第9話『サプライズ』

「あれ?開かないんだけど…」


 自宅に入ることが出来ないというまさかの事態に俺は焦りを覚える。


 ドアノブを回そうにもガチャガチャ言うだけで回ろうとしない。


 このままガチャガチャしていてもしょうがないなと思った俺は、いったんドアノブから手を外した。


 すると、まるでその時を待っていたかのように、ドアが勢い十分にバンっと開かれた。


「ごぶっ」


 ドアの目の前に立っていた俺は、急に開いたドアにぶっ飛ばされる。しかも当たり所が悪かった。顔面から直撃を受けた俺は、鼻に大きくダメージを受ける。鼻に攻撃を食らうと、鼻がムズムズして気持ち悪いのだ。


 一体何事かとぺたんと座り込んだ姿勢で俺は突如開いたドアの方を見やると…


「「「「「「タツキ、誕生日おめでとう!!!!」」」」」


…そこにいたのは満面の笑みを浮かべたバジュラ村の村人たちだった。



「え?」


 急な展開に、俺は頭がついていけない。


「なにぼさっとしてるんだい、あんた今日誕生日なんだろう?特別に隠してたアードウルフのハムを持ってきたよ!」


 いつも元気な近所のおばさんがいた。


「母さん、それはもうないって話じゃ」


 いつも尻に敷かれている、その夫のおじさんもいた。


「おだまりっ」


「へ、へい」


「やぁタツキくん、お誕生日おめでとうじゃないか」


 にこやかな笑みを浮かべた村長さんがいた。


「「タツキお兄ちゃん誕生日おめでとー!!」」


 いつもちょっかいをかけてくる、仲良し二人組のやんちゃ小僧がいた。


「「「昔は食おうとしちまって悪かったな!!おめでたいじゃねぇかタツキィ」」」


 昔俺を食べようとしてきたオーガのおじさん達がいた。


「今日はクソみたいなノルマを課して悪かったな!準備が終わってない間に帰ってこられちゃあ困るからって、絶対に帰って来れないようなようなノルマ出してたんだよ」


 すまなそうな顔をしている俺の上司の工事頭がいた。


「タツキ、今日が誕生日なんだってね。おめでとう」


 幼馴染で小さい頃によく面倒を見てもらっていた近所のお姉さんがいた。


「おいおいタツキィ、おまえ顔をそんなに赤くして顔面でも打ったのか?また誰かに悪ささてるんだったら俺に言えよ?」


 いつもイジメっ子たちから俺を守ってくれていた戦士頭のザックがいた。


「こんなに祝ってもらってあんたは本当に幸せ者だねぇ、一体何がいいんだか…」


 困惑気味な表情を浮かべた俺の母さんがいた。


「タァツキィー!!誕生日おめでとー!!!!」


 そして、俺に飛びついてくる者がいた。


 その者は飛びついて来たかと思うと、そのまま俺に抱き着いてくる。


「ま、マキュリスぅ!!」


 幼馴染にして、職場の同僚であるマキュリスだ。


 闇を溶かしたかのような艶やかな黒髪からいい匂いがするのを感じる。普段は勝気にすこし吊り上がっているその目が、今は満面の笑みによってその鋭さを潜めている。


「ねぇ、驚いた驚いた??」


 まるでイタズラに成功した子供のような無邪気な笑みになると、俺を下から見上げるようにして俺に聞いてくる。


「み、みんな………」


 俺は胸にジンワリと温かく心地よいものがこみあげてくるのを感じていた。皆の優しさ、温かさ、そういったプラスの感情を。皆のサプライズに感動してしまった俺の目尻に、自然と涙が浮かぶ。


 そんな俺の様子を皆は温かい目で見守ってくれる。


 また、それがうれしくて。


 ますますどうしようもなくなった俺の瞳の堤防は大氾濫してしまう。


「うぅ…」


「ちょっと、何泣いてんのよ~!?」


 目の前で急に泣き出した俺に、マキュリスが戸惑ったかのような声を上げる。皆はそれを笑って見つめている。でもそれはバカにするような嫌な笑みじゃなくて。温かさが感じられる、そんな笑みだった。


