7-2

 混む時間帯じゃないのが幸いしたのか、山梨から東京に行く人間の数が単純に少ないのか、シートは空きが目立っていて、隣も向かいも人がいない快適な一時間強の小旅行が始まった。


 でも、頭の中は決してリラックスはしていない。寧ろ考え事で埋め尽くされている。

 まだ15時台にも拘わらず、終夜から届いたSIGNが主な原因だ。


 ウチの学校だったら、今日みたいな短縮授業でもない限りまだ放課後になっていない時間帯。

 まあ時間割は高校によって違うらしいから、そこは特に問題ない。

 15時40分くらいに帰りのホームルームが終わる高校なんて幾らでもあるだろうし。


 問題は……こんな時間に終夜がSIGNを寄越した事実だ。

 これまで彼女が連絡して来たのは、昼休みか休日かゲーム中。


 いつもと違う時間帯の連絡って、なんか凄く怖い……


 それでなくても、終夜の私生活は謎が多い。

 最初に彼女の部屋に行った時、学校には通ってるって断言してはいたけど、本当にちゃんと通っているのか若干疑わしいところもある。

 通勤していないとはいえ、ゲーム会社で仕事をして、尚且つ学業にも毎日励んでいる上、ゲームを長時間する……なんて生活、本当にあり得るんだろうか。


 そういう疑念があるから、このなんとも中途半端な時間に連絡を寄越す事自体に、なんだか妙な疑心が湧いてしまう。

 普段学校に通っていないから、放課後の時間帯を掴みかねてるんじゃないか、という。


 ……考え過ぎかな。

 取り敢えずSIGNの返事をしないと。


『今大丈夫』『何かあった?』


 返事を待つ間、車窓から見える景色を堪能しよう。

 といっても、まだ山梨県内だから取り立てて新鮮味もないけど。


 ……なんて思ってる間にもう来たか。


『緊急なんですけど、今日ログインできませんか?』『あかでみのことです』


 慌てて補足してるのが丸わかりなのが終夜らしい。

 にしても……穏やかじゃないな。


『9時以降なら大丈夫だけど』『なんで?』


『緊急事態だからです』


 それ今聞いたばっかなんだけど……混乱してるのか?


『今、エルテから今日は来れないかもってSIGNが来たんです』


『お前らってSIGNで連絡取り合ってたのか』


 これはちょっと意外。

 一応リアルで一度会った仲とはいえ、どっちも人見知りだからゲームの中だけの関係になるかと思ってた。

 なんだかんだ、人間的に成長してるのかもな。


『前に春秋くんと一緒に三人で会った時、サインを求められたじゃないですか』『その郵送についての話し合いがきっかけで』『って今はそれどころじゃないんです』


 相変わらずSIGNだと饒舌だ。

 いや別にリアルで会った時に無口って訳でもないんだけど。


『エルテが来なかったら、わたしはどうやってアイリスさんやシャリオさんと話せばいいんですか』


 ……ここまで綺麗にフラグ回収できる会話も珍しい。

 前言撤回、全く成長してないなこいつ。


『お前、ゲーム好きとは普通に話せるんじゃなかったのか?』


『だから普通に人見知りなんですよ!』『この流れ、前もありましたよね!』


 なんか強い口調でキレられた。

 SIGNだと全然怖くないけど。


『一日くらいがんばれ』


『無理です』『相手は二人なのでなおさら無理』『だって数の暴力じゃないですか』『仲良し同士の二人組とわたしだけってそれなんの地獄ですか?』『わたしは地獄ではすぐ死にます』『ホラーゲームとか絶対やりたくない』


 饒舌どころの話じゃないな……発狂してるじゃねーかこれ。

 そんなにあの二人と会話するのが嫌か。


 まあでも確かに、仲の良い二人組と自分だけって組み合わせが怖いのは共感出来る。

 俺も最初はそうだった。


 表のアカデミをプレイした当初はそういう環境だった。

 アポロンとソウザという親しい二人の中に、俺がお邪魔させて貰うって構図だったからな。


 当然、抵抗はあった。

 でも直ぐにそれは消え失せた。

 二人とも気さくに接してくれたし、かなり気を遣ってくれたからな。


 今にして思えば、ソウザの気遣いやさりげない気配りは、朱宮さんに通じるところがあった気もする。

 キャラはブロウとは明らかに違ってて、ソウザはクールな性格だったけど、一人称が平仮名で『おれ』だったのは、今にして思えばキャラの差別化っぽかった。

 

 ……と、今は終夜の方に集中しないと。


『何か言って~』


 泣き顔のスタンプが届いた。

 こいつ何気に余裕あるな……


『俺の経験上』『意外とそういう時は向こうが過剰なくらい気を遣ってくれる』『多分お前の人見知りもバレてるから余計に』『だから案外良い感じで会話できるかもよ』


 なんか親みたいな目線になってるけど、これは何気に終夜にとっては良い機会だと思うんだよな。

 ゲーム好きとじゃないとまともに会話が出来ない――――っていうのは、俺の表情レスと同じでいずれ克服しないと社会に出るのが難しくなる厄介な問題。

 まずは勇気を出して、ゲーム内で親しくない人と会話するってところから始めるのが丁度良い感じの特訓になる筈。



『わたしをみすてるんですか』



 ホラーゲームのキャラかお前は!

