078 グイン・サーガ外伝5 時の封土

1984.12/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有


【評】うなぎ(゚◎゚)


● 初期グイン・サーガの魅力が詰まった短編集


 グイン・サーガの様々なキャラを描いた短編集。『湖畔にて』『風の白馬―レムスの恋唄』『時の封土』『白魔の谷―氷雪の女王再び』『樹海―黄昏の国の戦士』収録。


『湖畔にて』

 十三歳のアル・ディーンが兄ナリスとマルガ離宮で暮らしていたある日、自分が酒場女の息子として女官に蔑まれていたことを知り衝動的に家出をし、とある老人と出会う話。

 少女漫画的ないじめられっ子のあたし可哀想話であるが、短く抑えた文章がマルガ湖畔の美しさを引き立たせ、ただ一夜のみの邂逅と、ディーン当人がその意味をついに知らずに終わる切なさを見事に描いている。魚と話せるという老人の言葉も先達の含蓄に富み、またディーンを河、ナリスを湖と評することによって、今後の二人の運命を示唆し、本編の面白さをあげることにもさりげない一役を買っている。腹違いの弟に複雑な感情を持ちながらそれを秘めて愛するナリスの姿もまた、妖しく魅力的に映る。

 なんでもない短い話だが、良い短編である。

 本作の評とは多少ずれるが、この作品を再読する直前に同じ時代のナリスとディーンを描いた外伝18『消えた女官』を読んだのだが、文章のちがいか、マルガ湖畔の美しさもディーンの可愛さもナリスの魅力も圧倒的にこの短い話の方が勝っており、グイン・サーガという作品のたどった二十年の歳月というものを感じてしまい、切なくなってしまった。


『風の白馬―レムスの恋唄』

 本編でノスフェラスを脱出し、友好国である草原のアルゴスからパロへの帰還を果たそうとしている頃のレムスが、草原で白痴の少女と美しい白馬に出会う話。

 全編、レムスのポエムに満ちており、話としても単純なものなのだが、その詩情に満ちた文章が大変に美しい。一心同体であったリンダが恋をし心が離れていく寂しさ、草原をわたる風のはかなさ、駆け抜けていく白馬の美しさ、自ら気づくこともなかった恋の終わり。さりげない一文にも郷愁じみた胸をしめつけるものがあり、「ああ、栗本薫とはこんなにも心の弱いところを衝く文章を書く人だったのだな」と思い出し、感じ入ってしまった。

 レムスが主役となる唯一の作品でもあり、少年の日と決別しパロの王となる彼の今後を期待させる好篇であるが、本篇でのレムスの扱いが年々適当になっていくことを考えると、より切なくなる。この弱く繊細な少年が、だからこそ大きな器の王になると思っていたんだけどなあ……。

 余談だが自分の持っている初版では目次で本作のタイトルが『風の白鳥』となっている。思いっきり誤植である。 


『時の封土』

 辺境を旅するマリウスとグインは、道に迷い地図にない城へとたどり着く。だがそこは呪いにより外界から隔絶された時の封土であった――

『小説新潮』で一年間にわたって連載された、様々なジャンルを書き分けるという試みの「ヒロイック・ファンタジー」の項で掲載された作品。そのためグイン・サーガとしては珍しく(唯一?)初出が早川書房刊ではなく、連載をまとめた『十二ヶ月』(新潮社刊)にも収録されている。

 初出がそうした、グインをまったく知らない人が読むことも想定した場であったため、全外伝の中でももっとも短編ヒロイック・ファンタジーの形式を踏襲した読み切り作品となっており、どちらかというとプロトグインとも云うべき『トワイライト・サーガ』の方にテイストが似ている。二人組が道に迷って城に迷いこんだら呪われていたという導入からして一作目の『カローンの蜘蛛』そのまんまだし。

 さておき内容は、陽気でおしゃべりで女好きのマリウスと無骨なグインという二人組に冒険ものとしての安定感があり、重厚な文体と相まって良質な作品となっている。特に封じられていた時の光景が万華鏡のように次々とあらわれては消えていく描写は、濃密で臨場感にあふれており、作者のたしかな力量に圧倒される。展開自体は多少あっけないが、ベタで安定感のあるオチも含めて、これぞヒロイック・ファンタジーと云いたくなる、表題作となるのも納得する良作。


