#46 オペレーション・コメットブレイカー

 宇宙戦。シミュレーションで何度も繰り返し練習したが実際の感覚はやはり、と言うか全く違う。

 前後、左右、上下に底無しの闇が広がっていた。

 移動しても僚機以外、背景が変わらないのが不気味である。

 暗黒の宇宙に大きな体躯をした深紅の魔神、《ゴッドグレイツ》の姿が異様に目立ってしまっていた。

 これが対人戦なら狙ってくれと言っているようなものだな、とマコトは眉間に皺を寄せる。


『心配するなよ。背中は私に任せろ、お前はただ前を見て、向かってくる石っころを叩き壊せばいいだけだ』

 背部コクピットのオボロが元気付けてくれる。モニターに映る彼女は、いつもの巫女服とは打って代わり子供サイズの宇宙用スーツを着ていた。


『二人でもやれるところをガイに見せつけてやらねばな?』

 今の《ゴッドグレイツ》は中身となるSVを欠いている。

 元々、マコトがキーとなり性能を発揮していた《ゴッドグレイツ》が力を失い、形状の違うSVとでも可能だった合体能力も不可になった。

 なので今は手足に分離変形する《カグツチ》を無理矢理にくっ付けている状態だ。

 更に、頭部である《ゴッドグレイツ》の本体の《ジーオッド》が乗り手であるガイを拒否したのである。

 マコト以外のパイロットを拒み、普段はオボロが搭乗している背部コクピットもガイが乗り込む場合でもシステムエラーを起こす。

 なので、この数日間マコトは《ゴッドグレイツ》に乗りっぱなしだった。

 

『娘を男に取られたくない父親の気持ちなのだろうな』

「父? ゴッドグレイツが?」

 これまで搭乗していて薄々と思う何かに抱かれているような暖かみ。遠い記憶の中に存在する、大切な人が自分を見守ってくれている。

 そんな不確かなものを感じて今日まで来たが、マコトは未だに確証が持てない。


「なら、なんで力を貸してくれないの?」

 いつものような炎の力を《ゴッドグレイツ》は発揮しないし、マコトの心と体に燃えるような感覚も起きていない。


『宇宙……真空で炎を点火させるというのは不可能らしいぞ』

「でも太陽は燃えてるじゃん」

『さてな、そこまでは知らぬわ。それが宇宙の神秘ってやつなんだな』

 そんな単純なことだろうか、とマコトは思った。


『ゴッドグレイツのお二人さん。お喋りはいいが、そろそろ隕石群がそちらのポイントに向かってくる……何やら加速しているみたいだが気を付けてくれ。気合いを入れろよ?!』

 後方からの通信で《月光丸》の女艦長ステラ・シュテルンが激励する。もし取り逃しがあれば艦砲射撃て打ち落とす寸法だ。マコト達リターナーを含めイデアルフロートのチームもいる。決して難しい任務ではないはずだ。


「了解です……」

『…………マコトよ。宇宙の神秘で感じたことが一つある』

 オボロが神妙な顔で言う。それと同時にレーダーが複数の物体の接近が迫っていることを告げる。


『あの石っころには意思がある』

「ダジャレを言ってる場合?」

『偶然だ馬鹿者っ! この任務、楽な仕事ではないということだ……前方、来るぞ!』

 真っ直ぐこちらへ迫る三つの隕石。眼前に迫る目標を前に、マコトは思わず《ゴッドグレイツ》を上昇させ隕石の衝突を避けてしまった。


『逃げてどうする! 腕のソレは飾りじゃないんだぞ!』

「だって……これで本当に壊せるの? こんなんだっけドリルって?」

 焦るマコトは《ゴッドグレイツ》の両腕に装着された物を見つめる。

 マコトが想像していた“三角コーン”の形状をした尖った先端のドリルとは程遠く、例えるなら大きな“スティック糊(のり)”のような筒状の形で、細かな突起物や溝がある不思議なドリルだった。


『岩盤掘削用回転式破砕機……〈スパイラルプレッシャー〉とヨシカは名付けたぞ』

「名前なんかはどうでもいい。けど、イイちゃんが作ったのなら信用できる。行くよ!」

『出力の制御は任せろ。マコトは壊すことだけを考えればいい』

 機体の向きを隕石の方へと合わせ《ゴッドグレイツ》は背部スラスターを吹かせ加速する。両腕のドリルを高速回転させて勢いよく隕石へと叩き込んだ。固い岩肌を振動する細かな突起物と刃で砕きながら貫いていく。


「まずは一個目!」

 粉々に破壊した隕石を振り払って《ゴッドグレイツ》は次々やってくる隕石へ積極的に向かっていった。


『上からも来るぞ!』

「だぁぁぁぁーっ!!」

 すかさず天高く伸ばしたアッパーカットで隕石をバラバラに粉砕する。


「何なの今のは……? 明かに死角から飛んできたの?」

『左右、同時だぞマコト!』

「あぁん、もうっ!」

 とにかく目標を捌き切るしかない、とマコトは四方八方から飛来する隕石を一つ、二つ、さらに十や二十も、《ゴッドグレイツ》に近づく物は全て確実に破壊していった。

 砕け散った隕石の中にある宝石のような物体の破片が、宇宙空間に散らばってキラキラと輝き幻想的である。


『……やはりアレが奴等の核と言うわけか』

「何だか知らないけど、これぐらいなら楽勝よね?」

『そうかな………… マコトよ、何だか嫌な予感がする。もっとを注意深くなれ』

「平気平気! ゴッドグレイツの力は無しでも問題ないわ」

 楽観するマコトにオボロは少し苛立ち感じながら、コンソールのレーダーではなく自分の持つ感覚で周囲の様子を警戒した。

 砕けた隕石の欠片に意思はない。

 しかし、まだ暗闇の先には大きな意思が接近しつつあるのを察してオボロは身震いしてしまう。目を凝らし未だ目標が見えぬ闇の彼方を見つめる。


『オイオイオイ! 小型にそんな張り切ってどうするお前ら? もっと大きいのを狙え!』

 オボロの集中を邪魔するかのように突然、通信を入れてきたのはガイだ。量産機ではないトリコロールカラーの派手な配色、オーダーメイドのオリジナルで小型ながらも重装備なSVに乗っている。


