1-3-15 菜奈の憂鬱?ペット枠?

 俺は中等部の別館から離れ、現在森林の方に向かって移動中だ。良い木材が沢山あるとナビーに教えてもらった周辺で狩りをする予定だ。




 その頃、何も知らない桜たちは体育館の地下施設内で浮かれていた。


 教員棟にいた女子の奪還が予想以上に上手くいったことに喜ぶ桜。

 いつも上司や同僚に子供扱いされておどおどしていたのに、上手く言い返せてご満悦な美弥ちゃん先生。

 美弥ちゃんのおかげで龍馬の敵討ちが少しできたと喜んでいる雅。

 誰も怪我せず友人たちも無事救出でき、大勝利できたと喜んでいる優と未来と沙織。


 兄のことを良く理解している菜奈だけは素直に喜べないでいた。


「皆、兄様のこと忘れてないですか? 怒ると怖いのですよ?」


 最悪集団戦になって殺し合いになった場合を想定して付いてきた菜奈だったが、この後のことを考えたら不安でたまらないのだ。


 【マジックシールド】【プロテス】【シェル】この魔法は強力だ。低レベルの相手なら確実に無傷で勝てる。龍馬にコピーしてもらい、現在フィリア以外で確実に無傷で勝つには自分しかいないと思い付いて行ったのだが、今はどうやって言い訳しようか思案中である。


「誰も怪我することなく、ほとんど戦闘にもならなかったのよ? 龍馬君が出向くより上手くいったと思うよ? 逆に褒めてくれるんじゃない?」


「ん。桜はやっぱりダメダメ」

「そうね、先生も怒られると思うな~」

「兄様は絶対怒りますよ。命令無視で勝手に行動したのですからね」


「何でよ、そんなに怒るほどのこと?」


「先生、授業中に皆が勝手気ままにしたら困るな。まして命に係わるようなことを勝手に行動されて事後報告とか、人の上に立つ立場の者からすれば、『何それ?』ってなるよね? ネ? ネ?」


「うっ、そうだけど。今回みんな無傷だし、ちゃんと謝れば大丈夫じゃない?」


「兄様は皆に少しでも不信感を抱かせないためにと、これまで誠心誠意を込めて恥ずかしいこと、言いたくないことも含めて全て自分から暴露して信用を得るために尽くしてきました。それを裏切るように、兄様だけ内緒にして勝手に行動してしまったのです。たとえ良かれと思っても、リーダーを無視したのです。信用を裏切ったのですよ? 怒らないわけないのです」


「ん、早く帰って謝る! バレてからよりは先に自己申告の方がマシ」

「そうね、自分から先に謝った方がいいわよね。急いで帰りましょ」



 急いで桜たちは帰ってきたのだが、フィリアから聞かされたのは龍馬の家出だった。華道室の隅に大量に山積みされた食料や武器をみて、自分たちのやったことの重大さをヒシヒシと感じたのだ。


「何でよ! 出ていくほど怒るようなことじゃないでしょ?」


「桜たちに言伝じゃ。『俺なしで行動するなら俺は要らないんだろう? 俺もやりたいことがあるから、もう我慢せずに勝手にやらせてもらう』だそうじゃ」


 慌てて兄にコールする菜奈であったが、着信拒否されているのに気づき泣き出してしまう。


「兄様に捨てられた~ヒック、置いて行かれたよ~エグッ」

「心配せずとも、妾と菜奈を置いていくようなことはせぬよ。他の者は知らぬがな」


「ホントに兄様は菜奈を迎えに来てくれるかな?」

「大丈夫じゃ、それより食料は菜奈が保管するようにと言っておったぞ」


「あ、うん。そうだね」


「ん、フィリア、私は? 私のこと、何て言ってた?」

「さぁ、雅のことは何も言っておらなんだぞ」


「ん……どうしよう、捨てられる?」

「まぁ、そのうち気がすめば帰ってくるじゃろう。その時謝ればよかろう」


「はぁ、でも家出とか……龍馬君も子供っぽいことするのね」


「ん、桜はまたダメダメ!」

「兄様の策略を見抜けない人ですね」


「なによ、ただの家出でしょ?」


「これがただの家出に見えるのか? 桜はダメじゃのう」

「また、皆して。どういうことよ?」


「兄様は最大限の効果を発揮させるようなことをしているのです。皆の不安げな表情を見て分からないですか?」


「そうじゃの、もしこのまま本当に置いて行かれたら桜はどうするのじゃ? 美弥をリーダーにしてこのままここを拠点に料理部だけでやっていくのかの? 妾と菜奈は間違いなく迎えに来てくれるぞ。頭を無視して勝手な行動をする者は要らぬだろうからの、出て行くための準備をしに行動しておるのかもしれぬの、食料調達がどうとか言っておったからのう」


「そんなぁ……たった1回行動無視しただけなのに」


「龍馬は信用を得るために凄く努力しておったじゃろ? たった1回と桜は言うが、信用とは積み重ねじゃ。積み重ねるのは凄く苦労するが、失うのはたった1回で十分じゃ。人の信用とはそういうものじゃろ?」


