6-26

《刹那移動》は実証実験中。

 よって失敗する事もあり得るのは、テイルからも聞いている。


 ただ、成功の場合も『目的地内の何処に着地するかはランダム』となっているから、この着地点が果たして失敗なのか成功なのかはわからない。

 アルテミオ周辺を指定して刹那移動を使用したんだから、そのアルテミオ周辺にこの真っ白な建物があれば、ここが着地点だとしても何ら矛盾はない。


 そして、俺にはこの建物に心当たりがある。


 ミネズス村の中に不自然に建築されていた、真っ白くて角張った建築物。

 明らかに他の建物とは建築様式が異なる不気味なその建物は、キリウスが纏めている集団によって建てられた物だった。

 同じ建物をアルテミオの周辺で見かけた記憶はないけど、視界に入っていなかっただけで実際にはあったのかもしれない。


 もし、あの建物とここが同じ種類の物だとしたら……ここにキリウスの関係者、若しくは本人がいる可能性がある。


 ……どうする?

 一旦聖水でMPを回復させて、もう一度刹那移動を使ってみるか?


 いや、逃げ出すのはいつでも出来る。

 取り敢えずMPの回復だけはしておいて、探りを入れてみよう。

 幾らなんでも、正体不明の侵入者をいきなり背後からグサリなんて事はない……と思いたいけど、油断しないよう周囲には常に気を配っておかないとな。


 正直、今はキリウスを追ってはいなかったし、余り関わりたくない人物でもある。

 それでも、容易く王城に侵入していた奴が何者で、この白い建物で何をしようとしているのかは、関心がないとは言い切れない自分がいる。

 正体を突き止められるのならそうしたい。


 この真っ白な部屋には、何もない。

 家具もないし最低限の設備もない。

 窓なんて当然一つもないし、天井・壁・床の三点セットだけで構成されている箱も同然の空間だ。


 天井はかなり高く、思いっきり見上げないと壁との境目が見えないほど。

 面積は……恐らく王城のエントランスよりは狭いけど、訓練場よりは広い。

 そんな広大な空間なのに、有益な情報を得られる要素が何一つ見当たらない。


 よって、これ以上ここにいても仕方がない。

 さっさと移動しよう。

 

 扉はあっちか。

 壁が一面白い上に扉も白いから、継ぎ目で辛うじてわかるくらいで、殆ど一体化している。

 こんな不便な塗装、誰が得するんだよ全く……


 罠が仕掛けられているのはあり得ないから、扉の開閉にまで慎重になる必要はない。

 それよりも、常に前方と背後に気を配っておこう。 


 何しろ、俺は低レベルの実証実験士。

 普通に弱いから、誰か人がいたら即座に刹那移動を使うくらいの臆病さで丁度良い。


 扉の外は――――よし、人はいないみたいだ。

 通路になっているけど、左右の壁も真っ白な上に床と天井まで白いから、どうにも奥行きが掴み辛い。

 別の空間に紛れ込んでしまったみたいで、思わず気が遠くなりそうだ。


 左右の壁に扉らしきものはない。

 どうやらさっきの部屋は突き当たりだったらしく、前方に向かって通路がずっと先まで伸びている。

 一方通行だし、他に行き場所はないから、ここを進むしかない。


 通路は人が四人くらい並べる、狭くも広くもない幅。

 足音は全くしない。

 体積が広いからなのか、壁の素材が音を吸収しているのか、反響音も聞こえない。


 それにしても……これは建物としてどうなんだ?

 通路を結構な距離歩いたけど、やっぱり部屋に繋ぐ扉は一つとしてない。

 あの部屋同様、天井は恐ろしく高くて二階建て、三階建てでも不思議じゃないけど、階層の存在を示す階段も何処にもない。


 一つの部屋が奥に隔離されてるって感じだったけど、あの何もない部屋にどんな意味があるんだ?

 今建てたばかり、若しくは建てている最中なんだろうか。

 でもそれにしては、物音一つしないし塗装の臭いもしない。


 考えれば考えるほど、訳がわからない場所だ。

 なんかもう、この通路に終わりがないんじゃないかとさえ思えてきた。

 いざとなれば刹那移動で出られる筈だから、恐怖感はそれほどでもないけど……随分と人間の本能的部分を圧迫してくる空間だ。


 そういえば、最初に刹那移動を強引に習得させられた時に迷い込んだ場所も、かなり異質だった。

 もしかして、失敗した場合はそういう場所に運ばれるルールでもあるんだろうか?

 罰ゲーム的な。


 ……そんな魔法ある訳ないか。

 そして、いつまで経っても何処にも辿り着かないものだから、考え事も尽きつつある。

 もう一〇分くらい歩いたんじゃないか?


 おかしい。

 幾らなんでも、普通の建物でこれはあり得ない。

 王城だって、一〇分も歩けば反対側の突き当たりに辿り着く筈。


 ……どうなってる?

 これは本当に実在する建物なのか?

 それとも、俺が夢か幻でも見ているのか?


 若しくは……刹那移動で失敗して次元の狭間にでも落ちてしまったとか?

 今のこの世界は、サ・ベルという世界樹を育てる巨大な世界に、折り重なったまま二つの世界が定着した奇妙な状態。

 その二つの世界の微かな隙間にでも入り込んでしまった……とか。


 いやまあ、何の確証もないんだけどさ。

 それくらい不気味な状況なのは疑いようもない。

 これが真っ当な建物じゃないのはもう確定だ。


 呪いの館か、狭間の世界か――――そろそろ正体を現して欲しいものだけど。



『我は問う』



 ……おおっ!?


