第10話 魔族
「すみません。こんなことになってしまって……」
無線で連絡を取り終えた八木さんが、すまなそうに頭を下げた。
「あの、こういうことって多いんでしょうか?」
我ながら間の抜けた質問だった。
なんだよ、「こういうこと」って。
「私がここに着任して約十年になりますが、せいぜい年に数回といったところです。野生の
「えーっと、その……。危険……なんですよね?」
「もちろん、猪よりは遙かに凶暴で危険ですよ。異界の化け物ですから。CGでしか見たことのないような怪物が、本当に出てくるわけです。でも、そんなに危なくはないです。本当。本当ですってば」
ぼくたちが間の抜けた会話をしている間にも、空に浮かんだ黒い渦は大きさを増していく。
村の周りは森だらけで遠近感が狂うので、渦がどの位置にあるかは正確には分からない。けっこう遠くにあるように見えた。村の広場から、直線で数キロメートルといったところだろうか……?
渦の周囲には、黒い稲妻のようななにかが
ヤバい。逃げろ。
未知の脅威の出現に対し、本能がそう叫んでいる。
しかし、どこに逃げれば良いかという問いに、ぼくの理性は「八木さんとルシルの周りを離れないのが最善だ」と告げてくる。
二人のほうを見ると、ルシルは「なにをオタオタしてるの?」とあきれ顔だし、八木さんは「不安になるなというほうが無理ですよね」と言いいながら苦笑していた。
「モンスターが出てくるまでまだ時間があるでしょうから、ゲートについて説明しておきましょう。あの黒い雲の下のほうにある森の中に、世界をつなぐゲートがあります」
さきほどとは打って変わって、落ち着いた口調で八木さんが言う。
そして、「正確に言えば、蓋をされたゲートが、ですけどね」と付け加えた。
「ゲートに、蓋……? というか、あの渦はゲートではないんですか?」
「まぁ、あの渦も即席のゲートと呼べないこともないけど、私たちが“ゲート”と呼ぶ本物は別にあるのよ」
ぼくの質問に答えたのはルシルだった。
「あの渦の下の、山の洞窟にね。でも、そっちは魔法の結界とコンクリートでガッツリ固めてあるのよ。開けっぱなしだと、やつらが出てくるから」
彼女は退屈そうにそう言うと、懐から例のエルフタバコを出して火をつけた。
おい、山の中でタバコを吸うな。山火事になるぞ……。
ぼくの心配をよそに、ルシルはつまらなそうに話を続ける。
「あたしたちは、敵がこちら側の世界に入ってこれないように、厳重にゲートを閉ざしたの。でも、ゲートの存在自体をなかったことにはできない。ゲートの周辺に、強い負荷をかけると、その周辺に小さな穴——綻び——が生まれるの。綻びは本物のゲートと違って時間が経てば勝手に閉じるんだけど、敵はここぞとばかりに怪物を送り込んでくるってわけ」
「きみたちの言う敵って、いったい何者なんだ」
ぼくの問いに、ルシルは眉をしかめ、掌を天に向けた。
「……分からない。あたしたちは便宜的に『魔族』と呼んでいるけど」
「分からない……? 敵の正体が?」
「何もかもよ。奴らがいつどこで生まれて、何の目的を持って、あたしたちに敵対し、攻撃してきたのか。すべてが謎なのよ。いまでもね」
ルシルの口元が、皮肉げに歪む。
「少なくとも、あたしが子供だったころ……二百年前には魔族なんていなかった。あいつらは突然現れたのよ。そして、あちらの世界でいくつもの国々が滅ぼされた。あたしたちの住んでいた、古き王国——デルスメリア聖王国——も、約七十年前に滅んだわ」
ひょんなことから、ルシルの実年齢が明らかになった。
この外見で二百歳以上か……。ぱっと見は十代後半なのにな。
いや、いまはそんなことはどうでもいい。ぼくは何を考えているんだ。
「ルシルたちのもともといた世界は、その後どうなったんだ……?」
「分からない。やつらの侵略ペースを考えると、残っている国はまだまだたくさんあると思う。でも、こうやってゲートの綻びから怪物を送り込んでくるんだから、やつらの勢いが弱まったわけではないでしょうね」
そのとき、八木さんがぼくの肩を叩いた。その手には小型の双眼鏡が握れている。
「ほら、おいでなすったようですよ」
手の中に押し込まれた双眼鏡を目に当て、漆黒の渦に目をやる。
黒い稲妻の迫力に、心臓が縮こまるような感覚にとらわれた。
「あ……」
渦の中心から、黒い影が這い出してきた。
蛇のような長い首が、ぞろり、ぞろりと少しずつ姿を見せるたびに、黒い稲妻が激しく炸裂しる。
目が眩んだ。
『グォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!』
突如として、耳を聾する咆哮が山々に響き渡った。
木々が揺れ、枝が震える。遠くから、おびえる獣の鳴き声がした。
「へー。竜なんか送り込んできたのか。ま、亜竜くらいじゃ、何匹送り込んできても無駄だけどね」
笑いを含んだルシルの声が耳を打つ。
竜、だって?
よく見れば、蛇だと思っていたそれには、前足のようなものある。
『グォ……オオオォォォ……オオオオオオ!』
再度の咆哮。
それとともに、ルシルが亜竜と呼んだ者の全貌が、ぼくの目の映った。
蛇のような細い首と胴体。そこにコウモリのような大きな翼と、飾りのような細い手足がついていた。
見た目はなんだか貧相だが、それゆえに邪悪で狡猾そうな印象を与える。
「あれ、何メートルくらいあるんでしょうか……?」
「全長だとメートルくらい。翼幅も十メートルちょっとかな? 近くで見るとなかなかの迫力よ。ま、ザコさけど」
「いや、ザコって……」
そんなわけがないだろう、と言おうとすると、ルシルは村の方角を指さした。
双眼鏡で見ると、広場に人影があった。
SATのようなプロテクターに身を包んだ、エルフのたちの一団だった。
その手には自動小銃のようなものを抱えている。
そして、背中には透明な羽のようなものが見えた……。
「あたしたちの力、見せてあげる」
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