『男なら巨大な獲物を一気に壊すっ!』

 一際、大きくけたたましい警告音が鳴り響く。膨大な質量を持った物体が高速で近づきつつあった。


「……別にアンタと撃破数を競ってないから」

『そこは射線に入る。さっさと移動しろよマコト』

「潰されちゃえ!」

 名を《スーパーゼアロット》と言うSVm両は腕に装備している大型粒子砲を一つに重ね合わせた。二つの射出口に光が灯されエネルギーが充填されていく中、大きさ数十メートル級の大きな岩石の塊がすぐそこまで迫る。


『体の力が吸われる? フォトンバスターキャノンと俺の力比べか……なら、あの岩にぶつけて見さらせやッ!』

 ガイはトリガーを力一杯に引いた。

 放出された二つの光条が巨大隕石を飲み込むと、一瞬にして塵の一つも残さず跡形もなく消失させてしまった。


『…………ば……バカ野郎、何てもの渡しやがるんだ。あの仮面男は……!?』

 ガイの全身から汗がドッと吹き出し、急激な疲労感に襲われる。思わずヘルメットを取り、パイロットスーツの上だけを脱いだ状態にする。


『ふぅ……どうだ? ミナモ、機体を交換しないか?』

 後方で《スーパーゼアロット》の砲撃を見ていたSVに通信を送る。


『ぅえっ?! い、いやぁいいっス!? いいっスよ?! オレはこの機体で十分満足っスッ!!』

 首を思いきり横に振るミナモ。

 彼女の乗っている機体は宇宙仕様の《戦射(イクサイル)》だった。

 マコトのせいで自分の機体を失い、新しいSVを用意してくれると聞いてワクワクしていたミナモだったが、元と同じ機体を宛がわれ不満だった。

 そもそもリターナーのSV部隊ではないガイだけ特別な機体ばかり乗っている。


(でも、あれは……オレが乗るにはちょっと強すぎる機体っスねぇ……)

 出撃前に駄々を捏ねたミナモだったが《スーパーゼアロット》の凄まじい一撃を放つ姿を見て、心の中で怖じ気づいてしまった。


『後方支援なら任せるっス! このミナミノ・ミナモ、精一杯がんばるっスよ!!』

 ミナモの《戦射》は両手のバズーカを掲げて見せる。


『そうかよ……まだまだ来るな。欠片も地球に落とすんじゃねーぞ!』

「上裸! 早く着なさいよバカッ!!」

 ガイからの通信を遮断するマコトだった。



 隕石群の侵攻はマコト達が思っているよりも激しくなってきた。

 数、大きさ、速度。

 破壊していく度にそれらは増大していき、隕石は明確にマコト達へと襲いかかってきた。



『サナちゃん、そっちに行きましたわ!』

「今こっちもやってる…………くそっ、また動きが鈍くなった」

『こちらは《Gアーク・アラタメ》に任せろ。二人はエネルギーの補給に戻れ』

『分かりました天草大佐。ほら、行こうサナちゃん』

 アマクサ・トキオの《Gアーク・アラタメ》が率いる月のSV隊にこの場を預け、マコトの《ゴッドグレイツ》はトウコの《戦人》に引っ張られて戦域から離脱する。

 初めの内は勢いのあった《ゴッドグレイツ》だったが、戦い続けるにつれて機体の制御が思うようにいかず、今は仲間のカバー無しではまとも戦える状態ではなかった。

 受けたダメージは軽傷、エネルギーの残量がまだ半分近くあるにも関わらずだ。


『駆動系に問題はない。表示がおかしいのか?』

 計器を叩いて直そうとするオボロ。すると、


「…………あっ、来る」

 いつもの覚醒状態と比べて微々たるモノだったが、マコトの身体に衝撃が走る。

 それを感じ取ったのはマコトだけではなく、一緒に居たトウコも同じだった。


『ふふ、一緒なのねゴーイデア……』

『高熱源!? 避けるぞ二人ともっ!!』

 オボロは操縦桿とフットペダルを思いきり押し込み、全身のスラスターで機体を加速させる。

 二機の頭上を光弾が瞬く間に通り過ぎた。

 マコト達が後方を振り向く瞬間、花火のような目映い閃光の大輪が隕石群の大半を消失させて花を咲かせた。


「……狙ったな。アイツからイヤな気を感じる」

『違うよサナちゃん。アレは私にだよ……そうだよね、亜里亜』

 トウコは目の前に現れた白き巨神の姿をしたSVを眺めて微笑む。

 その機体はマコト達の知る《ゴーイデア》によく似ていた。更に、機体から発しているエネルギーの波長は《ゴーイデア》と同じものであると《ゴッドグレイツ》 のレーダーは認識していた。


『……《Gアルター》は誰にも負けない。サナナギ・マコトにも、お姉ちゃんにも……!』

 敵意というオーラを発しながらアリスの《Gアルター》が突撃。マコト達へと襲いかかった。

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