 今のは声か?

 直接頭に響いてくる……みたいな感じじゃなかったし、普通に誰かが何処かで発した声だよな。

 でも、前にも後ろにも人間らしきものは見当たらない。


 こりゃいよいよ脱出の用意をしておかないとな。



『汝は何故、我の元を訪れた』



 我の元――――どうやらこの建物の主らしい。

 でも声を聞く限りではキリウスじゃないっぽい。

 喋り方も全然違う。


 これって、今ここで回答していいんだろうか。

 まあ、流石に人違いって事はないだろうし、ここは正直に答えよう。



「手違いです」



『……何?』



 なんか、頬杖していた腕が脱力してカクンってなったような声だ。

 肩透かしって言葉がよく似合う。



「すいません。手違いで迷い込んで来てしまいました」



『そんな事はあり得ない。ここまで来て悪ふざけとはな。いや……救国の英雄、世界の救世主となる者は何時の時代も生真面目か道化の二択と決まっている、か』



 か、じゃないってば。

 本当に手違いなものは手違いなんだよ、他に説明しようがないんだよ。



『いいだろう。その剛胆さ、気に入った。我の姿を見える事を許可しよう』



 不意に――――真っ白だった周囲の壁が消えた。

 通路以外は全て透明、若しくは消失してしまい、今度は星空のような空間が周囲に広がる。

 いよいよ常軌を逸した、幻想的な風景になってしまった。


 これで確定したな。



 ここはアルテミオ周辺じゃない!

 


 まさかこのタイミングで失敗を引き当てるとは……どれだけ持ってないんだ俺。



『来るが良い、久方振りの客人よ。我と話をしようではないか』



 通路の遥か向こうに、壁も天井もない、広大なスペースが見える。

 通路と繋がっていて、そこだけ四角形になっているみたいだ。

 そしてその上に、人影がぼんやりと見える。


 そろそろ頃合いか?

 ここで刹那移動を使って脱出すれば、特に被害もなく抜け出せそうだし。


 うーん……でも本当にそれやると、なんか凄く後悔しそうではある。

 対話を望んでいるのなら、不意打ちで殺されたりはしないだろうし、話を聞くだけ聞いて見ても良いかもしれない。


 実証実験士ってのは基本、好奇心の塊みたいな人間がなる職業だと思う。

 実験の結果、その武器や魔法がどんな効力を発揮するのか見てみたい。

 そういう単純明快な欲求があって、はじめて出来る仕事だ。 


 ならこれも実証実験だ。

 未踏の地で見知らぬ相手を前に、俺に何が出来るか。

 戦闘で役立てない俺が、ここで怖じ気づく訳にはいかない。



「今直ぐ窺います」



 それだけを告げ、走るでもなく勿体振るでもなく、普通の歩幅で人影まで歩いて行く。

 次第にその輪郭ははっきりと見えて来た。


 普通の人間……のように見える。

 少なくとも外見上は。

 年齢は――――俺より上みたいだけど、せいぜい二〇歳かそこらだ。


 性別は恐らく男。

 髪は結構長く、前髪は目に掛かっている。

 鋭い目付きと引き締まった口元は女性からの支持が厚そうだ羨ましい。


 服装も、この奇っ怪な空間にはそぐわない、ごくごく普通のもの。

 鎧でもなければ得体の知れない服でもなく、黒を基調とした布製の上下を着用している。

 脚はかなり長い。これも羨ましい。


 こいつは一体……何者だ?


「随分と時間が掛かったようだが、余り身体能力には自信がないのか? 魔法が得意なタイプか」


「いや、どっちも話にならないレベルです」


 見栄を張っても仕方がない。

 まずは素直に自分をさらけ出して、好感度を上げたところで相手の素性を聞くとしよう。


「……謙遜をしているように見えないのだが。我は今、一体誰と対峙しているのだ?」


 自己紹介を促してきた。

 よし、ここは一つ真面目に落ち着いていこう。


 ブロウやエルテ、更にはテイル、エメラルビィたちから俺は学んだ。

 奴らには余裕がある。

 フザけているように見えても、実際には心の奥で冷静さを常に保っている。


 そういう自分に、俺はなっていかないといけない。

 要は大人になるって事だ。

 パーティの為にも、自分の為にも。


「俺の名はシーラ。代表的な実績、なし。地位、名声、財力、なし。こう見えて何も出来ない男です」


 我ながら卑屈だとも思うけど、実際そうなんだから仕方がない。

 謙遜じゃなく真実。

 その上でほんの少しの遊び心も加え、親しみやすさを演出。


 果たして、どう取られるか――――


「……それは本当か?」


 うっ……なんか機嫌悪くなったっぽい。

 卑屈な人間は嫌いなタイプなんだろうか?


「汝からは強者のオーラが一切感じられん。だがそれは我が感知出来ぬ次元で抑えているから、ではないのか? それくらいの者でなければ、この『狭間の地』に来られる筈がない」


 ……あれ、もしかして本当にここって世界の狭間?

 嘘から出た誠にも程があるだろ。


「今一度問う。汝は何故、ここへ来た? 我を滅ぼしに来たのではないのか?


「いえ、だから手違いで」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……なんでじゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 長い沈黙の末、『狭間の地』の主がキレた。


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