第29話 狼
第三体育館の冷凍睡眠装置から女が出てきて立ち上がった。
女はグリーンの手術着のようなものを着ている。
ハルカワ「・・・美人。」
俺「・・美人だ。」
ハルカワ「生きてる。」
俺「生きてるね。」
ハルカワ「本当に生きてる?」
俺「もう立ち上がってるから。生きてる。」
ハルカワ「移植用の遺体が冷凍輸送されているって聞いてた。」
俺「ああ。そう聞いてる。」
ハルカワ「どうする? 機長?」
俺「どうするって・・・ハルカワ、どう思う?」
ハルカワ「・・・どうって言われても。」
あまりのショックに二人とも無言になった。
ハルカワも冷凍睡眠装置の不具合で起きてしまったので直後の事を聞いた。
彼によると解凍直後は体があまり動かないそうだ。
彼女は今、立ち上がるのがやっとで頭もボーッとしているらしい。
それが無重力によるものか、解凍によるものかは不明だが。
俺はモニターで立っている彼女の顔を拡大して見ていた。
もし知り合いだったら顔を見れば分かるだろう。
・・・見たことも無い女性だ。
こんな美女ならば忘れるはずは無い。
しかし、あることに気づいた。
ハルカワ「機長、彼女を保護しに行こう。」
俺「・・・ハルカワ、ちょっと待って。」
ハルカワ「え?」
俺「ちょっと待って。」
ハルカワ「何?」
俺「ハルカワ、この第二体育館の前部の資材置き場からワイヤー2本用意。」
ハルカワ「・・? よく使う固定用の金属ワイヤー? あることはあるが。」
俺「それでエアロックのハッチを縛って封鎖して。」
ハルカワ「彼女はどうする? 第三体育館に閉じ込めることになる。」
俺「機長命令だ。すぐ封鎖して。理由は後で話す。」
ハルカワ「分かった、前に機長をエアロックに閉じ込めた感じだな?」
俺「そう。第二体育館右のエアロック外と内のハッチを2重に封鎖。」
この輸送機ゼラニウムは三つの体育館ほどのモジュールが川の字に並んでいる。
それぞれの体育館の通行はエアロックを通る。
真ん中の第二体育館はコックピットがあり、両方とつながっている。
右のエアロックは第三体育館とつながる。
その右エアロックを封鎖すると通行は遮断される。
封鎖はワイヤーをペンチで切るだけで外れるから数分で解除できる。
しかし外側からはワイヤーは切れないので封鎖すると人力では絶対に開かなくなる。
ハルカワがエアロックの封鎖を完了したのはカメラ映像で見えた。
その後、彼が封鎖の理由を聞いてきたので正直に言った。
これは俺の独特の感覚であり勘でしかない。
しかし状況から考えて、このような危険信号を感じるのは何かある。
もし俺が間違えていたのなら封鎖は数分で解除できるから問題ない。
とにかく地球の本社からの折り返しの通信を聞くまでは彼女は閉じ込めておく。
カメラ映像では彼女の白い顔は確かに美しく整っている。
肩までの黒髪、北欧かロシアの血が入っているように見える。
細身だが筋肉質の背の高いスタイルも美人が引き立つ。
表情の作り方は彼女が日本人であることを強く推認させる。
しかし彼女の顔の中心部からは、野生の狼の偏りをハッキリと感じた。
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