8-38

 最悪の予感が脳裏を過ぎる。


 もし、今のがアルティメフィアだったら。

 そして、為す術なくあれをまともに食らってしまったのだとしたら。


 メリクや本隊の面々は、全滅……


「狼狽してる暇はない」


 全身が震えそうになる俺の焦燥を、若しくは絶望を、ステラの一言が強引に削ぎ落とす。

 それでも、頭はすぐに切り換えられない。


「そういう事が起こり得る戦いなのは、みんな納得済みだから」


「それは……そうだけど……」


「それに、まだ何も判明してない。勝手に全滅したって思い込んで落ち込んでも意味がない」


 ……そうだ。

 俺はブロウを、メリクを、みんなを信じると決めた筈。

 戦闘経験豊かな彼らが、一度見たブレスを無防備で食らう筈がない。

 


「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!」



 今の声は……空中を飛んでいる方の紅スライムバハムートか。


 恐らく奴もアルティメフィアを放てる。

 幾らシャリオが天使でも、これ以上逃げ回り続けるのは危険だ。

 あのブレス攻撃を繰り出してくるきっかけや規則性は不明だけど、スライムだけじゃなくバハムートの性質も色濃く出ているとなると、恐らく『怒り』の感情もある筈で、しつこく逃げ続けるシャリオ達に苛立って全力攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


 限界だ。

 無事かどうかわからないメリクが戻って来るのを待っていたら、シャリオ達が危ない。

 当然、俺達だって次の瞬間どうなるかわかったものじゃない。


「リズ! 星屑を消してくれ! ステラ! そのタイミングで俺達もスライムバハムートの所へ向かうぞ!」


「了解」


 切り札のアオセンを使えるステラだけは、何があっても守らなくちゃならない。

 最悪、俺が身代わりになってでも彼女を庇う。

 メリクがこっちにいない今、その役割を担うのは――――俺しかいない。


『護衛ならエルテが適任だと、抗議の意を示すわ』


「いえ、私です! 星屑を生み出せば攻撃の妨害する事が出来ます!」


 なのに、エルテとリズはまるで先を競うように自ら危険極まりない任務に名乗り出てきた。


 確かに、刹那移動を使えない今の俺より、2人が帯同した方が役には立つかもしれない。

 だけど……


「何を寝ぼけた事を言ってるの?」


 突然、沈黙していたリッピィア王女が割り込んで来た。

 その顔に――――悲壮感すら漂わせて。


「この子の影武者は私。この子のあらゆる外敵をこっちに引き付けるのが、影武者の役目よ!」


 ……きっと、彼女も俺と同じ心境なんだろうなと、ふと思った。


 俺もリッピィア王女も、戦闘という観点では役立たず。

 状況を見極め、指示を出したり戦略を練ったりする為にここにいる。


 つまり、最終局面まで作戦が進んだ時点でお役御免。

 なら、誰が盾になればいいかを合理的に考えた場合、自ずと出て来る答えは決まっている。


「それに、シーラ。貴方の瞬間移動……刹那移動だったかしら。あれは今後のヒストピア、いえ全人類にとって必要不可欠な力になる筈よ。今、貴方に死なれたら困るでしょ? その点、私の代わりなんて幾らでもいる。ここは黙って私に任せなさい。それに、ステラと一番呼吸が合うのも私。適任でしょう?」


 この人は、いつも本音で生きている。

 だから、キリウスに協力して影武者から脱却しようとしていたのも、間違いなく本心からの行動だ。


 でも今は真逆の行動を執ろうとしている。

 そしてそれもまた、紛れもなく本心なんだろう。


 俺は今までただの一度だって、リッピィア王女に責任感の欠如を嗅ぎ取った事はない。

 彼女はいつだって真剣で全力で、常に真摯に取り組んでいた。

 リッズシェアなんて傍から見れば王女のごっこ遊びにしか思えないだろうけど、そんな周囲の目なんて気に留めず、国の――――ヒストピアの為になると信じてプランを練ってきた。


