新生活・2
おじさんと過ごす新生活は毎日が新鮮だった。まず一番驚いたのはいつでも私を優先してくれることだった。おじさんは優しいなと思っていたけど、思っていたよりもずっとずっと私のことを考えてくれていたのかもしれなかった。
それが照れくさくてありがたくて、ああお父さんがいたらこういう感じなのかなと思った。変なの。私にもお父さんがいたのにね。
それからおじさんの家で暮らすに当たって、物理的に困ったことがいくつかあるのがわかった。
おじさんもおじさんの元いた家族もみんな背が高かったらしいのだ。だから家具や物の配置が全部身長が高い人にあっているものだった。シンクの高さも給湯器のボタンの高さも! 給湯器のボタンの高さと言ったら背伸びしても見えないくらい高くて! 私がおじさんにそれを言ったら「そんなこと思い至らなかった、ごめんね。踏み台を用意しなくちゃ、な。」と返してくれた。
いってきますもただいまも、いただきますもごちそうさまも、おはようもおやすみもおじさんと交わす挨拶は、本当の家族と過ごした17年とちょっとよりずっと幸せだった。相手がいてくれる、自分を待っていてくれることがとても暖かかった。挨拶はただの形式的な記号でしかなかったのに。
私はおじさんのことを好きになったのかもしれなかった。私ごときが人を好きになってもいいんだろうか?
そんな日々を繰り返していくうちに、おじさんと離れている間におじさんが私の知らないことをしていても段々と不安に思わなくなった。夜泣きする赤ん坊のように、呼び鳴きする子犬のように不安だった私は次第に落ち着いていったように思う。
おじさんがおかえりを言ってくれるこのお家が私のお家なんだってそう思ってもいいとおじさんは言った。私はそれに甘えた。こんなに幸せでいいのかな? 私がこんな幸せになっていいのかな? 他人には些細なことかもしれない。私には暖かすぎて幸せなことだった。
「こう言ったら失礼かもしれないが、志穂ちゃんは今まで人と深く親しくなったことがなかったのかもしれないね。初めてがおじさんなわけだ。」
「私、おじさんのこと、少しだけ好きになったかもしれない」
「ありがとう。その調子でおじさんのことを好きになってくれたら嬉しいなあ。ああ、でもね無理に好きになろうとしなくていいからね。」
「おじさんがしてくれる挨拶、嬉しいかも。」
「挨拶?」
「おはようとかおやすみとか、いってきますとかただいまとか! そういうの全部! 前はなんとも思ってなかったけど、おじさんが言ってくれるのは好き。」
「そっか…。よかったねえ…。」
「うん。」
おじさんはしみじみと静かに言った。私、変なこと言っちゃったかな。よっこらしょと立ち上がったおじさんを見上げる。おじさんは背が高いから私が座っている分いつもより顔が遠い。
「さて、今日は何が食べたい? ひき肉があるからハンバーグでもしようかな? 手伝ってくれる?」
「うん! ハンバーグ大好き!」
今が楽しかったらどうでもいいのかもしれない。今を楽しまなくちゃ!
私は買ったばかりのエプロンを付けて手を洗ってキッチンに立った。私の腰より高い位置にあるちょっと使いづらいシンクで手を洗った。
おじさんは色々なことを教えてくれる。以前の私なら怖くてできなかったことも少しずつおじさんに教えられてできるようになってきた。おぼつかない手つきで野菜を切る。おじさんは一つ一つ褒めてくれる。根気よく見守ってくれて褒めてくれる。それが嬉しくて私は料理だけでなく日々過ごす様々なことに一生懸命になった。生活態度は多分改善したと思う。とても楽しかった。とても楽しい毎日だった。
ある日、妹からLINEが来た。
[お姉ちゃんのせいでお父さんもお母さんもおかしくなった]
知らない、なんにもわからないよ。今更なんだっていうの。
[知らない、自分でどうにかすれば? 私はもうそこの家の子じゃないんだから]
と送ってLINEを閉じた。
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