「私、どうしよう……龍馬君の負担を少しでも減らせたらと思ってしたことなのに。そのせいで皆に迷惑がかかっちゃうなんて」


「予想以上の効果じゃのう。主犯の桜たちはともかく、1、2年の幼子たちにはちと酷じゃ。『怒って出て行った』とだけ伝えろと言っておったが、龍馬はちゃんと帰ってくるから心配いたすな。ただ普通に怒っただけじゃまたやりかねないと、こういう手段を思いついたのじゃろう。だが、勘違いするでないぞ。逆らったら置いて行くと脅しているのではないからな。龍馬はこれまで一度たりとも相談なしで行動したことはない。例外として沙織だけじゃろう。相談しないで勝手に行動したのが間違いなのじゃ。帰ってきた時に素直に謝るのじゃな」



 龍馬の戦略どおり、不安のどん底に皆を陥れた当の本人は、森を奥に進んでいた。



  *  *  *



 それにしても暗い。月明かりでも十分見えるが、木々の中に入った森は闇夜で何も見えない。


『……マスター、闇夜の森で【ライト】の魔法で照らすのは危険です。ここにカモがいますよと知らせてるようなものです。敵からは見えて、こっちから見えないのはいくらマスターでも危険です』


『うーん、そうだがここまで暗くちゃ進めないだろ?』

『……何かそういうオリジナル魔法を創れば良いのではないですか?』


『そうだな、ユグドラシルの基本魔法にも確かあったよな?』

『……はい、【夜目】という魔法がありますね』


『この際、いろいろ見えるように自分で創るか』



 【魔法創造】

 1、【暗視】

 2、・夜間や暗闇などの暗所がはっきり見えるようになる

   ・赤外線・紫外線・エックス線・ガンマ線も見えるようにする

   ・ナビーによる視覚補正で急な閃光などから目を守る

   ・不可視光線の調整はナビーに任せる

 3、イメージ

 4、【魔法創造】



『……マスター、なかなか良い魔法だとは思いますが、菜奈に知られないようにしてくださいね』

『やっぱり? もしやとは思っていたけど……ちょっと楽しみ』


『……知りませんよ、おそらくすぐばれますよ』

『桜、美弥ちゃん、未来以外なら大丈夫じゃないか?』


『……さぁどうでしょう。ばれた時のことを考えれば必要性がないときは使わない方が良いと思いますが』

『そうだな、うん、分かった。【暗視】発動。おお、はっきり見える! これならどんどん進めるな』



『……マスター、木材を集めるのは明日朝になってからにしてください。夜中に大木を切り倒すと学園まで大音量で轟音が伝わりますよ。先にレベル20にした方がMPも増え効率的ですし、安全性も高まります』


『そうだな、いい狩場はあるか?』

『……オークのコロニーから水場の間には強い魔獣が沢山いるので、少しずらした場所が良いでしょう』


『なるほどな、最弱のオークは他の肉食魔獣にとって恰好の食糧なんだな』

『……コロニーを囲むように多種多様の魔獣が集まっていますが、魔獣ごとに縄張りがあるようで、どの魔獣もそれを守っているようです。楽に狩れるオークがいるのに、わざわざ危険な種に挑む必要などないですからね』


『オークはただ狩られるだけなのか』

『……まさか、このコロニーはキングがいるのですよ。オーク自体は冒険者ギルドでDランクの弱い部類に位置づけされていますが、キングのいるコロニーはAランクの災害級に指定されています。軍が出るほどの事案です。魔獣を逆に効率よく群れで狩って食料にしていますよ』


『俺はどう動けばいいかな?』

『……今日はもう遅いですし、明日コロニーを中心に周辺をぐるっと回るようにすれば沢山狩れるのではないでしょうか。冬眠前の肥え太った熊や猪も結構いますし、食材は十分狩れると思います』


『成程な、ちなみにさっきさっと逃げてったのはなんだったんだ?』

『……今のは狼の群れですね。レア種の狼だったので、襲ってきたら毛皮が良い値で売れたのですが、滅多に人を襲うことはない種ですからね』


『人を襲わないとか狼っぽくないな?』

『……知能がとても高いのです。危険な人を襲うより、オークを狩った方が良いと分かっているのです。まぁあの群れのリーダーがちょっと特殊ですしね』


『ん? でも一匹残っているみたいだな? 希少種なら狩っておこうか、今後の資金にする』

『……あ! どうやらついさっき生まれたばかりの子狼のようです』


 200mも離れていなかったので行ってみたら、辺りには血の匂いがしており、その中に一匹の生まれたばかりの白い子狼がビリビリとチワワのように震えていた。


『……マスター、どうやら未熟児で捨てられたようですね』

『なっ! 捨て子なのか?』


『……首にへその緒が絡まっていたようで、この子だけ十分な栄養がいきわたらなかったのでしょう。随分小さいですし、この子は自分で母親の乳を飲めなかったようです』


 弱肉強食のこの世界で、まず最初の試練として自分の力で母親の乳を探して吸わなければならない。この子はそれができないほど弱っていた。だから群れから先ほど捨てられたのだ。


