意識高い系バーサーカー 燃崎カルトの冒険
白木レン
第1話 初日 土俵入り
カッパは戸惑っているようだった。
「カパ?」
「はい、ですから」
問い返したカッパに対して、ジャージ姿の少年は再び頭を下げた。
「どうか、俺と相撲を取って頂けませんか」
えらくデカい少年であった。中学三年とは思えないほど背が高く、そしてその背に見合った分厚い身体をしている。その少年がカッパの前にひざまずいていた。
「え、あ、うん……」
驚いて目をパチクリするカッパに、少年はいぶかしげに尋ねる。
「はて? 人間と相撲を取った昔話で有名な、あの河中湖のカッパ殿とお見受けしたのですが? 人違い、いえ、カパ違いでしょうか」
「いや、確かにそれはオイラカパ……」
けれどカッパは困惑した様子だった。
というのも、
「まさかこの現代でいきなり相撲挑まれるとは思わなかったカパ」
「あ、そういう感じですか」
「正直、人間に挑まれるのは二百年ぶりカパ」
「あー、大相撲も昔ほど人気ないですからね」
「たぶんそういう問題じゃないはずカパ」
悪気はなさそうだが、妙に抜けた感じの少年だった。
「しかし、良くここが分かったカパ」
ここは山梨県河中湖に浮かぶ、鴨の島と呼ばれる小島であった。
小島と言っても木が茂る程度には面積があり、近い岸までは500メートルはある。そしてこの島へは定期船もなければ、橋もない。尋ねる人もいない。つまりカッパが隠れて住むには持ってこいの島なのだ。その上多少の仙術の心得があるカッパは、人から目立ちにくくする術もかけている。
その小島の入り江で甲羅干しをしていたのに、この少年に見つかってしまったのだ。
「驚いたカパ。そうそう見つからない細工がしてあるカパ」
その疑問に対して、少年は自慢げに笑った。
「ふっふっふ。シートン動物記の著者、E・T・シートンは言っています。『追跡不可能な動物はいない』と」
「…………」
「え、なんですかその顔?」
「まず第一に、シートンさんカッパ見つけられてないカパ」
「……そうですね」
「あとそれ、たしか承太郎の台詞カパ」
「ぐっ」
これは恥ずかしい。
少年は、うぐぐ、と悔しそうにうめいた。
「まさかカッパにそのツッコミを受けるとは……不覚……」
「妖怪相手だからって油断したカパね」
「やりますね。まさか取り組みの前にこんな形で機先を制するとは……この試合巧者ぶり……やはり並のカッパではありませんね」
「いや、違うカパ。盛り上がってるとこ悪いけど、まず相撲取ると言ってないカパよ」
「あ……」
カッパの言葉を聞いて、少年は何か気づいたようだった。
「もちろんです」
「カパ?」
「突然押しかけて、かの高名なカッパ殿に相撲を取っていただこうとはおこがましい限り」
「いや、別にそんなことは……」
戸惑うカッパをはた目に、少年は大きな桐箱を取り出す。
「おっしゃる通り、ご指導料は用意してあります」
「いや、全然おっしゃってないカパ! 見返り求めた感じにするの止めて欲しいカパ!」
「ご心配なく」
「何がカパ!?」
「宮崎県産の最高級品です」
桐箱の蓋をズラすと、そこにはツヤツヤと輝く見事なキュウリが並べられていた。初物の桃とかが箱に入って普段の10倍ぐらいの値段で売られてるアレ。アレのキュウリバージョンだった。
「カパ……」
じゅるり、とカッパが唾を飲む音が聞こえた。
「どうやら胸を貸していただけるようで、恐縮です」
先ほどの失態で失った精神的パワーバランスは、必殺桐箱キュウリの登場で完全に五分に戻っていた。この少年、意外とただのオトボケではないらしい。
「それを見せられては、確かに受けずにはいられないカパ」
「光栄です」
「なんのカパ」
カッパは座っていた岩から飛び降りると、音も無く砂浜に降り立った。ゆるキャラめいた外見ながら、恐ろしく高い身体能力を秘めた所作であった。
「どこでやるカパ?」
「ここでやりましょう」
彼はそう言うと、カバンから長いヒモと棒を取り出した。
ヒモの長さは2メートル30センチ。つまり7尺5寸。彼は棒を地面に刺すと、ヒモを張ってコンパスの要領で円を描いた。直径15尺の円。土俵である。
「準備が良いカパね」
「カッパ殿に相撲を取っていただくからには、この程度の準備は」
そう言って少年はジャージを脱ぎ捨てる。その下には、すでに白いまわしが締められていた。
「……準備良すぎカパ。え、家からつけてきたカパ? プールの日の小学生みたいカパ?」
「……さっきの承太郎と言い、カッパ殿、意外と俗世をご存じですね」
などと会話しつつ、二人は四股を踏み始める。
