361 グイン・サーガ外伝20 ふりむかない男―アルド・ナリスの事件簿 2

06.01/ハヤカワ文庫


【評】う


● 商業で出た薄い本


 拷問によって寝たきりになってしまったアルド・ナリスが安楽椅子探偵する、スピンアウトシリーズ第二弾。ナリスの好物であるカラム水によって成り上がった<カラム水王>の不審な死と、それにまつわる幽霊の話。


 よく見ると外伝18では『アルド・ナリス王子の事件簿』だったのに今回は『アルド・ナリスの事件簿』になっている。外伝18は本編以前の王子時代の話だったのが、今作は本編中の出来事になっているため「王子」がなくなっているのだ。ならはじめから王子をつけるなと云いたいが、きっとはじめは本編以前の話に限定するつもりだったんだろうね。行き当たりばったりは薫のいつものことだから仕方ないね。


 さておき本作。

 いつも通りにストーリー密度が薄すぎるし、同じ事がくどくど書かれているけど、思ったほどつまらなくはないな……と思って読んでいたのだが、後半、謎解きの段になって読みながら寝ている自分を発見して、逆に驚いた。ミステリーの謎解きの途中で寝るって、それ作品自体がどうでもいいって証拠ですがな……。

 この時期の栗本薫のいつものことと云えばそれまでなんだが、つまらないというか、とにかく面白い部分がないのだ。

 文も内容も薄くてぐだぐだで、書けば書くほどナリスがただのバカにしか見えなくなるのはもうしょうがないとして(いや、本当はしょうがないで済むようなことじゃないんだが)、とにかく謎解きということになっているシーンで語られるナリスの推理が純度100%の妄想であり、いままでの話から推測できるようなことがほとんどなく、物証も状況証拠もなにも押さえておらず、本人にしてからが「犯人をしぼりあげて聞き出すしかないけど」とか云っちゃってるので、これを推理と呼ぶことができるのであろうか。いやできない(反語)。


 べつにミステリーとして推理やトリックが強引なのがいけないとまでは云わない。本当はいけないのだが、そもそも本格ミステリーということになっている伊集院大介シリーズでも強引な推理やトリックがいくらでもあったので、それだけならばもう慣れている。

 だが今作にはその強引さを上回るようなストーリー展開の面白さやキャラの魅力というものがまったくないので、欠点ばかりが気になってしまう。そもそもカラム水事業が妙に近代的というか、これまで描写されてきたパロの文化水準からすると違和感があり、ファンタジーとしてどうなのよという点もある。

 こうしたもろもろを合わせると、一見いつもの栗本薫的な凡作のように見えながら、論理性のなさにミステリーとしてガッカリし、世界観のいいかげんさにファンタジーとしてガッカリし、ナリスの頭の悪さにキャラのファンとしてガッカリし、という驚異の三重殺を華麗に成し遂げたているあたり、意欲作といえるかもしれない。


 アルド・ナリスを名探偵としたスピンオフ、という企画自体が悪いとまでは云わない。たしかに「中世レベルの文明に近代人の精神を持った人間がまぎれこんでしまった」というナリスの初期設定は、ファンタジー世界でのミステリーを展開させるのに適任だ。

 だが栗本薫のストーリーテリング能力、ことにミステリーとしての構成力がガタガタに壊れた晩年に書いてしまったことが作品クオリティにもろに出てしまっているし、大長編がまだまだ続いている中で、作中で死んでしまったキャラを書きたいがために並行でスピンオフ作品を書くというのが、なんとも潔くない。はっきり云って本編のストーリーを追うのに邪魔だし、せっかく重要人物がストーリーから退場したというのにしょっちゅう外伝で顔を出しているのだから淋しさとか感慨深さとかがまるでない。ただでさえ本編退場間際のナリスなんて死ぬ死ぬ詐欺でイライラさせてくれて、一度はグインで一番好きなキャラであったはずなのに「いいから死ねよ。黙って死ねよ。見苦しい」という気持ちにさせてくれていたのに、死してなおイライラさせてくれるなんて、もう勘弁勘弁ですよ。


 本編退場後のナリス外伝は三作あるが、これらは「スッキリしないなあ、もう!」という苛立ちを与えてくれる残尿感三部作とでもいうべき存在であった。ナリスの死から十年、せめて五年くらい空けてから書いていれば「ナリスに久しぶりに会えた」という気持ちにもなれただろうに……。

 と、初読時は思ったものだが、実際にはナリスの死から十年経たずに作者も物故してしまったので、仕方なかったのかな、という気がしないでもない。探偵物なんだし、お遊びの同人誌だと思ってなまあたたかい目で見てあげるべきだったのかな……それでも『初恋』はちょっと邪魔だったかな……せめて死ぬ前にやってくれよあの話は……。

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