「ごめん…ヒック、でも嬉しくて……」


「なんか調子くるうなぁ~…。でも、誕生日おめでとうタツキ!!」


 そういって背中をバンバンと結構な強さで叩いてくれる。


「痛い痛いって!!」


 ついいつもの調子になって、泣きながら笑顔を浮かべるという奇妙な芸当を披露しながらリアクションをとってしまった。


 そんな俺とマキュリスの様子を見ていた皆は、面白そうに笑っている。


 しかし、それを面白くなさそうに見つめている者も一人いた。


「マキュリスだけなんかずるい…」


 俺は、背後から悪寒をかんじて、とっさに振り返る。すると、そこには普段絶対に浮かべないような渋面を浮かべたシュナちゃんがマキュリスを恨めしそうににらみつけながら浮かんでいる。


 まるで悪霊だ。

 

 皆もその気迫に押されたのか少しその表情が引きつったものに変わる。


 しかし、その視線を向けられた当の本人は少しも気にした様子もなく、笑顔で返事を返す。


「えへへへ、これも仕掛け人の特権だからね!でもよくタツキにバレることなく、ここまで連れて来れたわよね。そこは素直に驚いたわ!」


「ま、まぁね??私も、え、演技ができるようになっちゃの」


「あ、これはダメなやつだ…」


 あちゃーといった様子でマキュリスが額に手を当てる。


「でもちゃんとバレずに連れて来たじゃない!」


「それもそうね。ありがとう、シュナ。私の計画に協力してくれて!」


 そう言うと、マキュリスは屈託のない笑顔を浮かべてシュナちゃんに飛びつく。ちょ、やめなさいよっなどとシュナちゃんは言っているが本当に嫌がっているわけではない。なんだかんだ言っても二人は仲良しなのだ。


 シュナちゃんの剣幕が収まったことで調子を取り戻したのか、村長が前にでてくると声を上げた。


「よーし、では今からタツキくんの誕生パーティーを始めるぞい!!では、皆さん食事の準備を始めちゃってください!!」


 村長がそう言うと、皆はそれぞれ家の中から机を運んできたり、椅子を運んできたり、食事を運んできたりとそれぞれ行動を始めた。


「みんな…」


 俺はその様子を歓喜に打ち震えながら、黙って見つめていることしか出来なかった。嬉しさのあまり、目から水がこぼれ落ちるが、そんなことは気にもならない。俺は本当に幸せ者だ。


 そんな俺の様子を、シュナちゃんとマキュリスの二人が、仲良く笑いながら見つめてくる。それに気づいた俺も微笑み返すが、その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったものだ。


 そんな顔でも二人は一切嫌な顔を見せない。また、それが嬉しい。


 そして、皆の行動が始まってからあっという間に即席のパーティー会場が家の外に設営された。テーブルの上を見ると、普段は絶対に食べることができないようなごちそうがたくさん並んでいる。


 普段の俺ならば、喜んで飛びついたことだろうが、今はそんな皆の気持ちがうれしくてそれどころではない。


 すると、会場の設営が終わった皆が動きを止めて俺の方を見つめてきた。


 一体どうしたのかと思ったが、おそらく主賓の言葉を待っているのだと気づく。よし、少し緊張するが俺は今の気持ちを正直にそのまま伝えることとしよう。俺はすっと息を吸い込むと、皆に向かって話し始めた。


「皆、本当にありがとう!!ヒック、嬉しすぎて、ヒック、食欲もなくなっちゃいました」


 そこで皆から少しの笑いが上がる。俺の言葉はもう少し続く。


「本当に弱くて、ヒック、何のとりえもない、ヒック、俺のために、ヒック、ここまでしてくれて、ヒック、本当に俺は幸せ者だって思います!!ヒック、皆本当にもう大好きです!!」


 ここまで言い切ると、皆からワアっと歓声が上がった。


 本当に俺は幸せ者だなぁ。今日という日のことはきっと忘れないだろう。皆には感謝の気持ちしかないよ…。








確かに、この日はタツキにとって忘れられない日となる。それは、この後におこる一連の出来事によるものだが、そのことを当時のタツキが知る由もない。


タツキはまるで自分が世界一の幸せ者にでもなったかのような、本当に幸せそうな笑みを浮かべているのだった。それは、本当に幸せそうな笑みを。

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