35. 空に轟く光の矢と、空から落ちる螺旋の灰炎

モノクロの森の中を二人のニンゲンと、一人の竜が進む。


レンの目的は同じニンゲンであるレイと情報交換をすることだ。

それに加え、レイの怪異に対する能力を確認するためでもある。


「近くに怪異はいない、か」

ある程度進んだところでレンは足を止め、周囲を確認した

それに伴い後ろにいる少女も止まった。


「えっと、レイさんですよね?」

レンはとりあえず名前の確認から始めた。


「えぇ」

レイは凹凸の無い声で、必要最小限の単語で返答する。


「……自分はレンです」

レイの返答に多少動揺しつつも、とりあえず自己紹介は基本だと考え、レンは会話を続けた。


「ディルクから聞いてる」

やはり、レイの返答は短く鋭い。


(警戒されてるのか?それとも単にこういう性格なのか?)


「えっと、、レイさんは高校生ですか?」

レンは一瞬自分が軟派男になったかのように錯覚したが、ぐっと堪え会話に向かう。


だが、レイの何かしらの琴線に触れたらしく、レイが怪訝そうな顔を浮かべた。

「えぇ―――高等生よ」


(?“高等生”って言ったのか、いや草を踏む音でちゃんと聞こえなかったのかも)


レイは相変わらず澄ました顔で隣を歩いている。


顔の造形は整っているが、髪の短さも相まって美少女であり美少年という表現が適した少女だった。


しかしながら、体の線は柔らかみを帯びておりスタイルも良いことから全体として観察すると立派な女性である。



「………」

「………」


会話は続かない。


(クラスでは、遠巻きにされつつも男子にモテている、かつ女の子に慕われそうなクールイケメン系かな)



「おい。お前ら何をしてるんだ」


見かねたディルクが、レンの頭の上から苦言を呈してきた。


「昨日はお互い、あれだけ話したがってたじゃないか」

一応レイはレンに興味を有しているらしい。ディルクの言葉を聞いたレンは心の中で安堵する。


「いや。聞きたいことは沢山あるんだけど―――こう、面と向かうと言葉が出てこないっていうか、場所も場所だけに落ち着かないっていうか」

レンは思わず言い訳をしてしまう。


「私も同じ」


二人の言葉に、呆れたらしいディルクは大きくため息を吐いた。


「とりあえず、怪異関係の事だけ早く確認しちゃいましょうか」


「そうね。私も早く試したいわ」

レイは少しだけ口元を上げた。


もしかしたら微笑んだのかもしれない。レンはそう思いつつ、さらに森の奥へと歩みを進めた。




――――――――――――――




「レイさんは、昨日ディルクから一通りの話は聞いたんですよね」

森の中の少し開けたところで、レン達は一度歩みを止めた。


「えぇ」

「これまでに怪異に遭遇したことは?」


「無いわ。私が目を覚ました場所はここから近い所にある森だったけど、カルメンにすぐに保護されて、それ以降はアルテカンフから出ていないから」


良かった。ちゃんと長い言葉も喋れるようだ。


レンが心の中で若干失礼なことを思う。


「なるほど。じゃあ、この森ってどんな風に見えます?」

レンが周りを指差しながらレイに問う。


「――――森全体に灰色の靄が掛かっていて気分が悪くなる森」

言葉通り、レイは眉をしかめて酷く憂鬱そうな顔をした。


(灰色の粒子の見え方は、自分と違うのか)

レン程まで、モノクロに視えなくとも、灰色が森を覆っているようには見えているらしい。


「自分には――」


レンが自分視点を説明しようとした時だった。レイが急に静止の声を上げる。


「待って。何か気持ち悪いものが一つ、近づいてくる」


「どっちの方からですか!?」

レンは驚き、若干に警戒状態に移る。

ディルクも頭の上で身構えているのを感じた。


「―――向こうよ」


レイの指差した方向にレンは意識を向ける。だが、なにも感じない。


自分ではわからない、そう口を開こうと思った瞬間、レンの意識に怪異の違和感が生じた。それはレイの差した方角だった。


「そこに、何かいる」

「―――そうみたいですね」


「これが、怪異?」

レイが不思議そうに聞いてくる。


「今までの経験上では」

十中八九そうであろう。

少なくともこれまで、この怪異の違和感が外れたことは無い。


違和感はどんどんと近づいてくると、レン達の斜め上方向で静止した。

レンとレイはそちらの方を見上げる。


(やっぱりか)


鳥怪異が木の枝の上におり、充血した目でこちらを見ている。


茶色い毛からは灰色の粒子が吹き上がっていた。


(モズの怪異か。それにしちゃ50センチくらいあるけど)