 責任感がないから、影武者から逃げだそうとしているんじゃない。

 責任感があり過ぎるから、この立場の大変さを誰よりも理解し、限界を感じていたんだ。


 でも結局、キリウスに騙されたような状況で有耶無耶になり、影武者を辞める事は出来なかった。

 きっとリッピィア王女は、あの時の事を気に病んでいる。

 だから、その失態を取り戻す為に役立とうとしているんだろう。


 そして、ステラの事を大事に思っているのも、疑いの余地なんてない。

 そんな人だから、俺を含め、影武者とわかっている人からも『リッピィア王女』と呼ばれ続けている。

 彼女の誇りに敬意を表して。


「代わりなんて一人もいませんよ。リッピィア王女は貴女以外にいません。例えステラでも、代わりは出来ないでしょう」


「え……」


 珍しく、心底驚いたような表情。

 でも俺は、何も風変わりな事など言っていない。

 事実、リズもエルテも、そしてステラも俺の言葉に首肯した。


「それに、このメンツじゃシーラが一番足早い。ステラ、意外と足腰鍛えてるから、リッピじゃ追いつけない。他の二人も無理」


「う……」

「それは……」

『なんてこと』


 フィジカル面でダメ出し食らった三人が拒否された事で、消去法とは言え護衛係は俺に決まった。

 同時に――――既に消え始めていた星屑が、いよいよ全てなくなる。

 シャリオがすぐにでも半透明スライムバハムートの所へ向かうだろう。


「早く」


「ああ。でもその前に、荷物持ちも引き受ける」


 俺の意図を理解したステラは、担いでいたDGバズーカを一旦俺に預けた。

 正直それなりに重いけど、担いで走れないほどじゃない。


「三人はここで待機! 何かあったらすぐ動けるように準備!」


 返事を待たず駆け出す。

 ステラは言うだけあって、中々足は速い。

 中身は10歳でも身体は大人だから、少なくとも身体能力は大人のそれだ。


「ありがとう」


 そして、走りながら俺に向かって話す余裕もあった。


「何が? 護衛なら、悪いけど大した事は何も出来そうにない」


「違う。リッピを褒めてくれた事」


 更に、併走する俺の顔をじっと眺めてきた。


「私は性格が良いから、リッピが褒められると自分の事みたいに嬉しい」


「……本当にいい性格してるな」


「私はリッピを尊敬してるし、王女の地位は彼女に全うして欲しいと想ってる。これ前も言ったっけ」


「聞いたような気がする」


「なら反復による強調表現。私は本気。今回の討伐が成功したら、きっと実現できる。リッピが指揮官だから」

 

 恩赦……とは違うけど、人類にとって大きな第一歩の原動力ともなれば、十分過ぎるほど箔が付くし、確かにリッピこそ王女に相応しいという風潮が生まれても不思議じゃない。

 王女本人がそれを望んでいるのなら、何の問題もないだろう。


「なら、俺も協力しよう。出来る事は殆どないだろうけど」


「気持ちだけでも十分心強い」


 いつものような朴訥とした喋り方だけど、息切れもあって何処か感情が強く出ているような気がして、こんな命懸けの戦場でありながら、なんとなくほっこりしてしまった。


「良い関係性だよな。変わってるけど」


「この世に二つとない」


 何処か誇らしげにステラがそう言い切ったその直後――――森を"抜けた"。



「!」



 本来、それはあり得ない。

 この森は島全体を覆うくらい、広大な範囲に及んでいるんだから。


 でも確かに、そこは森じゃなかった。

 既に森を構成する要素が消滅していた。


 木がない。

 厳密には、切り株のような僅かな部位を残し、消し炭となっていた。

 間違いなくアルティメフィアによる自然破壊だ。


 ブロウ達の姿はない。

 そして、スライムバハムートの姿も。


 嫌でも不安と焦燥が心にねじ込まれていく。

 よく地面を探したら、ここにいた筈のあいつらの亡骸が――――身体の一部が転がっているんじゃないかって、そう思ってしまう。


「大丈夫」


 不意に、ステラが俺の左手をギュッと一瞬だけ握った。


「信じて」


「……わかった。信じる」


 それはもう、信仰に近い心境。

 けれど、そうしないと前には進めない。

 その森ではなくなったエリアを走り抜け、再び森の中へと入る。


 そう遠くへは行っていない筈。

 紅スライムバハムートのように空を飛べるんだったらいよいよお手上げだけど……


「あれ」


 急に立ち止まり、ステラが上空を指差した。

 紅いスライムバハムートと……シャリオ達だ!


 上空からなら、あの半透明スライムバハムートの居場所は多分わかる。

 大きさが半減したとはいえ、移動すれば森の木が大きく揺れるからな。

 つまり、シャリオが飛んでいく方向へ行けば良い。


「到着したらシャリオと合流して、このDGバズーカでアオセンをぶっ放せ。一瞬の遠慮が命取りになる。絶対躊躇は……」


「しない」


 段取りを再確認し、頷き合ったところで――――シャリオ急降下を始めた。

 それを追いかけ、紅スライムバハムートも降下し始める。


 どうやら、見つけたみたいだ。

 シャリオが降りようとしている地点に、半透明スライムバハムートがいる。


 当初の予定では、別働隊が陽動と囮を担う筈だった。

 でも今は、随分と事情が変わった。


 こっち側で制御する事なく、二つのスライムバハムートが合流した瞬間を狙うのは、正直賭けに近い。

 シャリオが余程上手いタイミングを見つけないと、成立しない作戦になってしまった。


 こういう時の『信じる』は、都合の良い楽観主義的思想かもしれないが――――


「アオセンの射程内には入った?」


「多分まだ。でも近いと思う」


「スライムバハムートに視認されない位置から狙おう」


 チャンスは一度だけ。

 嫌でも緊張が走る。


「ふっ……ふっ……」


 そして、正直俺の体力も限界だ。

 バズーカを担ぎながらの持久走は、やはり辛い――――



「キュオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」



 今のは……どっちの鳴き声だ?

 いや、どっちでもいい。

 かなり近くにいるのがわかる声だった。


 そして時を同じくして、シャリオの姿が上空から見えなくなった。

 消えたんじゃなく、森の中に突入した為、視界に入らなくなった。


 当然、紅スライムバハムートもそれを追う。

 高度的には、もう既に二体のバハムートが合流していても不思議じゃない。

 というか、してる筈だ。


 シャリオを信じて。

 そして――――


「今だステラ! これでアオセンを撃て!」


 自分を信じて、DGバズーカを託す。

 ステラは何も言わずそれを受け取り――――躊躇なくその切り札となる魔法を発動させた。



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