第44話 アイドル

紫さん「いえ。プリズン・グルーピー対策です。」


日本では犯罪者の氏名を公開する実名報道が基本だ。

これは実名を報道することによって警察を国民が監視する目的による。

例えば警察が暴走して罪もない市民を逮捕したとする。

その際に実名が出ていれば逮捕が間違っていると批判できる。

どこの誰が捕まったのか不明なら批判のしようが無いというわけだ。

というわけでA子も実名報道されていると考えていた。

しかしA子の氏名は伏せられているという。

つまりネットで検索されないようにA子の顔写真も非公開だ。

なるほど、どうりで見たことの無い顔だったわけだ。


俺「プリズン・グルーピーってアイドルの追っかけみたいなもんだろ?」


紫さん「はい機長。一般的には犯罪者に好意をもって文通などをしますね。」


俺「気分は悪いが犯罪者のグルーピーに実害があるとは思えない。」


紫さん「一般的にはそうです。」


俺「じゃあ何でA子の氏名が非公開になってるんだ?」


紫さん「ネットやSNSの発達で昔とは状況が変わりました。」


俺「今は名前と顔ですぐ詳細が検索されるからな。」


紫さん「はい、そしてグルーピーは犯罪者の膨大は情報に触れるようになります。」


俺「ネット上の犯罪者の個人的な情報に触れると、どうなるんだ?」


紫さん「はい、犯罪者のカリスマ的な部分に没頭してしまうのです。」


俺「・・・」


紫さん「こうして塀の外の協力者として動くグルーピーが多数出現します。」


俺「具体的には?」


紫さん「同様の手口で凶悪犯罪を模倣して無罪証明を試みた事件がありました。」


人工知能の紫さんの説明によると犯罪者は犯行手口をネット上に隠匿している。

協力者はその場所や暗号キーを教えられて、やり口を学ぶ。

模倣した犯罪が続発することで、真犯人が別にいるのではないかと疑念が広がる。

こうして犯罪者は無罪放免や再審の利益を得るわけだ。

他にも外部協力者の犯罪を防止するために司法取引が行われる。

犯罪者はグルーピーの情報を取引材料にして減刑を得ることになる。


つまり凶悪犯の氏名を公開するとネットを通じて多数のグルーピーが出現する。

その中には凶悪事件を模倣したり脱獄を手引きする者も現れる。

それを防ぐために実名報道を差し止めるケースがあるという。

以上の理由でA子の場合も実名報道がされていない。


紫さん「機長、いいですか。絶対にA子と闘ったり話したりしてはダメです。」


俺「分かってる。」


紫さん「ハリー医師のようにA子に操られる可能性もあります。」


俺「分かってる。直接しゃべらない。」


紫さん「A子は本格的な格闘術を学んでいる可能性があります。」


俺「そうか。」


格闘術というと軍事関係者から学んだのかな。

一瞬、軍人であるハルカワの顔が浮かんだ。

ハルカワとA子が地球で接触した可能性は無いだろう。

彼の経歴は徹底的に調べられて身元は保証されている。

ハルカワが軍の実験でゼラニウムに乗ったのは偶然か。


紫さん「機長、なにをしてるんですか?」


俺はキッチンの近くで宇宙服を着始めていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る