鳥怪異はすぐには襲いかかってこず、こちらを警戒した様子で観察している。


「あれが、そうなのね。―――と同じなのかしら。初めて見た」


レイが耳慣れない言葉を発したが、すぐに意識を怪異に向ける。

(怪異の本流は―――右の翼の根元か)


「レイさん。どう見えます?」

念のために、レンは、レイから見た怪異の姿を聞いておく。


「森と変わらない。全体的に灰色の靄を纏っている。でも―――」


「でも?」


「右の翼の内側にとても違和感を覚える」

(本流を視えては無いけど、感じてはいるのか)


鳥怪異は忙しなく顔を動かし、両羽を広げ威嚇行動をしている。


「自分が怪異を仕留める時は、そこのポイントを狙い打ちます。上手くいけば、怪異は大気に溶けるかのように、灰色の粒子を散らして消えていくんです」


お互いに怪異からは目を逸らさずに会話をする。


「私もあなたと同じかどうか、あれをヤれば判るのね」


「はい。レイさんが違和感を覚える場所が、おそらく自分が見えてる本流なので、そこを攻撃してください」


レイはレンの言葉に頷くと、指無し手袋着けた両手を前に突き出した。


(!?)


途端に月白の粒子がレイの手元に集まりだしそれがなにかを形成していく様子が、レンには視えた。


「召喚源技?!いや、違う!創造源技かっ」

ディルクが頭の上で、レンの知らない源技能の単語を言っている。


「創造源技?」


【創造源技は、源技能により実在する道具を生み出す源技です。実物とは異なり全てが源粒子で構成されています。従って強度や重量もある程度制御することが可能です。加えて、広義では源具に分類されるため源技能の発現もできます。取得難易度はそれほど高くはありませんが、習得に時間がかかるため使い手は少ないです】


ヴぃーの突然の解説が場に響いたが、レイが驚いた様子はなかった。

既にディルクからヴぃーの存在を聞いていたようだ。


そしてその解説の間にレイの手の中で源技による形成が終わると、

純白の細い洋弓がそこに存在していた。


洋弓は50センチほどの小型な物であり、弦に当たる部分には白く光った源粒子の連なりが見える。


「弓?アーチェリーの奴に似てますけど」


「えぇ。リカーブボウ。それをイメージして光源技で発現したものよ」

そしてレイは左手に弓を構え右手の指で弦を引くと、鳥怪異に狙いを定めた。


鳥怪異はレイからの攻撃意志を察したのか、木の枝から離れレン達の上を飛び回る。


レイそれを追うように弓を動かしていたが、やがて動きを止め意識を集中し始めているのがレンには見えた。


再度、月白の粒子がレイの右手に集積し始める。

それは、どんどん矢を形成していく。


「なるほど、光源技での弓矢か。でも光に質量って無いんじゃ?いや、まだ結論が出ていないのか?光子は理論的にはゼロだけど、実験的には―――くっそ。あんま物理は覚えてない。ってか源技能だから、源粒子も交じってるわけで―――」


レンが思考に耽っている間に、レイの手の中の矢はどんどんと巨大化している。

最終的には電柱程の直径を有する矢になった。


(ちょっと大きすぎないか?)


「ちょっ」


レンが声をかける瞬間だった。


レイが弦から指を離すと限界まで引き伸ばされた張力に従いソレが空に放たれる。


地上から昇った巨大な光の矢が、天に反旗を翻すかのように空を切り裂いた。


鳥怪異がそれに飲み込まれ、一瞬のうちに消失する。

レンの目には辛うじてそれが見えた。



そして、静寂が訪れた。



「え”!?っちょ―――レイさん!?」



確かに、怪異の本流を打ち抜きはした。だがレンが想像する斜め上の方法だった。


「あの怪異の動きを考えると、私のテクニックでは狙い撃ちするのが困難だと判断した。だから―――放つ矢の体積を増やした」

レイは淡々とした声で答える。


「いや!ある意味では―――すっごい合理的な判断ですけどね!?」

確実に一発を当てるという意味では、だが。


ディルクもその光景を口を開けて呆けたように見ていたが、我に返ると、


「ま、まぁ、レイの源技能も怪異に対して効果的だってことはわかったな!」

と、から笑いをしながら言ってきた。



「それはその通りだけど!―――やっばい。絶対拠点のヒト達にも気づかれただろ、あんなの」



先ほどのレイの源技は遠くから見たらどのように見えるだろうか。


巨大な光が物凄い速さで空に立ち上っていく、おそらくそんな光景だ。

明らかに自然現象ではない異常な光景。


レンは拠点に戻った時のダリウス達の反応を想像すると、憂鬱になった。


(怒られそう、、、)

