月桂樹の誓い 6

 城山公園は一条悟が住む借り物の洋館から近い場所にある。遊歩道の先まで行けば展望台があり、鹿児島市東部から錦江湾、そしてそこに浮かぶ桜島までを一望することができる。散歩を日課とする者から団体旅行客まで訪れるここは絶景のスポットとして有名だ。この日も数台のバスが停まっており、土産物屋に大勢の人が並んでいる。他県からのツアー客らしい。


 一条悟は駐車場から、その様子を眺めていた。こちらにも数台の乗用車が停まっている。客が乗って来たであろう物の他、外回り中の商用車もあった。運転席で営業マンらしき男がシートを倒し、昼寝をしていた。時刻は午後二時前。今日も残暑のさかりである。


「電話で言ったとおりだ。昨晩、潮崎は襲われ、殺された」


 制服姿の鵜飼は自分が乗って来た社用車の脇で言った。薩国警備とロゴがうたれたステーションワゴンだ。変わらぬ悟の表情からは内心を伺い知ることはできない。つい二日と少し前、試合をした男の死を彼はどのようにとらえているのだろうか?


「背中から攻撃を受けたのち、前から斬られていた。相手は複数だ。ちなみにA型以外に異能力の使用による気は感知されなかった」


 S型と呼ばれる超常能力がある。“気を見る能力”だ。それを持つ薩国警備のEXPERが犯行現場を調べた結果だった。A型の気は潮崎のものと思われる。


 異能者が能力発動に伴い消費する気は一定時間、大気中に残留する。外的放出アウトサイド・リリースならばわかりやすいが、内的循環インサイド・サーキュレーションであっても微量が体外に漏れる。それを感知できるのがS型の超常能力者だ。


「もちろん相手にA型がいた可能性もある。が……」


「気の放出を抑制する“なにか”を使った可能性もあるな」


 鵜飼の言葉を悟は遮った。気の放出を防ぐアイテムが世間に出回っている。犯人たちはそれを身に着けていたのかもしれない。


「潮崎の傷から察するに相手が異能力を使わなかったとは思えん」


 と、鵜飼。潮崎が背中から受けた攻撃は異能抜きの通常の力ではなしえないほどの強烈な打撃痕だった。連中が気を消す理由はS型のEXPERに自身の異能力を特定されることで正体がバレるのをおそれていたからと考えられる。もちろん世の中には共通の能力を持つ同類の異能者が多いが、それでも隠そうとするだろう。もし少数派の異能力を持つならばなおさらのことだ。


 別の理由も考えられる。S型の能力者は“気紋”を感じることがあるのだ。気の指紋と言えるもので個人独特のクセのようなものをさす。能力の発動から時間がたった場合、大気中に残留している気から気紋を感じ取れる可能性は低くなるが、有り得ないことではない。どのみち気は残さないほうが賢いやり方である。


「潮崎はフリーランスになる予定だった。殺されたのは“連中”にそれを知られたのが原因だろう」


 鵜飼は言った。そして一枚の紙切れを差し出した。


 “我ら、月桂樹の誓いのもと、無益な自由を求める者に鉄槌をくだす。異能者とは組織に属すことで初めて規律と統制を得られるものである。極めて常識的なこの道理を理解できぬ輩どもを成敗するため、我々は地獄より舞い戻ってきた。この手を汚すことで再度、堕天の道を歩もうとも後悔はない。これは斬奸状である。   セルメント・デ・ローリエ”


 それには、そのように書かれていた。潮崎の死体に貼りつけられていた犯行グループからのメッセージを鵜飼が手書きで写したものだ。月桂樹のマークがうたれた原本は薩国警備内にある。


「フランス語の名前をなのりながら“斬奸状”か。ハイセンスな奴らだ」


 受け取った紙切れを見ながら悟は言った。セルメント・デ・ローリエ。彼らは“フリーランス狩り”を行う異能テロリストである。


 戦後日本の異能業界は表の退魔連合会と裏の超常能力実行局の二大組織を中心に繁栄してきた。前者は明治時代から続くもので後者はアメリカ主導のもと結成された。人外や異能犯罪者の手から国や人々を守ってきたのは彼らであり、また所属する者たちにその自負が強いのは事実だ。それは一部に“組織至上主義”ともいえる思想を生み出した。


 セルメント・デ・ローリエは、そういった思想の“体現者”として、ゼロ年代の鹿児島にあらわれた。組織に属する異能者のみが正当な存在であり、フリーランスとは統制を乱す悪である。そのように語った彼らはテロリズムを実行した。フリーランスの異能者と、それに業務を委託した超常能力実行局幹部合わせて八人を殺害したのである。


「だが、セルメント・デ・ローリエは今では存在しないはずだ」


 鵜飼は言った。


「なぜなら十年前、連中は壊滅した。一条さん、あんたの手によってな」


 それは鵜飼がEXPERになる以前の話である。十年前、悟は依頼を受け、セルメント・デ・ローリエのメンバー全員を斬り捨てたという。このことは鵜飼も今日知った。上から聞かされたのである。


「あんたが斬ったメンバーは七人。薩国警備のEXPER四人と退魔連合会の退魔士三人。間違いないな?」


 鵜飼は悟に訊いた。組織の垣根を越え、結託したその七人が当時のセルメント・デ・ローリエのすべてだったらしい。


「ならば今回、潮崎を殺したのは、その残党か、もしくは思想を受け継いだ別の連中ということになるかもしれん」


 と、鵜飼。彼の目に映る悟の表情に変化はない。


「あんたが今後、鹿児島でフリーランスとなるならば、潮崎同様狙われるかもしれん」


 鵜飼は言った。“禁猟区”の長だった男“ペイトリアーク”に関する情報を調べる代わりに、フリーランスとして薩国警備の依頼を受ける。悟は先日、それを了承したばかりだ。


「狙われるのには慣れてるさ」


 と、悟。


「また、戦いに身を投じる羽目になっても言えることか?」


 とは、鵜飼。


「危険と隣り合わせなんて、俺の日常生活みたいなもんだからな」


 その悟の言葉を聞いたとき、鵜飼は剣聖スピーディア・リズナーに対するかつての憧れを思い出した。目の前にいるこの男のファンだったなどと、口が裂けても言えない状況であっても……

 




『月桂樹の誓い』完。

 




 

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