第53話 絶叫

輸送機ゼラニウムの外、第三体育館の屋上にあたる部分に宇宙服が見えた。

俺は第二体育館の屋上部分で作業をしていたがハッキリと見える。

あれはA子か?

もし宇宙服をハルカワが着ていればハンドサインなどで知らせてくるはずだ。

あるいは人形か?

カラの宇宙服を人形のように使われたことを思い出した。

いずれにしても最悪のケースを想定するのがセオリーだ。

ここはA子がエアロックから宇宙に出て俺を襲いに来たと見るべきだ。


すぐさま俺は第一体育館のエアロックへ退避することにした。

短いローカルテザーを外してセーフティテザーを頼りに戻ろう。

A子がいくら急いでこちらへ来ても俺だって負けてない。

船外活動で素早く移動する技術では負けないつもりだ。

A子が俺に追いつく前にエアロックに入りハッチを閉めれば勝てる。

そう考えて俺は第一体育館の方向へさっそく移動を開始した。


俺「ハア、ハア、紫さん、聞こえるか?」


返事がない。

移動中に俺は無線で人工知能の紫さんを呼び出した。

無線機の故障かと思ったが予備回線まで同時に壊れる確率は低い。

なぜ返事がない?

そもそもA子が第三のエアロックを開けた時点で俺に知らせてくるべきだ。

船外カメラで常に監視している紫さんがそれを見逃すことはありえない。

なぜだ?

とにかく第一のエアロックまで帰ろう。

紫さんとの話はそこからだ。

と考えた瞬間、俺の上を白い物体が追い越した。

一瞬、目を疑ったがその物体は宇宙服だった。

あれはA子だ。

彼女は手に炭酸ガスを噴射するスプレーを持っていた。

このスプレーは命綱が切れて宇宙に飛ばされた時の最終手段だ。

これを進行方向と逆向きに噴射して輸送機まで戻る。

そのスプレーを使ってA子が高速移動している。

もちろん彼女はテザーを使っていない。


すでにA子は第一体育館の屋上を通過した。

これから逆向きにスプレーでブレーキをかける体制だ。

つまりA子は第一体育館のエアロックに入ろうとしている。

もし先に彼女がエアロックに入れば内側からワイヤーで封鎖するだろう。

すると俺は第一と第二体育館に入れなくなる。

食糧庫とコックピットのある重要な区画をA子に乗っ取られてしまう。


俺「紫さん!A子が侵入するぞ!こちら機長、聞こえないか!」


パニックになった俺は応答の無い紫さんへ絶叫した。





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