大統領令嬢は剣聖がお好き? 3


 黒いパンティしかつけていないアニタの身体は想像以上の迫力だった。やや小麦色にやけた素肌は健康美にもあふれるが、大柄に見えるためネコ科の雌を連想させる。94センチの胸は適度な硬さと弾力があるようで、でかくても垂れてはいない。臍ピアスから下の逆三角形を作るラインは豊かな太股によって構成されるものだ。やせ細った女には出せない魅力である。


「ぶ、無礼者ッ! ノックもせずに、ドアを開けるなんて……!」


 彼女は両手で胸を隠し、しゃがみこんで怒鳴った。こういうときに、令嬢の地が出るのだろう。


「デリカシーのない人ね!」


「不可抗力さ」


 隠しても隠しきれていない大きな胸をチラ見して、悟は言った。男ならば誰もがむしゃぶりつきたくなる逸品は、口で吸えばどんな味わいの蜜をかもし出すのだろうか?


「不可抗力……?」


「ああ、俺は君が着替えているなんて思っていなかったんだ。だから……」


「“だから”ですって? 勝手に入って来ようとするなんて……」


「それを不可抗力っていうのさ」


「な、なにをしてるんですか……?」


 横で第三者の声がした。目を向けると、買い物袋を下げた津田雫が立っていた。


「よ、よう、雫。来てたのか」


 と、悟。その言葉を無視した雫は、近づいて来て部屋を見た。裸の外国人女が目を赤くして恥じらっている姿に、女子高生はなにを思うのか?


「い、一条さん……」


 雫の目からも涙ひとつ……あきらかに抗議の色を浮かべている。


「さ、最低です……女の人の着替えをのぞくなんて……!」


 どうやら、悟とアニタのやりとりを聴いていたようだ。雫の声は内気な彼女が懸命に絞り出したものだったに違いない。


「いや、だから不可抗力……」


「不可抗力とは“人間の力ではさからうことができない力や事態”をさす言葉じゃありませんか! これは、そういう状況とは違うと思います」


「さすが進学希望のJK!」


「一条さんが、そんな人だったなんて……」


 雫は泣き出してしまった。必死に説得する悟……


「とりあえず……」


 服を着るタイミングを掴めないのか、いまだ裸のままでアニタが言った。


「とりあえず、ここから出て行って!」


 悟の側頭部に、アニタのヘアーブラシが直撃した。






「ス、ストラビア大統領の?!」


 珍しく大きな声をあげた雫の口を悟は手でふさいだ。


「うぐうぐ……」


「声がでけぇよ。薩国警備の連中に聞かれたらどうすんだ?」


「ぷはっ」


 解放され、息を吐く雫。アイスコーヒーのグラスが三つのった居間のテーブルを全員で囲んでいる。


 潜伏中の悟自身、真知子から依頼された薩国警備により警護を受けている立場だ。家にも敷地にも周辺道路にも監視カメラが設置されている。盗聴器はないと聞かされてはいるが、わかったものではない。


「で、でも、わたしも薩国警備の見習いEXPERなんですよ? 報告義務も、あるんですよ?」


 平常の大きさの声で雫は言った。


「誤魔化せ……!」


「ごまかすって……?」


「“一条悟は、天文館てんもんかんでナンパした外国人女を家に連れ込んだ”って言っとけばいい。いくら薩国警備でも、遠い異国の大統領令嬢の顔なんて知らんだろ」


「つ、連れ込む……?」


 雫は顔を赤くした。いやらしいことを想像したのならば、歳相応にそういった事柄に興味があるのかもしれない。


「ところで、アニタさん」


 悟は真顔になり、彼女のほうを向いた。


「はい」


 と、答えるアニタは、まだ仏頂面である。機嫌がなおるのだろうか?