『白魔の谷―氷雪の女王再び』

『氷雪の女王』後、ヨツンヘイムを後にしたグイン、マリウス、イシュトヴァーンが黒巨人ローキとそのしもべである黒小人と戦う話。

 前三篇に比べると改行多め会話多めになっているため、文章がぐっと軽妙になっており、勢い良く読める。

 へたれているようで意外とはしこいマリウスと、常に減らず口を叩きマリウスをdisることに余念がないイシュトヴァーンの二人はやはり名コンビである。特にこの時期のイシュトヴァーンの言動は一言一言が面白くニヤニヤしてしまう。グインが不死身の黒巨人と戦っているときに、そのことを説明され「そんなのいるわけねえだろ」と斬りかかり、本当だとわかった瞬間「助けてグインえも~ん」となる変わり身の早さがとても愛らしい。強いんだか弱いんだかわからないが生物としてはとにかくタフなこの頃のイシュトヴァーン△□☓(さんかっけーしかくなし)。本当にもうこの頃のイシュト大好き。この頃のイシュトは。

 

『樹海―黄昏の国の戦士』

 シルヴィア姫探索のため、辺境を一人旅するグインは、逢魔が刻、奇妙な老婆に出会い、怪物退治を頼まれる。シルヴィア姫の行方の手がかりと引き換えに依頼を受けたグインは怪物のいる谷へと向かう――

 これもまた、絶妙なタイミングで挿入されている外伝である。攫われたシルヴィア探索のために東方の魔境へとグインが足を踏み入れる外伝10~外伝15の一連の話を『黄昏の国の戦士』と呼称するが、本作はその顔見せとなる一編なのだ。初出は『SFマガジン82年12月臨時増刊号』であるから、本篇では12巻が出るか出ないかといった時期である。

『黄昏の国の戦士』シリーズの挿入される時期が本篇45巻以降に当たり、長編一作目『幽霊島の戦士』の初出が一九九五年十一月発売の『グイン・サーガ』読本であることを踏まえると、実に十三年後の展開を一部先取りした発表となるわけだ。本篇よりははるか先であるが、『七人の魔道師』の時代よりはぐっと近く、中間地点のランドマークといったところか。緻密な構成を感じさせる絶妙な配分である。

 とはいえ本篇でシルヴィアを誘拐したのはエロ家庭教師のエウリュピデスであるのに「何者とも知れぬ黒衣の賊」と書かれていたり、キタイの都ホータンを訪れたあとであるのにまだシルヴィアを助けていなかったり、この時点でかリンクトゥムの地の涯てや古代帝国カナンの遺跡に足を踏み入れたことになっていたりと、細部はやはり適当であったことが窺える。知ってたけどね! そこまで緻密だったら薫じゃないしね! それくらいの冒険が本篇からこの話の間にあるのだ、という大見得を切って読者をワクワクさせることが大事だもんね! 

 まあ、登場するランタン婆と大烏が、後の『黄昏の国の戦士』シリーズに登場する大鴉のザザの原型を思わせることなども踏まえて、正式に年表に加わるエピソードというよりは、試作品と考えた方が良いか。

 一編の物語としては、これまでの外伝ともまたちがう荒涼とした光景と、表紙にもなっている半人半木の樹怪の不気味さが光るなかなかの作品だ。



 総じて、グイン・サーガの様々な魅力や可能性が詰まった良い短編集だ。

 正直なことをいうと初読時はあまり冒険ものに興味がなかったため、そこまで面白いという印象はなかったのだが、改めて読むといずれも劣らぬ良作ばかりである。


 ちなみに本作に収録されている『湖畔にて』『風の白馬』『樹怪』の初出となる『SFマガジン82年12月臨時増刊号』とは、これらに『氷雪の女王』と『カローンの蜘蛛』の初出となる丸々一冊グイン・サーガ特集号である。

 いま手元にあるのでついでに紹介すると、ドジ様の手によるナリスの横長カラーピンナップにはじまり、新井素子や大島渚などの各著名人たちによるグイン・サーガへの想いを語ったエッセイ、ノスフェラスの生き物図解、栗本薫へのインタビュー(カットが中島梓)、読者の熱いお手紙や投稿イラストに、四つのファンクラブの紹介(住所と集合写真付き!)など、個人情報にゆるかった時代ならではの熱い本になっている。ファンが勝手に作ったアニメ版オープニングのカットも掲載されているが、〇九年に放映された実際のアニメ版よりも面白そうである。

 かのように、栗本薫がとてつもない輝きを放っていたことがわかる増刊号となっており、やはり今となってはいろいろと切なくなってしまう。ホント期待の新星だったのだよなあ……。

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