7-45
6月25日(火) 07:58
「……ふぅ」
登校しながら、もう何度目の溜息をついただろう。
大抵は一晩寝れば気持ちが切り替えられるし、期待していたゲームがクソゲーでも翌日までは引きずらない事が多いんだけど、今日はダメだ。
昨日の出来事を完全に引きずってしまっている。
フィーナがキリウス側のキャラだったのには、全く何も思うところはない。
俺を裏アカデミにスカウトした謎の人物だし、ウチのミュージアムに案内状を置いたのが彼女だとしたら中の人が誰なのかも気になるところではあるけど、当人への思い入れは全くない。
でも……アポロンがそっち側だったのはキツい。
敵だからとかじゃなく、ほぼ間違いなくNPCキャラだったという事実をまだ受け止め切れていないのが正直なところ。
表のアカデミック・ファンタジア時代に俺と話していた事の全てが脚本、若しくは俺をこのゲームに留めさせ裏アカデミに向かわせる為の茶番だったとしたら、ちょっとした人間不信に陥りそうだ。
彼と、ソウザの中の人と判明した朱宮さんがいなかったら、俺はオンラインゲームとの付き合い方がわからないまま一生を終えていたかもしれない。
だから感謝したし、別れも名残惜しかった。
そういう、自分の気持ちが全部蔑ろにされたような気がして、やたら気落ちしてしまった。
やる事は山積みだ。
いつまでも落ち込んではいられない。
でも……どうにも切な過ぎるというか、ちょっとした裏切りに遭った気分だ。
たった20分の登校時間が、今日はやけに長く感じる。
いつもだったらゲームやカフェの事を考えているだけで過ぎ去っていく時間。
けど、今日は登校風景が妙に色濃く見えてしまう。
田舎の住宅街はこの時間帯でも人通りはそう多くない。
通学もバスや自転車を使う生徒が結構多いから、制服を着ている同世代の人間さえ視界に入らない時がある。
そういう時は、自分が本当にこれから学校に行くのか、ちょっとだけ不安になる。
幸か不幸か、今日はまさにその日。
前方にも後方にも、同じ城ヶ丘学園の制服を着た生徒は見当たらない。
登校時間はいつもと同じなのに、どうしてこんな現象が起こるのかはよくわからないけど、もしかしたら毎日同じ時間に学校を出て、同じペースで歩いて、同じ時刻に学校に着く俺が異常なのかとつい疑ってしまう。
そんな事を話す友達がいない。
だから、自分がいつの間にか常識人じゃなくなっているような、"普通"から取り残され置いてきぼりになっているような感覚が常に隣り合わせだ。
俺は今までどうやってそれを乗り越えてきたんだっけ。
見て見ぬ振りをしてきたんだろうか?
ゲームを現実逃避の免罪符にしてきたんだろうか。
……わからない。
たまにわからなくなる。
今日は空がとても高い。
雲が妙に遠くに感じる。
嫌な日だ。
きっと一日中気分が優れないんだろう――――
「春秋君、おはようございます」
そんな予感は、廊下で偶然担任と出くわした瞬間に吹き飛んでしまった。
「……なんですかその顔は」
「面白い顔です。先生頑張ってやってまーす。さあ、笑って下さい。笑うのです」
その叫ばないムンクが腹下したひょっとこみたいになってる顔で笑えと言うのか。
昭和じゃないんだから……
「これは変顔です」
そんな説明しながら変顔する人初めて見た……
「すいません先生。ノースマイルでフィニッシュです」
「マジですか。先生昨日夜遅くまでこれの練習してたのに全部無駄じゃないですか。くたばってしまいなさい」
最終的には笑わせるどころか呪いの言葉まで吐いてきた。
酷い担任もいたもんだ。
「でも、安心しました」
「え?」
「春秋君は確かに無表情ですが、情動がない訳ではないようですね。なら、あとは出力の問題です。それは大事なことですが、大切な事ではないので心配は要りませんよー」
……大事なことと大切な事って、どう違うんだ?
信用と信頼くらい境界が曖昧なんだけど。
「君は大丈夫です」
それでも――――目上の人から送られるこの言葉に、安心を覚えたのは事実だった。
「ありがとうございます。なんか救われました」
「先生も、表情筋が解れて救われました。奥さんから良い顔になったって言われましたよ。褒められたの何年か振りでー、ちょっと照れました」
……結婚してたのか。
その意外な事実がトドメになったのか、昨晩からずっと引きずっていた嫌な感じはいつの間にか消えていた。
さあ放課後だ!
なんか心が復活したおかげで、ちょっとテンション上がってる自分がいる。
学生の本分は宿題含め終わらせたし、今日やるべき事に着手しよう。
まず、昨日送って貰ったrain君のネーム、あれを終夜と水流、あと朱宮さんに送って意見を聞こう。
あと家族にも。
本当は朝に見せるつもりだったけど、気持ちが沈んでてそんな気になれなかったからな……
まあ、今の時間帯は店ヒマだから、朝より寧ろ時間を割いて貰いやすいし、ケガの功名って事にしておこう。
SIGNはメッセージの一斉送信は出来るけど、ファイルの一斉送信は出来ないんだよな。
俺がやり方知らないだけかもだけど。
一人一人に送るのは結構手間だ。
……これでよし、と。
取り敢えず父母妹、終夜水流朱宮さんの6人に感想を聞かせて貰おう。
良い感触だったら、rain君にそのまま漫画にしちゃって大丈夫ってメッセージを送らないとな。
お、早速レス来た。
どうせ来未だろうけど……やっぱ来未か。
スタンプだけかよ、ニッコニコだなおい。
っていうか何か喋れよ。
まあ評価は伝わってきたから良いか。
おっと、また通知音。
今度は……終夜か!