「大統領選を控えた君の親父さんが異能者による襲撃を受けたというのは本当?」


「ええ」


「対立候補がそれに関わっているのだとしたら、君自身が誘拐され、人質にされる可能性だってあるんだぜ? それが、なんでこんな時期に鹿児島観光を?」


 と、悟。対するアニタは、やや肉厚な唇をストローにつけ、アイスコーヒーをひとくち飲むと言った。


「鹿児島は……日本は、良い国ですね。我がストラビアも民主化がすすみ豊かになりましたが、まだまだ日本のレベルにはほど遠いです」


「住んでいる日本国民は、そう思ってないようだけどな」


 悟は笑った。


「経済、治安のみならず、医療、福祉、教育。すべてが高水準だと思えます。ストラビアにとって、日本は目標国のひとつでもあります」


 と、アニタ。悟と雫は黙って聴いている。


「実は、来鹿の目的はもうひとつあるのです。一条さんに手伝っていただきたくて。あなたなら“知っている”と……」


「“知っている”とは?」


 悟と雫は身を乗り出した。


「私は人を探しに来たのです」


「人探し?」


「はい。“初恋の人”なのです」


「君の?」


「いいえ、亡くなった祖母の……」


 職業柄、そういう依頼を受けたことはある。だが、やはり専門外という認識が強い。最後にして偶然の剣聖は戦いの中で生きてきた男だ。


「あなたなら、知っているはずなのです。その人を」


「誰だい、そりゃ?」


「神宮寺平太郎という方です」


“ブーッ!!!”


 悟はアイスコーヒーを吹き出してしまった。慌てて雫が台拭きを探した。


「あ、あの爺さん?」


「やはり、知っているのですね」


 脇できいている雫も驚いたようである。好爺老師こと神宮寺平太郎の名を知らぬ異能者は鹿児島にはいない。スケベジジィであっても尊敬を集める身だ。


「これは、祖母が残したものです」


 アニタはバッグから一通の手紙を取り出した。


「実家の倉庫で私が見つけたのです。祖母が神宮寺さんに書いた物なのですが、結局、出せなかったらしいの」


「あの爺さん宛てねぇ」


「もちろん、祖母は祖父を愛していたのです。ですがマリッジブルーにかかっていた時期があったらしく、そのときに綴ったものだと書いてあります」


 それを聞き、悟は腕組みをした。


「あのう……読みますか?」


「うんにゃ、あの爺さん宛ての“ラブレター”なんて読んでもなァ……」


 悟は頭をかいた。さきほどヘアブラシが直撃したあたりにコブが出来ている。


「きっと、ダンディなジェントルマンに違いないわ。あの祖母が好きになった人ですもの……」


 夢見る乙女のような顔でアニタは言った。祖母の初恋の人……たしかにロマンチックな存在なのかもしれないが。


“そ、そうかなァ……”


 などと悟は言わなかった。ハゲでチビな爺さんである。しかも、スケベだ。


「しかし、なんで危険なこの時期に?」


 と、訊いてみた。そこが解せぬ点である。


「神宮寺さんが、余命幾ばくもない不治の病におかされていると聞いたのです。私はそれを知り、早く手紙を渡したいと思いました。父を説得するのに苦労しましたが、こちらでボディーガードをつとめてくださるかたの指示に従うことを条件に許しを得たのです」


「あの爺さんが、不治の病?」


「はい。かなり深刻な病状で、いつ何があってもおかしくないと聞きました」


(こないだ会ったときは元気そうだったが)


 悟は、女子大生ギャルに下ネタを連発していた平太郎の姿を思い出した。まだ“現役”などと言っていたではないか。


「まァ、心当たりはあるので、その手紙は渡せるようにはからうよ」


「本当ですか! 会わせていただけるのですか?」


「んー、会いたいの?」


「はい、祖母の初恋の人……素敵な方なのでしょうね」


 まだ、夢見る乙女のような表情のアニタ。希望が失望に変わらなければ良いのだが……


「ただし滞在中、君には、ここに泊まってもらう」


 悟は言った。きっぱりと。


「ここに、泊まる……?」


「そうだ」


「い、嫌ですわ! こ、こんなケダモノのような人と同じ屋根の下、暮らすなんて!」


 アニタは首を振った。さきほど裸を見られた身なので言い分はわかる。


「そもそも、なんで自宅に連れてこられたのか不審に思っていたのです。男性と同じ家に寝泊まりするなんて、はしたない!」


「さっきの件は“不可抗力”だと言ったろ?」


「ホ、ホテルでいいじゃありませんか!」


「ダメ! もし君が狙われた場合、死角が多くて客が大勢いるホテルではガードしにくい。ここが一番、安全だ」


「そ、そんな……! 勝手に決めないで!」


「ボディーガードの指示に従うことが、親父さんを説得した条件だったんだろ? ウソつき娘になる気か?」


 悟は怒鳴っているわけではない。言い方は落ち着いている。そして、反論できないアニタ……


「あ、あのォ……」


 珍しく、雫が横から口を挟んできた。


「わたしもここに泊まれば、“男女二人”ではなくなりますよね?」

 

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