を学習した。


「ゼナス様、私も今行きます!」

『君はそこに居てくれ! この島の人々は私が守る!』

 しかし、一進一退の攻防は徐々にゼナスとウサミを追い詰める。

 蚊帳の外にされたマコトは戦いに参加できず、ただ呆然と眺めるしかできない己の未熟さや惨めさ、悔しさに腹が立っていた。


「守られてばっかだ……私って」

 その心に燃える小さな炎が《ゴッドグレイツ》に大きな力を呼び覚ますのだった。


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