漫画読み慣れてる来未のレスが早いのは想定内だけど、終夜のこのスピードは予想してなかった。
ジャンルが少し違うとはいえ、あいつはプロの世界に身を置く者。
どんな意見をくれるのか――――
『妹さん、逮捕されたんですか?』
……そう来たか。
おかしいな。
経緯は大分省いたけど、この漫画を使ってカフェの宣伝するって説明ちゃんと書いてたんだけど……まさか……
『これノンフィクションじゃないからな』
『すいません。間違えました』
やっぱり実話だと思い込んでたか。
いや、仮に実話だったとして、妹が逮捕された感想をSIGNで聞こうとする訳ないだろ。
怖すぎるよそんな奴。
『漫画は面白かったです』『でも一生懸命努力したのに逮捕されて可哀想でした』
素直ー!
でも確かにそういう見方も出来ると言えば出来るな。
たった3ページの漫画でも、それに感情移入出来る人にとっては、主人公が最後悲惨な目に遭えば悲しい気持ちになる。
俺だってそうだ。
アポロンと知り合って、仲間として接していた期間はたった三週間。
十数年の人生の中にあって、ほんの一瞬と言っても良いくらいの短い日々だったけど、それでも彼の事で昨日から今日にかけて随分凹まされてた訳だからな。
貴重な意見をありがとうって礼を送っておこう……と、また通知音か。
『1ページ目に起を詰め込んだのはわかるけど、大事な導入を少し急ぎ足になり過ぎてて入り込み難かった。3ページ目のオチでドーンといかせたいなら、2ページ目に同じ手法(ページを捲った瞬間に来未がウチをキャライズカフェの傘下に入れて欲しいって言う意外性を読者に突きつける)を使うのは良くない。1ページ目のラストを2ページ目の頭に小ゴマで持ってきた方がメリハリが利く。逮捕オチは悪くないけど、バッドエンドのまま終わると後味悪いから、ラストに小さいコマで良いから「無事不起訴になりました♪」みたいなフォローを入れておけば読後感が良くなるかもね』
母さん……?
なんで編集者気取り?
ダメ出しの仕方がすっごく鼻につくよ?
……これ、そのままrain君に見せたら絶対ダメなやつだよな。
っていうか母さん、漫画読み慣れてるっぽいな。
後で追及してみよう。
お、今度は朱宮さんか。
rain君とは前から知り合いだったみたいだし、ダメ出しみたいな真似はしないだろう。
『僕は良いと思う』『自虐がメインテーマなら、バッドエンドでも全然問題ないと思うよ』『傘下に入れてと頼む時に土下座させたら勢いが出るかも』
……アケさん?
ちょっとSッ気出てない?
大丈夫?
言いたい事はわかるし、ギャグに徹するならアリだけど、来未がモデルのキャラに土下座はなあ……でも確かに勢いは出るし、キャラも立つっちゃ立つよな。
流石、アニメやゲームと毎日向き合っている声優は王道の表現方法を理解しているというか、母さんの知ったかぶりよりずっと的確だ。
残るは水流と親父か。
水流はもう学校は終わってるだろうし、もう既読になってるから読んではいるみたいだけど、真面目だから返答に時間かけてるんだろな。
親父は……なんとなく想像がつく。
ん、鳴ったな。
どうせ――――
『こんなバッドエンド何が面白いんだ馬鹿野郎!!!!!!!!!!』
こんな返事だと思ってたよ親父。
ビックリマーク多すぎてウザい……あと今回送った中で一番の年長者なのに、一番精神年齢が低い反応だ。
ある意味貴重な意見かもしれない。
この漫画をそのまま挙げれば、こういう反応もきっとある。
rain君の名前を出さないとはいえ、rain君の画力で描かれた漫画がずっとスルーされる訳ないから、いずれは衆目に晒され、辛辣な言葉をぶつけてくる人も出て来るだろう。
これは親父のレスだって知ってるからなんとも思わないけど、似たような文面のリプライが送られてきたら、ちょっと辛い。
今の内に、そこに気付けて良かった。
心構えは大事だよな。
残るは水流か。
ずっと教室に残ってても仕方ないし、帰宅しながら待とう――――
「……?」
なんか視線を感じる。
それも一つや二つじゃない。
放課後に教室に残ってたクラスメイトの目が、俺に集中しているような……教卓の前に立った時みたいな感覚だ。
ああ、そうか。
俺のスマホからSIGNの通知音が何度も鳴ってるのが物珍しいんだな。
江頭君とか、たまに俺に話しかけてくる奴がいれば聞いたりしてくるんだろうけど、今残ってるのは話さない連中ばかり。
奇異の目で見られるのも無理はない。
また裏でミステリアスとか言われるんだろうな。
それでも、感じるのは視線だけで、例えばコソコソ話とか露骨に蔑んだ表情とかは全くない。
俺はきっと幸運なんだろう。
これ以上気を使わせるのも悪いし、さっさと帰るとするか。
人間、やる事が多いと自分に対する負の要素を目の当たりにしても、大して傷付かなくなる――――アヤメ姉さんが以前そう言っていた。
だから何かに夢中になるのは大事だと。
『君はゲームに救われたのかもしれないな』
いつだったか、そんな事を言われた事があった。
俺もそう思うよ。
俺に情動を授けてくれたのは、両親と来未と、そしてゲームだから。
だからきっと大丈夫。
何もかも上手くいく――――
なんて思いはしないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます