第7話『幸せな時間』
「タツキ」
雫のように澄んだ、耳にするだけで心が洗われるような美しい音色の声で俺は覚醒する。
俺は少し重いまぶたを持ち上げる。俺の寝起きで少し歪んだ視界に、心配そうな顔をしたシュナちゃんがこちらを覗きこんでいるのが見えた。
う、かわいい。
寝起き早々、俺はそんなことを思ってしまう。
普段の屈託のない笑顔もまたかわいいが、心配した時に見せる少ししかめた顔もまたかわいい。
「タツキったらずっと目を覚まさないから心配してたんだよ?」
どうやら俺は、そうとう深く眠り込んでいたらしい。眠るのに快適すぎる環境というのも考え物だ。
「ごめんごめん、ちょっと寝すぎちゃったよ。どのくらい寝てた?」
「んー、2時間くらいかな?タツキがいつまでたっても起きないから、もう今日の分の柵は作っちゃったよ!!」
シュナちゃんが両手を腰に当てて自慢げに胸を張る。フフンと鼻息を荒くするその顔に浮かんでいるのは、どうだ!と言わんばかりのザ・ドヤ顔だ。
「マジで!?あの量をたった一人でもう終わらせちゃったの?」
シュナちゃんの魔法の力恐るべしだ。戦闘だけでなく仕事にも活かせるなんて魔法とはなんと万能な物なのか。俺も一つくらいの魔法を使ってみたいものである。
なのでどうやったら魔法を使えるようになるのかを聞いてみると、シュナちゃんは
「手を動かす感覚で自分の中にある魔力を動かすんだよ!」
と説明してくれたのだが、何を言っているのかさっぱりわからない。自分の中にある魔力って何ですか。
朝起きたらあら不思議!!魔法が使えちゃう~なんてことは夢の中の話なのは分かっている。しかし、俺は時折そんな妄想をすることを止められないのだ。だって魔法は、男のロマンなのだから。
「まぁ、タツキが魔法を使えなくても私がいるから大丈夫だよ!」
「それもそうか」
そうなのだろうか?
「それより、はやくお昼ご飯食べようよ」
そう言うと、シュナちゃんはその手に持っていた包み袋を俺の方へ突き出してくる。あれだけの仕事をこなしたのだ。きっとお腹が空いているのだろう。
「いいよ、お昼ご飯にしよう!俺も今日は朝起きてからマジで何もしてないけどお腹はペコペコだから」
「なにそれっ」
シュナちゃんがフフフっと微笑む。
そして、俺たちは先ほどシュナちゃんが急ピッチで建てた柵に腰を掛けると昼食を食べ始めた。
今日の昼食は、シャグラットの干し肉とアカバナの漬物だ。干し肉のある日はラッキーな日である。なにせ狩人が狩りに失敗した日には食べられないのだから。
今日の昼食の内容に少しばかり俺はテンションが上がる。シュナちゃんも、どことなく上機嫌な気がする。
ここが勝負所だろうと判断した俺は、一番気になっていたことをシュナちゃんに尋ねた。
「それはそうと、だれか様子を見に来たりしなかった?あれだけ爆音を立ててたから誰かしら来ると思うんだけど…」
モルガンなんて来てたら最悪だ。でもシュナちゃんが今こうしているということはきっとうまく言いくるめたのだろう。
「あぁ、そういえばマキュリスがさっき来てたよー」
今この場にいない女性の名前が出された。
「マキュリスかー。ってマキュリス!?寝坊したんじゃなかったの?まぁ、マキュリスで良かっけど。で、何て言い訳したの?」
「私は特に何も…。マキュリスったら私を一目みたら、全て分かりましたみたいな顔してすぐどっかに行っちゃったから」
「そ、それはどうなんだろうなぁ。まぁ、マキュリスなら暴露したりはしないと思うけど…。で、なんで帰った後に戻ってこないわけ?」
「え!?そ、それはっその………」
シュナちゃんが急にあたふたし始める。何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。
「い、いや、別にいいよそのことは。うん。そんなに気になることでもないしっ」
とりあえずシュナちゃんの様子からあまりいい話題ではないなと判断した俺は、その話を即座に終わらせる。
その話が終わると、シュナちゃんは心の底から安心したかのように胸に手を当てて、ふぅと吐息をつく。
やはり、あまり聞かれたくはない話だったようだ。
何でだろう?、と少し気になるが、まぁあまり触れてもいいことはない気がするのでやめておこう。
まぁ、とりあえず村の者たちに不審に思われなかったのなら万々歳だ。力がバレてしまったら狩人としてシュナちゃんが連れていかれることが分かった今ならなおさら。
その後は特にシュナちゃんが急に態度を変えたりすることもなく、俺たちは穏やかな昼食の時間を過ごしたのだった。
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