 何が絶対やりたくないだ……お前の方が怖いわ。


『いいか終夜』『俺とお前はタイプこそ違うけど似た問題を抱えてる同士だ』『俺も表情が変えられずに苦労してるのは覚えてるよな?』


『覚えてます』『だから春秋くんは裏切らないって信じてたのに』


『裏切りじゃない』『俺もお前も、苦手なことにあえて飛び込んで行かないとこのままじゃダメになる』『俺もこれから感情が激しく揺さぶられるイベントに遭遇する予定だ』『共に戦おう』


 俺にとって、終夜は他人じゃない。

 彼女は俺の仲間だ。

 ゲーム仲間であり、対人スキルに難アリ同士。 


 だからこそ、敢えて厳しく突き放す。

 痛みがわかるからこそ、同時にやるべき事もわかる。

 ここで終夜に必要なのは、一時的な回避じゃなく成功体験だ。


 勿論、苦い思いをするだけかもしれない。

 アイリスとシャリオが仲良く会話している傍で、じーっと突っ立っている自分のPCを画面越しにボーッと眺めて無為な時間を過ごすかもしれない。

 それはとても辛いかもしれない。


 でも、それを怖がってたら現状は変えられない。

 アイリスは俺以上に気さくだし、シャリオは変わり者っぽいから、終夜が会話の中に入りやすい二人組だと思うんだよな。

 これは本当、そうはないチャンスだ。


『拒否します』『わたしは今日を楽しみたい』『今日の苦しみから逃げたいです』


 こいつ……こっちはこんなに将来の事を考えてるのに、なんつー刹那的な。

 仕方ない。


『わかったよ。根負けした』『今日はログインするから』


『わたしが聞きたかったのはその言葉です』『春秋くんはやっぱり友達以上の存在です』『信じていました心から』


 言葉が軽い……


『では今日9時お待ちしてます』


 ったく、浮かれやがって。

 これでログインしなかったらゲーミフィアの画面から怨霊みたく俺の部屋に現れそうで怖いな。

 よし、それはそれで面白そうだし実行しよう。


 にしても水流、今日はログインしないつもりなのか。

 俺と会った後でも十分時間はあるだろうに。

 気疲れを計算に入れて、今日は休養日にするって訳か。


 ……ん、またSIGNだ。

 ちょっと前まではSIGNなんて全く使ってなかったのにな。

 何気に俺の人生、今がピークかもしれない。


 で、今度は誰だ?


『兄ーに、おわりんじゃない方の女と会うって本当?』


 なんだ来未か。

 実は一昔前だったら来未からのSIGNでもちょっとだけ嬉しかったのはここだけの秘密だ。


『言い方』


『でも漢字書けないし。みずる、って兄ーにが呼んでた女だよね?』


『女言うな。せめて女子って言え』


『ねえ、もしかして兄ーにってマジで二股キモクズ野郎なの?』


『そんな訳ないだろ』『前に借りた物を返しに行くだけ』


『そんなの郵送でよくない?』


 痛いところを……


『直に会ってお礼を言うんだよ』『なんでもかんでもSIGNだの郵送だので済ませる世の中は寂しいって母さんも言ってたろ』


『アラフォーのそういう説教臭いところ来未きらーい』


 あ、こいつ……やらかしやがった。


『今のなし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』『なし』


『いや必死で流そうとしてもスクショ余裕』


『うそ!!!!!!!!!!』『すいませんもう兄ーにの女関係に一切口挟まないから消して下さい』『お母さんに見せないで』『肘に殺されるから』


『女関係言うな』『どっちも普通のゲーム友達だから』『ちゃんと復唱したら消す』


『どちらの女子も普通のゲーム友達で間違いございません』


 こういうところは接客業やってるだけあって要領良い。


『了解』『小旅行だから土産はないからな』


『それじゃお土産期待してるね』


 最後は見事なすれ違いでトーク終了。

 こういうのをお互い全く訂正し合わないところは兄妹だよな。


 ふぅ……なんかどっと疲れたな。

 いつの間にか、到着時刻まであとちょっとだし。


 SIGNやってると時間なんてあっという間に過ぎる。

 そりゃコンシューマゲームが苦戦する訳だ。


 この中で勝負していかなくちゃいけない終夜達は大変なんだろな。


 ……やっぱり優しくしよう。


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