全員参加! 選抜総選挙!!【短編】

ジェリージュンジュン


『隣の芝生は青い』




とは、よく言ったものだ。


人はなぜ、自分以外の所有物が、輝いてみえるのだろうか。


例え、それが実際はそれほどの価値が無くても。


人は、他人の物を欲しがってしまう。


永遠にそういう生き物なのだろうか。





*****





「またこの季節か……」



ハア――



俺は、ため息混じりにエントリー表を眺めながら、髪をかきむしった。


そう。


今週はあのイベント。



『全参加型・選抜総選挙』



毎年例外なく盛り上がる、この一大催しが行われる。


まあ、簡単に言うと、人気投票だ。


そう。


俺たちには、それぞれ、『推しメン』と呼ばれる、自分が最も大好きで、一番人気になってほしいメンバーがいる。


ちなみに俺は、ずっと変わらず、同じメンバーを推し続けている。


あぁ。


今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。



味わったことのない感動――


自然に涙がこぼれ落ちるような感覚――



初めて出会った時は、それほど衝撃的な大事件だった。


美しい。


とにかく美しい。


その一言だった。



俺は一目見たその時から、心を奪われ、ずっとそのメンバーを推し続けていた。





*****





「なあ、お前、今年は投票どうするんだ?」


「え?」



ドキッ――



同僚の問いかけに、目を丸くして戸惑ってしまう俺がそこにいた。


『目が泳いでいる』という言葉は、今のこの俺の状態を指すんだと、辞書にすぐさま書き足したいぐらいだ。



「どうせ、いつも通りに投票するんだろう?」


「う、うん……まあ…………」


「いいよな~、俺はお前の推しメンのほうがほんとは好きなんだけど、いまさら浮気できないしな~」


「ハハッ……何言ってんだよ。俺から見れば、君の推しメンのほうが、絶対綺麗で魅力的だと思うけどな」


「え~、そうかな~?」


「そうだよ。ほら、そう言うのって…………」



隣の芝生は青い――――



俺は喉まで出かかったその言葉を、丸のみするように、グッと飲み込んだ。


理由はいたって簡単。


まさにその通りだなと、ふと思ってしまったからだ。


そう。


実は最近の俺は迷っていた。


なぜなら、長年大好きだった推しメンに、魅力を感じなくなっていたから。


それが理由だ。



ただ、今さら、推しメンを変える勇気もない。


今まで投資してきたことが、全く無駄になってしまう。


推しメンを変えるということは、注いできた俺の愛がゼロになり、いったんリセットされるということ。


そこだ。


そこの一歩を、まだ俺は踏み出せないでいた。



「で、どうなんだ?いつもと同じように投票するんだろ?」


「うん、まあ…………そうなるかな」



だから、だからだ。




俺はモヤモヤした気持ちを抱えながらも、推しメンを変えることなく、選挙当日を迎えることになった。




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