『ナビー、この子狼、このままここに置いて行くと間違いなく死ぬよな?』

『……血の匂いが充満していますし、すぐに他の魔獣がやってくるでしょう。生き残る術はその子にありません』


『可哀想だがこれも自然の摂理か』

『……マスターが育ててみるのはどうでしょう? 先ほども言いましたが、この種はレア種で頭が良いのです。獣魔は成獣だとまず懐きませんが、このように子供の時に捕まえて従魔として育てるテイマーがいるほどです。この種は、世間には知られていないですが、二段階に進化する種でして、ホワイトウルフ→ホワイトファングウルフ→フェンリルと最終形態では聖獣へと進化します』


『そうなのか? 聖獣とかやっぱ強いのか?』

『……強いとかいう次元ではないですね。神より選ばれた聖獣様です。一匹で国が滅びます。今のマスターが5人で挑んでも勝てないでしょう。これまでにフェンリルまで至っている個体はわずか3頭しかいません』


『これまでで3頭とか、レア武器のガチャより確率低くね?』

『……聖獣をゲームの課金のガチャガチャと一緒にするのは失礼ですね。ですが、それ以上に低い確率です。フェンリルになる個体が少ないのには理由があって、取得するスキルが問題なのですがマスターにはチートがありますよね? それを使えば、フェンリルに進化するのに必要なスキルを選んで習得していけばどうなりますか?』


『そうか、俺の持ってる【カスタマイズ】を使えば意図的にフェンリルに進化させられるのか? でもそれって神の理に反しないか?』


『……普通なら不可能なのですが、どうでしょう? ダメなら制限がかけられるのではないでしょうか? あ! マスター、どんどん弱ってきています。このままじゃ死んじゃいます、どうするのですか?』


『どうするって、飼っても大丈夫なのか? 人を襲ったりしないか?』

『……先ほども言いましたが、その辺の犬なんかよりずっと賢いです。次の段階の王種に進化させれば、人語も念話を使って話すようになり、馬並みに大きくなります。マスターの足にできるのではないでしょうか? フェンリルまで至れば、空を風のように駆けるようになりますよ?』


『聖獣を馬替わりとか、罰が当たるんじゃないか? それにそんなにでかくなったら、餌の食事が大変じゃないか』


『……従魔契約で従魔にすれば、マスターの魔力が餌代わりになります。食事自体が必要ではなくなって、嗜好品のようなものに変わります。魔力量の多いマスターなら全く問題ないのではないでしょうか? この仕様があるので、乳を吸えないほど弱ってるその仔も助けられるのですけどね』


『つまりナビー的には、飼えってことか?』

『……決めるのはマスターですが、その子可愛いですよね? モフモフを見捨てていけるのだったらそうしてください。って言うか、なんで【クリーン】とか掛けて体を清めているのですか? 【エアコン】まで掛けてあげて温めて、飼う気満々じゃないですか』




『随分弱ってるな……【ボディースキャン】【アクアラヒール】【アクアフロー】―――よし、もう大丈夫だろう。一方的に【カスタマイズ】で繋げて従魔契約したが大丈夫かな?』


『……大丈夫そうですね。むしろ食事が採れないほど衰弱していましたが、従魔契約によってマスターの強力な魔素を取り込んで調子が良さそうです。二日ほどあれば目も開き、ヨチヨチ歩き始めるでしょう』


『犬より随分早いんだな?』

『……危険な所ですからね。魔獣はゆっくり成長していられないのですよ』


 草食動物は生まれてすぐ立ったりするんだよな。ここじゃ、肉食獣も危険だから生存の為に成長も早いのかも。


『寿命はどれくらいあるんだ? 3年とか少ないのは嫌だぞ』

『……ホワイトウルフで約15年、王種に進化できた白王狼で約100年、さらに進化して聖獣まで至れれば寿命はなくなります』


『凄いな聖獣。寿命がなくなるって良いのか悪いのか微妙だけど、懐いて情が移ったころに死なれないなら飼ってもいいかな。凄いモフモフでこいつめちゃくちゃ可愛いよな。牛乳とか飲むかな?』


『……マスター、家出した目的を忘れてないですか?』

『あっ、こいつの可愛さにすっかり忘れてた。なんかさっきまで怒ってたけど毒気を抜かれた気分だよ』


『……では、このまま帰ってはどうです?』

『それは流石に俺が恥ずかしい。闇夜が怖くて帰ってきたと思われたら嫌じゃないか』


『……そんな捻くれた変な考えをするのはマスターぐらいです』

『当初の目的どおり、レベ上げと木材と食料確保はするつもりだ』



 木の上で寝るつもりだったが、この子が落ちる可能性がある。

 テントを張って、その日は寝ることにした。



 暖を求めて自分に密着してくる可愛いモフモフを愛でながら、名前どうしようかと考えてるうちに眠りにつくのだった。

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