しかし少年のまわし姿を見て、カッパは密かに感心していた。
背が高いだけではなく、筋肉が異様に発達している。脂肪が少ないので力士体型とは言えないが、他の格闘技ならば相当のものだろう。四股を踏む姿も力強い。さすが現代日本でカッパに挑む変人。
「良い体してるカパね。人間の中では相当の力持ちカパ」
「はい、いろいろヤッてるので」
「ふむ……柔道、いや、打撃筋が発達してるから空手カパ?」
「いえ、ドーピングです」
「……」
えー、この子やっぱ頭おかしいカパ、と思ったが口には出さなかった。
「取組前に名前を聞いておくカパ」
「申し遅れました。燃崎カルト(もえざきカルト)と申します」
見た目に反して、結構キラキラネーム。
「こちらこそ申し遅れたカパ。おいらはカッパの河右衛門と申す」
「では河右衛門殿、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げたカルト少年を見て、河右衛門も感心してお辞儀を返す。そしてその際、頭のお皿から水がこぼれた。こうなるとやがて水を失ったお皿は乾いてしまう。カッパの弱点である。
……であるが実はこれ、昔話通りのお約束である。
カッパという妖怪はその小柄な見た目に反して、鬼や天狗と並ぶ怪力妖怪である。この河右衛門自身も、河中湖の下流が氾濫した際に大岩で洪水をせき止め村を守った伝説の持ち主である。人間が相手に出来るレベルの力ではない。
だからカッパと相撲を取る際はお辞儀で水をこぼさせ、弱らせてから勝負というのが物語の定石なのだ。お皿が乾いて弱った状態でやっと五分。それぐらいカッパと人間には差がある。
カルト少年が若いながらも古典を知っていることを内心嬉しく思いつつ、河右衛門は仕切り線で腰を落とした。
「では尋常に勝負カパ」
そう構える河右衛門に対して、カルト少年は言った。
「お水こぼれてますよ」
「なんでお前がそれ指摘しちゃうカパっ!?」
「えー……」
少年、不満そうな顔。
「これで良いんカパ! カッパの方も分かっててやってるカパ! 暗黙の了解というやつカパ!」
「え、じゃあつまり八百……」
「やめるカパ!! 昨今いろいろ波風立ちそうな表現やめるカパ!!」
「いや、しかし俺が倒したいのは、全力の河右衛門殿であって」
「バトル漫画みたいなこと言ってるカパ!? 現実でそんなセリフ初めて聞いたカパ!!」
「キュウリですけど、俺が負けたら渡すということでよろしいですか?」
「あー、もう分かったカパ!! どうなっても知らないカパ!!」
じゃばじゃばと湖の水をかぶると、河右衛門は土俵へと戻る。
そしてドンと腰を落として構えると言った。
「秒殺カパ」
「どうでしょうね」
応じてカルト少年もまた、仕切り線の前で腰を落とす。
二人の間にヒリヒリした沈黙が生まれる。
この取組に行司はいない。
だが実は、取組の開始に掛け声は不要である。
先に片手をつき、もう片方の拳を二人してゆっくりと下ろしていく。
そして双方の拳が同時に地に着いた瞬間、立ち会いとなるのが本来の相撲である。
ちなみに二人の拳を下すタイミングが合わないと、いわゆる仕切り直しとなる。
燃崎カルト少年とカッパの河右衛門。
二人は打ち合わせもなく、ゆっくり拳を下ろし始めた。
そして拳が地に触れた瞬間、二人は同時に動いた。
まず先に一歩踏み終えたのは、カルト少年。
その一歩で急激に加速を終えると、巨体を生かした強烈なぶちかましを放った。
だが会心のぶちかましを打った彼が感じたのは、異様な手ごたえだった。
「(なっ……これは……)」
大樹。
それはまさしく大樹であった。
大地に深く根を張り、全てを受け止める大樹。
体格で遥かに勝るカルト少年の一撃を、河右衛門はその頑強な足腰で受け止めきっていた。
「なるほど、確かに強いカパ」
カルト少年の押しを受けながらピクリとも動かず、河右衛門は言った。
「けどそれは、人間の中でのお話カパ」
カルト少年のまわしを取ると、そのまま力一杯ぶん投げる。
次の瞬間、カルト少年は土俵を割るどころか空中を舞っていた。
「う、お、お、おおーー」
カルト少年の巨体は遥か5、6メートル離れた先に落下すると、そのまま勢い余ってごろごろ転がっていく。それを見届けて、河右衛門は言った。
「百年早いカパ」
だがしかしーー、
「くはははは」
返ってきたのは笑い声であった。
「強いなぁ」
むっくり起き上がったカルト少年は、笑っていた。
「本当に強い」
実に楽しそうな笑顔だった。
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