【ダリウスに怒られそうですね】


計らずともヴぃーと想像が一致した。


「ということは、レイは後衛向きだな!結界源技とそれに加えて治癒源技も発現できるらしいからな!」

ディルクが何故だか嬉しそうに言ってくる。


「レン!やっぱりお前はもっと直接的で近距離攻撃のための源技能を習得しろ!」

打って変わって、レンに対してディルクは要求してくる。


どうやら、“翔雷走”や遠距離からの威嚇に使う“雷閃”、さらには今レンが訓練している“源技陣”や第二属性の源技能が、ディルクには不満があるらしい。


「――まって」

そんなディルクとレンの様子を見ていたレイは静止の言葉をかけてくる。そして、おもむろに近くの木に近付くと、それに向かい弓を三度振った。


次の瞬間。


木はすっぱりと切れ倒れる。

断面は滑らかであり切り慣れている様子が感じ取れた。


「侮らないで―――近接でも私は戦える」

レイは淡々とした声で主張する。


「―――頼もしいです」


(レイさんもしかして、すっごい――――負けず嫌いなのか?)





――――――――――――




侵された大地に対しても、レイの力は有効であった。


光の矢を灰色の大地に放つと一定範囲で色が戻り煉瓦色が息づく。


大地が戻ると、多少の時間は掛かれどそこから生えている木や草などの植物も生命を象徴する緑を取り戻した。


「うん。レイさんもほぼ自分と同じ力を持ってるみたいだね」

レンがこれまでのレイの能力を見てそう判断した。


「ということは、残りの三人のニンゲンも同じ力を持っている可能性が高いな」

ディルクが嬉しそうに喋る。


「ただ、微妙に違う所もある」

「違うところ?」レイが不思議そうに聞いてきた。


「自分が視覚型なのに対して、レイさんは感覚型ってこと。自分は源粒子の流れがかなり視えるけど、レイさんはぼんやりと認識できる程度。一方でレイさんは感知の検出感度が高いのに対して、自分はそこまででもない」


「感度?」ディルクもレンに聞いてくる。


「そう。ゲムゼワルドの時は通行門に出た怪異を宿にいながら認識できたけど、今回は怪異が近くまで来ないとわからなかった。多分、周りが灰色の粒子まみれで、違和感を拾いきれなかったんだ。でもレイさんは自分よりもだいぶ早く怪異の存在に気が付いていた」


「だから、感度ってわけか」

ディルクが納得したように声を上げる。



「とにかく、レイさんの対怪異の能力確認っていう目的は達成できた。そろそろ拠点に戻―――」



「―――待って!!」



レイが今まで一番大きな声を上げる。


レンとディルクは呆気にとられたものの、唇が真っ青になり、血の気が引いたレイの表情を見ると、その事態の異常に気が付いたのか一気に顔を引き締めた。



「何っ?これ―――違和感なんてものじゃないっひどく――歪んでる!捻じれてる!」

レイが途切れ途切れになりながら声を絞り出す。


「どっちだ!?」


そのディルクの声に、レイは震える指をレンの後方に指差した。



レンが、その方向に顔を向けると、



木々の向こう側に、


二本の光の柱が螺旋を描きながらある地点に降りている様子が見えた。




(なんだっこれ!?こんなの今まで見たことない!)


異常だ。

見ただけで緊急事態なことが感じ取れる。


だが、レンはさらに危機を覚える情報を得ていた。


「なんだ!!何が見えるんだっ、レン!!!」

レンのその様子で察したのか、ディルクが必死に聞いてくる。


「赤色の粒子の柱と―――灰色の粒子の柱が螺旋上にここから約100メートル先に集まってる。もし、赤色の粒子が炎源粒子で、灰色の粒子が怪異のだったら―――」


「お前の言う通りなら!!“属性”持ちの怪異が出現し始めているってことに」


ディルクが声を震わせながら喋る。

まるでレンが嘘でも言っていることを願うかのように。


【属性持ち怪異。「源技能基礎概論」の第6章怪異と源粒子にはこう記載されています―――特に属性持ち怪異は非常に危険である。広範囲対象の炎源技能を発現する属性怪異の討伐の際に、王領の騎士数十名が犠牲になったことは記憶に新しい、と】



「おい、まて!あそこは拠点の近くじゃないか?!」



ディルクがそう言った瞬間だった。


「カルメンっ!!」

レイがすぐさま光の螺旋の方向に駆け出した。

その表情は今までで一番険しく、ひどく焦っている。


「レイさんっ!?」

レイは足に源粒子を纏っているのか、かなりの勢いで走っている。


「おい!待て!」

頭の上のディルクが焦ったように静止の声を上げた。


【レン。ダリウス達が危険です。私たちも行きましょう】


「わかってる!」

レンも移動用“翔雷走”を発現させ、レイ以上の速度で走り始める。


焦燥にかられながらレンはモノクロの森の中を駆けていった。






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