消せない過去

消せない過去 ✳︎回想

「そうだわ!

あたしと弟のナブラ、ラプラシアンの三人は確か、

今まで生活していた時代より遥か未来の研究施設で

生まれたんだったわ。

博士は最初はあたし達三人にも優しかった。

だけど、博士の性格が変わってしまって、

あたし達三人を、そしてナブラに特に恨みを持ち始めたのは、知的分子ロボティクスプロジェクトの完成祝賀パーティーの時ね」


「ああ、忘れもしないその時だ」

➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖




「ねえ、みてみてパパ?」


「こらっ! パパの職場の機械を乱暴に扱うんじゃ

ありません!」


「だって、だってー!!」


「まあまあ!

機械は丈夫に作ってあるから大丈夫だよ」


「全く、あなたという人は。

いつも自分にも娘にも本当に甘いんだからー!!」


「せめて皆の前で怒らないでくれよ。

参ったなぁ」


「博士の娘さんですね!」


「おやおや、あなたは確かニューラルネットワークの設計でお世話になった先生じゃないですか!」


「いえいえ、私の地味な研究など、博士の成果に比べれば。

それにしても、娘さんしばらくみない間に本当に大きくなりましたねー!」


「僕に似て、体ばかりで精神の成長はふるわない娘ですが、ありがとうございます」


「それで、博士。

今回完成された分子人間っていうのはどちらにあるのですか?」


「実は、今朝のことなのですが、急に一部システムにトラブルがありまして、

安全上の理由から今日はお見せすることが出来ないんです。

せっかくはるばるお越し頂いたのに、本当に申し訳ありません」


「いえいえ、実験にトラブルはつきものですし、

僕の理論を使って完成させて頂けただけで

じゅうぶんなのですから」


『ブイーン! ブイーン!』


「急げー!」

「間に合いません!」


「ん、おや?

なにやらさっきからサイレンといい話し声といい、

辺りが騒がしいですな〜」


「一体何が起きたというんだ!

先生、そちらの非常口から早く避難されて下さい!!」


「博士、君、君は非常口を背にして、

何処へいこうと言うんだ?」


「僕は分子人間を見に行った妻と娘を助けてから避難します。

だから先生はさ、非常口から早く!」


「わかった!

そして、出来る限りの救援を呼んでおく。

だから、君も絶対に死ぬんじゃないぞ!!」


「はい!」


博士が向かうと、そこには数人の研究所職員に取り抑えられた少女がいた。

それは、紫黒で沢山の目のついた無数の不気味な触手を背中から生やしたデルタだった。

デルタが生まれながらに持つ未知の特殊能力が突然暴れ出したのだ。

その能力は強大で、周りのあらゆる物体を吸い寄せ、そして分子組成をバラバラにして灰にしている。

「博士ー!!

もう、この暴走は手におえません。

デルタの生命ごと消去しかありません」


「みんなの命を危険に晒して本当にすまない。

でも、だめなんだ。

僕たち人間が自分達の都合で生み出したデルタ達

にも心はあるんだ。

だから、僕はデルタも含めて全員を救う!」


「博士、無茶です!

このままでは本当に犠牲者が出てしまいます!」



「お姉ちゃん!お姉ちゃん何やってるの?

自分の喉にナイフあてて、

死んじゃうよ!」


「そうよ、自分の命を絶つためよ」


「なんで?

死んじゃ嫌だよー!!」


「さっき研究所の職員の1人が言ってたでしょ。

あたしの暴走はあたしの意思でも止められないの。

あたし自身が命を絶つしかね……」


「駄目だよお姉ちゃん。

お願いだからそんな悲しいこと言わないで、

目を覚ましてーよ〜」


「アハハ、ハーハー。

ナブラ……、あなたって本当に泣虫ね」


「だって、だって」


「博士、研究所の職員のみなさんお願いです。

あたしを殺してくだい。

そして、弟ナブラからここでの記憶を消してあげてください」


デルタは自分の喉に暗黒物質で出来た研究用の特殊なナイフを突き立て、

そしてそのまま……。


「駄目ー!!!」

『ビューン!

バチッ!!!』


「え?」

デルタは驚くことしか出来なかった。

「突然、ナブラの体が強力な磁場に包まれると、

磁場を盾にしてナブラがデルタを背中で庇ったのだ。

その衝撃で、デルタの喉に突き付けられたナイフは弾きとばされた。


ナイフはゆっくりと宙を舞う。

そして、そのナイフはデルタの背中に現れた物体を吸い込む触手の目に突き刺さった。

『ドスッ!!』

『ギャァァァァー!!』

恐ろしい化け物の奇声が研究所全体にこだました。


デルタの背中の触手はその痛みから暴れ、そしてその暴れた触手の一つが向かった先には娘を必死に庇おうとする母親がいた。


「シエルター! ゼブラー!」

博士は妻と娘に大声で叫ぶと、全速力で必死に駆け寄っていた。

「あなた!」「パパ?」


『バーン!!』

それは、ほんの一瞬に起こった、

あっけないほど小さな爆発だった。


「あ、あっ……」

「博士!?」

博士は精神的なショックのあまり声が出ず、

妻と娘がついさっきまで存在していたはずのただ灰が舞う以外他に何もない場所を見つめていた。


「博士……? 」

デルタとナブラの2人は、お互いの負傷を庇いながら博士にそう声をかけた。


「う、う、うわぁぁぁー!!!!」

デルタとナブラに声をかけられ、事態を把握した博士は、天井に向かって声が枯れて出なくなるまで狂うようにそう叫び続けた。



それから、優しい博士の性格は変わってしまった。

デルタ・ナブラ・ラプラシアンの三人は能力の発現をを抑え込む監視カメラ付きの特殊な実験ルームに固く施錠され閉じ込められた。


「お前らも気の毒だな。

お前らは人間に危害を及ぼし危険だということにされ、麻酔と猛毒を注射し、安楽死させる決定がくだされたんだ」

そう三人に告げたのは最低限の粗末な食事を運んで来ていた監視係の研究員だった。


「ねえ、ナブラ?」


「なに、ラプラシアン?」


「ボク達はこのままここに閉じ込められていたら、殺されちゃうだろ?

だから、殺される前に、デルタさんと三人でここ逃げ出さないか?」


「そうだね! ねえ?

お姉ちゃんも賛成だよね?」


「・・・」


「ナブラ?」

ラプラシアンは無言で首を横に振ると、

ナブラにそう告げた。


「お姉ちゃん……」

ナブラはただ姉の顔色を伺い、心配をする。


デルタは博士の家族の命を奪ったあの不幸な事件以来、ずっと塞ぎ込んでいた。


しかし、

三人の死刑執行は急遽思わぬ形で前倒しされ、

直ぐに執行されることになった。

三人が脱出を計画していたことが外部に漏れ、

博士の耳に入ったのだ。



当初予定されていた全身麻酔の投与は無くなり、

直接猛毒を注射される。


注射をされる順番はデルタが最初になった。

デルタに今まさに猛毒が注射されようとしていた。

しかし、デルタは怯えない。

デルタの表情は相変わらずで、ずっと下を向いて塞ぎ込んでいた。


「止めろー!!」

デルタの首に注射の針が突きつけられたその時だった。

ナブラはデルタの前に割って入り、デルタの注射を代わりに受けた。

「うわぁぁぁぁー!!」

ナブラは猛毒の激痛に耐えきれず、思わず悲痛な叫び声をあげた。

「ちょっとナブラ!?」

流石のデルタも、この時ばかりは目を丸くし、

ナブラの身を心配した。


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