第80話 ピアス

部長からの通信メールにはA子の危険性が書かれていた。

俺がこれから冷凍装置を運ぶと第二体育館のA子と同室することになる。

そうなれば俺はA子に殺されるだろうと部長は言ってきた。

わからない。

そう断定できるものか。


次に逃亡の可能性だ。

確かにA子がこのまま地球に帰還すると逃亡してしまう可能性が高い。

地球帰還の直前に、このゼラニウムは月面の基地に降りる予定だ。

そして地球との往復船で俺は地球へ戻る。

A子はどこかのポイントで逃げるはずだ。

もちろん月面には警備員が待ち構えているが、人数は限られている。

そして基地には隠れる場所も多い。

月面基地はそもそも逃亡者をとらえることを想定していない。

彼女は逃げ切るだろう。

それが何だっていうんだ。


部長の言葉で印象に残ったのは刑罰についての話だ。

犯罪者が受ける刑罰は全て過去の行為についてのものだという。

それは当たり前だ。

まだやってもいない未来の犯罪の罰を受けることはない。

部長の話はこうだ。

現在のA子がどんなに改心していても過去の罪は消えない。

A子の場合は連続殺人のため死刑が科されている。

その死刑執行の前に彼女は逃げた。

刑は執行されなければならない。

どんなに現在の彼女が良い人間になっていても。


メールには緊急コードが記載されていた。

これは人工知能の紫さんの強制再起動を行うコードだ。

この文字列を声に出すだけで強制再起動が行える。

現在の紫さんはA子に協力している。

だから再起動はA子と話す前の状態に戻すことが目的だ。

しかしリスクもある。

体育館の切り離しを仮止め状態では何が起こるか分からない。

再起動中にバランスが取れずにこのまま惑星Tに落下するかもしれない。


最後に注文を出していた情報が届いていた。

それはA子のCの形のピアスについて。

冷凍装置に入る前には装飾品は外すはずだ。

死刑囚ともなれば、なおさらピアスなどは付けられない。

しかし現在のA子はピアスを付けている。

ゼラニウム内の何かの部品をピアスのように用いている可能性がある。

そこでどの部品なのかを本社技術部に調べてもらっていた。


あのCの形のピアスはハルカワの背骨を止めている医療用クリップだそうだ。

ハルカワは若いころに背骨を骨折して医療用クリップで止めている。

それは埋め込み式で死ぬまで取り出さない。

このCの形の医療クリップをA子が持っているということは、そういうことだ。

耳にピアスをしているA子の笑顔が強く浮かんだ。

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