サイフォートはとても栄えた街だった。

街の入り口近くは市場になっており新鮮な野菜や、魔法で冷やされた酒などが並ぶ。

三日間木の実だけを食べていたアイリスには刺激が強すぎるくらい、おいしそうな臭いが辺りに充満している。

手持ちの金を確認し、出店で串を一本買った。

アイリスにとってしばらくぶりの肉だった。

アイリスはゆっくり味わって食べようとしたが止まらなかった。

結局、買って2分もしないうちに食べ終わった。

「ふぅ、おいしかった」

腹ごしらえを済ませたアイリスは、街の真ん中あたりにある酒場に向かった。

「街の情勢を調べるには酒場が一番ってお父さんも言っていたし、ちょっと入ってみようかしら」

アイリスが酒場の扉を開くと酒場は沈黙に包まれた。

そして、一斉に客が笑い出す。

「ここは託児所じゃねぇぞ。ガキはさっさと母親のとこに帰りな!」

アイリスはむっとしたがここで返せばまた笑われると思い、大人の対応をすることにした。

「マスター。おすすめは何?」

カウンターに立つ男に微笑みかけながら聞く。

「ミルクでも出してやろうか。お嬢ちゃん」

男は眉をあげながら答える。

アイリスの怒りは爆発寸前までいっていたが、心を落ち着かせる。

「私は18よ?この国の法律だとお酒を飲んでも問題ないはずだけれど。それとも、貴方は客を差別するの?」

男は目を見開いたが、鼻で笑う。

「嬢ちゃん。背伸びしたいのはわかるが、その見た目で18というには無理があると思うね」

アイリスの怒りはもう振り切れていた。

「人を見た目で判断するなぁぁ!」

カウンターに片足を乗り上げ男に殴りかかろうとするが他の客に取り押さえられる。

男はアイリスの剣幕に一瞬たじろいだが、すぐに元に戻る。

グルルと獣のようにうなるアイリスを見ながら、男は言う。

「元気だけはあるみたいだな。嬢ちゃんに噛みつかれでもしたら怖いから酒を出してやるよ」

アイリスは客の手を振りほどき、カウンター席に座り直す。

男はアイリスの前に小さなグラスを置いた。

棚から茶色い酒瓶を取り出し、注ぐ。

「これは、この店で一番度数の高い酒だ。これが飲めたら大人として扱ってやるよ」

アイリスは何のためらいもなくそのグラスに口をつけ、一気に飲み干した。

男も予想していなかったため、カウンターから身を乗り出す。

「あら、こんなものなの?もうちょっと強いものを想像していたわ」

アイリスがケロッとしていられるのにはわけがある。

アイリスは酒を飲んだ直後、こっそりと魔法を発動させていた。

アルコールでのどが焼けるように熱くなったのも一瞬だけ、すぐに調和されてアイリスは素面に戻る。

そんなことも知らずに男は素直に感心した様子でアイリスを見る。

「嬢ちゃん見かけによらずたいしたもんだな。約束通り、大人として扱ってやろうじゃないか」

アイリスはカウンターの下で小さくガッツポーズをした。

「それじゃあ、この街について教えてもらえる?」

男は腕組をしながらしゃべり始めた。

「ここは商業の街、サイフォートだ。人口は3万人、町長はクラークって男だ」

アイリスは口元に手を当てながら話を聞く。

「クラークは魔術師で頭の切れる奴だ。何でも不思議な魔法を使うらしいが、俺も顔を見たことがないんだよな」

顔を見たことがない?この街の町長なのに顔を見せないのか…。

アイリスは思考を巡らせながら話に耳を傾けた。

「まぁ、この町についてと言ったらこんなものか。何か質問はあるか?」

「いえ、ないわ。どうもありがとう」

アイリスは代金をカウンターに置いて店を出た。

表に出ると日の光で目がおかしくなりそうだった。

「…情報量にしては高くついたわ…」

一人で財布を確認しながら肩を落としていると、誰かが服の裾を引っ張った。

後ろを確認すると、フードを被った子供がアイリスを見上げていた。

「どうしたのボク?」

アイリスが聞くと無言でアイリスを引っ張った。

子供とは思えない力に抵抗する暇もなく、アイリスは路地裏へと吸い込まれていく。

「何よ急に。あ、もしかして子供に化けた変態?」

アイリスが慣れない戦闘態勢を取ると子供はフードを外す。

まだあどけない感じの顔つきだが目つきがやけに鋭い少年だった。

「バカか、君は」

少年はアイリスに対し、それだけを言った。

「何よ、バカって。もうちょっと年上を敬いなさいよ」

アイリスが前に構えた手を腰へ移動させて怒った。

しかし、少年はアイリスの説教を無視して話し始める。

「君、ノーツマスターだろ」

アイリスは驚いた。こんな小さな子がノーツマスターを知っているなんて。

「どうなんだい」

少年はアイリスに詰め寄る。

アイリスはその気迫にたじろぎながらも答える。

「ええ、そうだけど。なんでわかったの?」

「そりゃあわかるさ。だって…」

少年は喋っている最中に視線を表通りに移した。

一点を見つめ、止まっている。

アイリスがその視線を追うと、誰かが暴れているようだった。

「うるせぇ!俺に触るな!」

裏路地にまで怒号が響く。

「止めに行かなきゃ」

アイリスが身を乗り出して出ようとすると、少年が手を横に伸ばして止める。

そのままアイリスを睨みつけ、

「出ていくな」

と言った。

しかし、アイリスはその少年を睨み返し、怒る。

「あれを見て止めないほうがおかしいわ!止めてくる!」

「あっ、おい!」

少年の制止を無視して、アイリスは暴れている人のもとへ向かう。

暴れていたのはアイリスの二倍近くある巨人族の男だった。

アイリスは震えながらも、巨人の前で胸を張って立つ。

「やめなさい!街の人が困っているでしょう!」

巨人は一瞬止まったが、アイリスをつかみ持ち上げた。

「お前みたいな小娘の命令なんて聞くかよ!」

巨人は勢いよくアイリスを地面に叩きつける。

地面の石畳が割れ、その破片が辺りに散らばった。

「ハハ、お前らも俺に逆らったらこうなるぞ!」

巨人は砂埃のたつ広場でそう叫ぶ。

その様子はまるで、“大戦”のようだった。

「煩いんだよ、君」

砂埃の中から誰にも見えないようにフードを被った少年が出てくる。

少年は巨人に手を当て、呪文を唱える。

「第三級、“ベビーインパクト”」

少年が魔法を使うと巨人は立ったまま声すら上げずに気絶した。

巨人が意識を失うのを確認すると、アイリスを抱えて走り去っていく。

その様子を見た街の者はいなかった。

野次馬の目には巨人が突然動かなくなり、砂埃がなくなったと思ったら、少女もいなくなっていたように見えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る